第15話 おはようございます

ーーピピピピ

ーーピピピピ


 私は、アラームを止める。

 少し体が痛い。


「ああ、そうか。ソファーで寝たのか」


 昨日、洗い終わってからここに座ったのまでは覚えていたが。

 寝室には行かなかったのだな。


「おはようございます」


 私は、頭を押さえながらその声の主を見上げる。


「夏目君、おはよう」

「昨日は、すみませんでした。酔ってしまいまして」


 夏目君は、何も覚えていない顔をしている。

 本物のお酒をあれだけ口にしたのだから、当然と言えば当然だな。


「いや、大丈夫」

「青葉さんは、煙草吸うんですね」


 夏目君は、テーブルの灰皿を見つめながら言う。


「寝る前に一本だけ、これを吸ったら頑張ってきたんだなって思えるんだよ」


 私は、起き上がって灰皿を取ってキッチンに持っていく。


「そうですか」

「嫌味なやつだと思った?」

「いえ、そんな事はありませんよ」

「なら、よかった。朝御飯食べる?」

「はい、是非」

「じゃあ、歯を磨いて顔を洗ったら出発しよう」


 私は夏目君を洗面所に連れて行く。

 私情は、挟まない。

 そう決めた。

 私も歯を磨いて、顔を洗う。



「あの、僕スーツを取りに行かないといけませんよね」

「持ってるの?」

「はい、一応。喪服と兼用ですが……」

「それは、寂しいな。よし、わかった」

「何ですか?」

「スーツを買いに行こう」

「いつですか?」

「今日、終わってからだよ」

「いえ、いいです」

「いやいや、私から、プレゼントさせてくれ!夏目君は、一流品を身に付けないと」


 夏目君は、困ったように眉毛を寄せながら笑っている。

 わかったということなのだろう。


 一流品を身につけて何になる。

 一流品を味わって何になる。

 私は、昔、師匠に言ったけれど。

 夏目君は、素直だ。

 一流品を味わい纏わなければなれないことをわかっている。

 誰もがこぞってやってくる選び抜かれた筆師になるには、容姿端麗だけでは意味がないのだ。


「今日は、私のを貸してあげよう」

「いいんですか?」

「ああ、夏目君には少し小さいかも知れないけれど」

「そんなことないですよ」

「着てみるといい」


 別に、スーツだって着る必要なんてないのに、私は夏目君にスーツを差し出した。

 私が、スーツを着るのは、ただ、ステータスの為だ。

 身支度を整え、きちんとした格好で出掛けるのも私自身が歩く看板だからだ。


「青葉さん、どうでしょう?」

「おお、素晴らしい。少し大きめに作ってもらっていたスーツだったんだ。夏目君にピッタリだな」

「なぜ、大きめに?」

「時と場所によるからね。このスーツを着るのは、カジュアルな場所がいいと考えて作ったんだよ」

「青葉さん……」


 鏡越しに子犬のような目を向けながら、夏目君は私に問いかける。


「何だい?」

「僕もいつか青葉さんのように、一流品に囲まれて暮らせますか?」 

「夏目君なら、出来るよ」


 夏目君は、笑った顔が、やっぱり素敵だった。

 このドキドキが夏目君にバレないようにしなくては。


「行こうか」

「はい」


 夏目君と一緒に家を出る。

 冷たい印象をもたれても構わない。

 気持ち悪がられるよりマシだ。

 私達は、無言のまま歩く。


 私は、迷わずにカフェに足を踏み入れた。

 コーヒーは、嗜好品。

 今の時代の人々は、それをよくわかっている。

 昔なら、モーニングを食べにたくさんの人が来たけれど。

 今は、違う。

 

「いらっしゃいませ、ご注文をどうぞ」


 注文をして、好きな席に座るスタイルは変わらない。

 だが、昔のように席を必死で探したり、誰かが帰るのを待つ必要はない。

 どちらか片方が席を取る必要も……ない。


 

「何食べる?」

「サンドウィッチですかね」

「わかった。コーヒーは、飲める?」

「えっと……これが、気になります」


 何やらフラペチーノと長い名前のを夏目君は、指差した。


「それにしよう」


 私は、すぐに注文した。


「お会計は、35000円になります」

「はい」

「丁度ですね。お預かりしました」


 札を渡される。

 それを持って適当に席を探して、腰かけた。


「高いですね」

「まあ、コーヒーは、一杯一万円の時代だからね」

「そうですよね。僕なんか、サンドウィッチなんて、値上がりしてから久しぶりですよ」

「そうだったんだね。それは、よかった」


 3年前、突然小麦製品は嗜好品だと言う話が持ち上がった。

 そんなことはないと反対するものも大勢いたが。

 我が国はお米文化だとある政治が言い、その議題は可決した。


 その瞬間からだ。

 サンドウィッチの値段は、だいたい300円から500円前後だったのに、突然3000円から5000円にかわったのだ。


 ケーキは、一切れ3000円になり、ホールケーキなんてものは一万円からしか買えなくなったのだ。


「お待たせしました」


 店員さんが、サンドウィッチとベーグルサンドとコーヒーと何とかフラペチーノを置いて去って行く。

 こうやって朝からカフェに入って食事を出来る人間は、ほんの一握りだ。

 わかっている。

 わかっているからこそ、何倍も美味しく感じるのだろう。

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