第7話 バランスのとれた顔

「どうやら、筆師が最高級の顔面を持っているとバランスのいい顔を仕立ててあげる事が出来るらしいんだよ」


 青葉さんは、ポケットからスマホを取り出した。

 そして「これだよ」と言って、僕にギャラリーを開いて写真を見せる。


「この人を見て、綺麗だと夏目君は思うかな?」


 僕は、見せられた写真に何だ違和感を感じる。

 でも、これを言っていいのだろうか?

 もしかすると、青葉さんが造った顔かも知れないし。

 眉毛を寄せている僕の顔を見て青葉さんは、話す。


「違和感があるなら、それを指摘してごらん」

「いいんでしょうか?」

「ああ。構わないよ」


 青葉さんに言われて、僕は彼女の唇を指差した。


「ここですかね?」

「ここが?」

「この幅が後二ミリ広ければ、この人は完璧だと思うんですよ」


 青葉さんは、僕の言葉に突然拍手をしだした。


「ブラボー、ブラボー」

「声が大きいですよ」

「ああ、ごめん、ごめん」


 突然、青葉さんの声が大きくなって、僕は恥ずかしくなる。

 青葉さんは、僕の言葉に小さな声で話す。


「まさに、その通りだよ。夏目君」

「あっていたって事ですか?」

 

 青葉さんは、ニコッと笑ってから新しい写真を僕に見せる。


「これが、二ミリ、口の幅を広げた彼女の姿だ」


 見せられた写真は、さっきまでとは全く違う。

 そこにいるのは、うっとりする程に美しい顔に変わった彼女。

 やっぱり、青葉さんはすごい。


「気に入ったかい?夏目君」

「はい。すごくドキドキします」

「それは、良かった」


 青葉さんは、ニコニコと嬉しそうにしながら写真を見ていた。

 あの日、青葉さんの秘書さんが見せてくれた動画と同じぐらい僕は、ドキドキしている。

 


「この微妙な感覚が、筆師によって違うらしいんだ。だから、あの日師匠は私を褒め称えてくれた」


 微妙な感覚か。

 もしも、青葉さんがオーダーされた顔ならば、一級品なのは間違いない。

 普通の人は、パーツだけをピックアップした時にどこかで不細工になる。

 僕だって、そうだ。

 でも、青葉さんは違う。

 パーツごとに見ても、全てが完璧で整っている。

 青葉さんの顔を手に入れようとするなら、オーダーでもしない限り無理だ。

 いや。

 オーダーしても無理だと思う。

 

「こういうバランス感覚は、もって産まれたものらしい」


 青葉さんは、スマホを指でスクロールしながら話す。

 もって産まれたもの。

 色彩感覚とか、絶対音感とかそんな感じのものなのだろうか?


「あった、あった」


 「これが筆師だよ」と、青葉さんは写真を見せてくる。


 思ったより人数が多いのは、筆一本で仕事が出来るからか?


「全世界に、50万人いる」

「筆師がですか?」

「ああ、そうだよ。だけど、その中でバランスが優れた人は、全世界でもこれだけだ」


 青葉さんは、僕に向かって指で1を作った。


「1人ですか?」

「違う」

「じゃあ、100人?」

 

 僕の言葉に青葉さんは、ゆっくりと頷く。


「それって……」

「日本では、私と師匠だけだけどね」


 多いかも?と考えた僕に気づいたのか、青葉さんは笑いながら言う。

 日本人では、たったの二人。

 それは、やっぱり少ない。


「他の皆さんは?」

「少しだけバランスがおかしい。だけどね、誰もその違和感に気づけないんだよ」


 青葉さんは、僕をジッーと見つめる。

 

「だから私は、ワンコインで二重手術がオーダー出来る時代に、そろだけで一万円をとれるんだよ」


 青葉さんの言葉に、僕は唖然としていた。

 一万円……。

 たった一回の手術で。

 いや、手術よりも。

 もっと簡単なやり方だ。

 

「驚いたかい?夏目君」

「はい、すごく」

「その一人に、いずれ夏目君もなれるんだよ」

「そ、そんな!僕には、無理です」

「無理じゃない。夏目君もバランスのとれた顔をしているからね」


 青葉さんは僕の瞳を覗き込むように見つめてくる。

 その綺麗さに心臓がドキドキしてきた。


「夏目君、目をそらさないで」


 青葉さんの言葉に戸惑いながらも見つめてみる。


ーーやっぱり綺麗な顔をしている!

 本当に、青葉さんは一級品だ!

 まじまじと見つめていると胸がドキドキしてきた。


 ヤバい。

 もう無理だ。

 限界。


「目を閉じる必要はあるかな?」

「えっ、ああああ」


 咄嗟に目を閉じてしまった。

 それを青葉さんに指摘されて、恥ずかしくて、火が出そうだ。


「ハハハ、夏目君は面白いね」

「すみません」

「謝る必要はないよ」


 青葉さんは笑いながら、スマホをポケットにしまう。

 自分で、面接に来たのに……。

 こんな綺麗な人とずっと働くなんて出来るのだろうか?

 毎日ドキドキしていたら、僕の身が持つだろうか。

 

「それ、飲んだら行こうか?お腹すいたでしょ?」

「はい」


 青葉さんは、何も気にしていないようだ。

 それもそうだよな。

 だって、青葉さんはあんなに綺麗な人達を毎日造り上げているんだから。

 

 筆を使えたから、自分は青葉さんにとって特別な気がしていた。 

 そんなわけないのに。

 青葉さんは、僕を見たってこんな風にときめかないと思うし。


 複雑な気持ちを飲み込むように、僕はワインを噛みながら胃袋に流し込んだ。


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