第三帖 瑠璃「夜伽は責務」

「さて、夕餉ゆうげまでは少し時間がございますので、いかがでしょう。

 瑠璃君と紅玉君で歌留多をなさっては?

 わたくしが詠みますので」

たしかに、殿方と女人で札を取り合うよりは安全やもしれませぬが

……灰廉様も人の悪い!

これからちょう(灰廉様からの愛)を取り合う者同士で、札を取り合えと?!

しかし、まあ……

わたくしの舞姫らしい優雅な振る舞いを印象付ける良い機会やもしれませぬ?


「猿も木から落ちる〜」

灰廉様は、普段は背の高い方らしく落ち着いた低い声でお話しになるのに、札を詠み上げる時は、だいぶ声が高く、やや上ずっていた。

「はいっ!」

こ、紅玉様、お早い……

「犬も歩けば棒に当たる〜」

「はいっ!」

「さすが瑠璃様、札を跳ね上げる所作も優雅ですね」

ふっふーん。

貴女の、袖が捲れるのも気にせずな所作とは違うのよ


……と、いえど。

そんな所作の甲斐あってか、紅玉君の札取りの速度は電光石火。

部屋じゅうを動き回る執念も凄まじいけれど、まず札の内容を全てきっちり覚えているかのようで、終わってみれば、五十の札のうち四十を確保なさいました。

こ、この女人

……焼肉屋の町娘と侮っていたけれど、

灰廉が紫色の石だなんてこともご存じだし

……存外、知識人?!


灰廉様は、優雅な敗北者と、泥臭い勝者とではどちらがお好みなのだろう

……と、常にそれとなく表情を伺いましたが、彼はただただご満悦で

……というより、恐らく、ご自分がお選びになった麗しい寵姫ちょうき同士が真剣対決している状況そのものを楽しんでいる?

どちらがお好みかまでは窺い知ることはできませんでした。



夕餉の時間です。

ただでさえ金箔の入った漆塗りの器に盛られ、甘味までついた豪奢なお膳なのですが、

「おっ、これは紅玉君の御実家のお肉であらせられますな。

 雁、猪、鹿が並ぶとは、なんと豪勢な。

 御両親が婚姻を祝ってくださっておるのですな」

紅玉君は、得意さと照れ臭さが入り混じった、女人としての喜びに満ち溢れた表情を浮かべました。

くっ……

そ、そりゃ焼肉屋であれば、その日にでも婚姻祝いをご用意できるでしょうよ。

我が家だって、時間をかければ灰廉様とわたくしに相応しい立派な牛車を

……一応、文を送っておきましょう。



「では、大浴場に!」

灰廉様はわたくしたち二人の肩を

……って、えええっ?

いくら広さがあるとて、三人でお入りになるおつもりですか?!

わたくしからはまた血の気が引き、紅玉君の頬は深き紅色に……

「もっ! 申し訳ございません!

 あまりにも嬉しかったもので、ついつい図に乗りすぎてしまいました!

 そうですよね、そんなことをしても、楽しいのはわたくしのみ。

 その日の夜伽をする女人とのみ、入浴することといたしましょう」

欲望と思いやりの板挟みになりつつも、率直なお人柄のようね。


ひのきでつくられた大浴場は薫り高く開放感に溢れ、今日の緊張で生まれた疲労が全て溶けていくけれど……

「なんとお美しい……」

い、いや……

これはこれで凝視されてお恥ずかしいわ……

三人で入浴して、紅玉君と視線を二分したほうが良かったかも……


湯から上がると、わたくしの小袿こうちき(軽装の寝間着)が用意されていた。

「取り急ぎ、おうちが近いので、侍従じじゅうに瑠璃君のものを持って来させました。

 晴れのお着物などと併せて、お妃様に相応しいものをご用意いたしますね」

「あっ、ありがとうございます……」

肌に馴染んだ衣に袖を通すと、自宅に帰ってきたかのような安心感を覚えました


……が、それも束の間。

「これが舞姫様の

 ……なんと均整の取れた……」

わ、わたくし……

いくら国で知らぬ者はない皇太子様がお相手とはいえ、初対面でこんなことを……

こうも品の良い顔立ちをした貴人であっても、人間なのね

……こんなにわたくしに鼻息を荒くして

……誇りと困惑が入り混じる。

どんなに優しげな表情や言葉を投げかけられても、夢うつつのようなかぐわしい薫りや調度品に包まれていても、実際行われていることへの痛み、羞恥、違和感を全て包み隠すことはできません。


されど、これは代償。

豪奢なお屋敷、お食事、お湯、調度品などを愉しみ、誰もが羨む身分と、家が負担した以上の生活の保証をされることへの、代償。

御子を作ろうとするのは、皇家に、そして民に与えられたものへのお返しの中でも最重要の行為であり、責務。

御子を産みさえすれば、更にわたくしの栄誉は盤石なのだわ。

これぐらいは忍耐よ、忍耐……

夜伽をしたいわけではないけれど、月のものの都合の日以外は全て紅玉君にお渡りになられたら、女として口惜しいじゃない。

めいっぱい微笑んで、灰廉様を受け入れて。

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