第7話:セレスタリア・レヴィアン
勲章授与式から早一週間が経過。
アルは相変わらず何もせず、毎日ぐうたら、
一応三日前に帝城から使者が訪れたものの……。
「城に俺の専用部屋を与える? いらんいらん、そんなもんは。特に必要ないと陛下に伝えておいてくれ」
「え゛っ⁉」
宮廷魔術師就任特典の一つである、帝城内住居の提供を迷いなく断った。
「アル様、本当によかったんですか?」
「ああ。城での生活を想像してみろ。仕事の度に、早朝から騎士が俺を叩き起こしに来るんだぞ。そんなの絶対に耐えられん。ストレスでハゲるわ」
メルルはさすがに苦笑い。
「……それ普通じゃないですかねぇ」
「俺に普通が通用すると思うな。少し魔法が使えるだけの出不精ニートなんだぞ」
「あはは。それもそうですね~」
「いやそこは否定するところだろ」
学生の頃、テスト期間などはきちんと勉強時間を確保していたのだが、宮廷魔術師に就任したばかりで任務も特にない今は、本当に他人には見せられないような、駄目ニート生活を送っているのだ。
「アル様、さすがに何かされた方がいいんじゃないですか? 身体が腐っちゃいますよ」
「そのつもりは山々なんだが、生憎今日はお腹が痛くてベッドから動けんのだ」
「それ毎日言ってません?」
全く屋敷から出ずに暮らしていた、そんなある日。
この帝都の第二屋敷に、一人の若い女性が訪ねてきた。
「………………」
彼女は現在、玄関の前で腕を固く組み、片足で苛立たしげに床をトントンと鳴らしている。
───その女性の名は。
「アル様‼ セレスタリア・レヴィアン様がご来訪なされました‼」
「なにッ⁉ よしメルル、今は不在だと伝えろ」
「承知いたしました‼」
メルルは急いで玄関へ戻り。
「セレスタリア様、お待たせして申し訳ございません。現在アル様はご自身の部屋に引き籠っておられますので、どうか引っ張り出すのをお手伝いいただきたく……」
「わかったわ。どうせそんなことだろうと思ってた」
「ちなみにアル様には『不在と伝えろ』と言われました」
「こんの引き籠り魔術師め‼」
メルルはアルの両親から、くれぐれも息子を甘やかさないように、と口酸っぱく言われているのだ。
セレスタリアは強い足取りで、メルルの後を追った。
「貴方の名前は?」
「メルルと申します。男爵様からアル様のお世話係を仰せつかっております。以後よろしくお願いいたします」
「あら丁寧にどうも」
アルの部屋の扉が静かに開いた。
部屋の主は布団に包まりながら。
「メルル、ご苦労さん。いやぁ公爵令嬢殿も意外と諦めが良いもんだな。もっと我の強い人間かと思っていた。んじゃ、もうちょい寝るからそこのカーテン閉めてくれ。メルル……ん、メルル?」
いつになっても返事が返ってこないため、少し身を起こすと、そこには憤慨している婚約者の姿が。
「おはよう。アル・ドラガルス……いえ、夢属性の宮廷魔術師と呼んだ方がいいかしら?」
「あの……おはようございます」
◇◇◇
第二屋敷、来賓室。
ここには現在、相当ご立腹な様子のセレスタリア嬢と、頭にたんこぶを乗せたアルが向かい合いながら座っている。
「なんで私がこんなに怒っているのか、わかるわよね?」
「いえ、まったく」
「…………………」
「婚約の挨拶に行かなかったからです」
「正解。ルクシオン帝国の慣習だと、家格の低い方が挨拶に行くものなんだけど、それも知ってるわよね?」
「えっ、そうなんですか」
「………………」
「知ってました。すみません」
「普通はすぐに公爵家に来なきゃダメだったわけだけど、まぁ勲章授与式があったから、その期間は許しましょう。でもね、それからもう一週間経っているのにもかかわらず、全く来る気配がないし、たとえ何か事情があったとしても、その連絡すら寄越さないというのは、さすがにおかしいわよね」
「………………」
「おかしいわよね?」
「はい」
「あとその不本意な敬語やめて、なんかムズムズするわ」
「わかった」
(やっぱ俺とは真逆のタイプだ……やばい、お腹がズキズキしてきた)
セレスタリアの名誉のために言っておくが、彼女は普段は温厚であり、女傑と謳われるほど優れた人格を有している。最近は怒ってばかりだが、それらはすべて、レヴィアン公爵の勝手な行動や、この寝坊助の度を超えた怠けが原因である。
「まず、なぜ来てくれなかったの?」
「実は一週間前からずっとお腹が痛くてだな、連絡を送る体力も気力も無かったんだ」
セレスタリアは一瞬メルルに目配せし。
「メルル、これは本当かしら?」
「嘘です。毎日ぐうたら寝ておられました」
「らしいけど?」
「………………」
再度尋ねる。
「本当は?」
「毎日何も考えずニート生活を謳歌していた」
「……はぁ。最初からそれを言いなさいよ」
アルはもっと叱られる覚悟をしていたのだが、意外にもそんなことは無く、セレスタリアはやれやれと溜息を吐くだけであった。
「……怒らないのか?」
「ええ。勲章授与式の際、貴方という人間をしっかりとこの目で見させてもらったからね。貴方が才能に溺れず努力してきたことも、大切な人のためなら怒れることも知ってる。ただ、人の百倍だらしないだけ。だけど別にそれは怒るほどのことじゃないわ」
彼女は想像の百倍、アルのことを理解してくれていた。
「………………」
(なんというか、俺はセレスタリア嬢を少し勘違いしていたのかもしれん)
あり得ないほどの無礼を働いた格下貴族(宮廷魔術師は侯爵級)を、こんなにもサラッと許してくれる上級貴族は稀有だ。帝国四大公爵家の中では間違いなくレヴィアンだけだと言える。昨今のシビアな貴族社会では甚だ珍しい。
────そして。
セレスタリアはそっぽを向いて、人差し指で髪の毛をくるくると回し、頬を少し紅潮させながら呟いた。
「それに……本当に貴方が嫌いだったらとっくに婚約を解消してるし。もう……この一週間、ずっとソワソワしながら待ってた私が馬鹿みたいじゃないの」
「……ッ!」
アルは人生で初めて、誰かにドキッとした。
こんな感覚は初体験だったため、少しの間、固まっていた。
(そうか……これが俺の婚約者、セレスタリア・レヴィアンか)
これはアルがチョロいのではなく、どちらかと言えば、天文学的確率で、まさしく運命の相手と出会ったような感覚であった。
「セレスタリアと呼んでもいいか?」
「いいわよ。その代わり、私も貴方をアルと呼ばせてもらうけど」
「もちろんだ。ちなみにこの後の予定は?」
「すぐに帰るつもりよ。実はこの後、外せない用事があるの」
「じゃあ俺が公爵家の第二屋敷まで送って行こう」
「……いいの?」
「ああ、こう見えて宮廷魔術師だからな。多少は護衛も可能だ」
「そういう意味じゃないわよ。まったく……」
アルは珍しく、超珍しく、めちゃくちゃ珍しく、自ら行動を起こした。
その後、装備を整えたアルは、セレスタリアと共に屋敷を出た。
メルルは言葉を失うほど驚愕していた。
「………………」
(そ、そんな……あのアル様が、ドラガルス以外の人間のために……???)
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