夢属性の宮廷魔術師 〜惰眠を貪るために古代の魔法を習得した結果、なぜか帝国最大戦力である宮廷魔術師に大抜擢されてしまった件〜

田舎の青年

第1話:謁見の間にて

 ルクシオン帝国、謁見の間。


「ドラガルス男爵家次男アル。貴殿を宮廷魔術師に任命する」

「ありがたき幸せ。謹んでお受けいたします」


(えーっと……どうしてこうなった?)


◇◇◇


 帝国の辺境に領地を持つ田舎貴族、ドラガルス男爵家。城の会議でもめったに名が挙がらないような、しがない貴族家だ。

 そこの次男アルは所謂天才であった。物心つく前から、様々な分野で才能の片鱗を見せた。

 ……特に剣を持たせれば一騎当千。当初は両親も使用人も大喜びであった。


 しかし彼には一つ致命的な欠点があった。

 それは──


「zzz……ハッ‼ ……なんだ、まだ昼の二時か。よし二度寝しよう」


 とにかく怠け者なのだ。

 人生とは其れ即ち惰眠である。……という意味不明な格言を胸に、一日の大半を睡眠に費やしていた。三度の飯より昼寝が好き、などと本人が偉そうに豪語するほどに酷い。

 なんと情けない男だろうか。


 だが意外にも両親や兄妹は優しく、彼の知的探求心をくすぐろうと、定期的に様々な種類の書物を部屋へ持ってきてくれた。

 転機が訪れたのはアルが九歳の時。父が持ってきた古い魔導書を読んでいたところ、偶然“夢属性”という失われた魔法──通称古代魔法を発見。


 結果、家族の目論見は的中。

(なんだ、この俺専用みたいな魔法は‼)


 魔導書によると、夢属性を習得すれば良質な睡眠はもちろんのこと、その応用は多岐に渡り、果ては催眠術や幻術なども扱えるようになるとのこと。


(あれ? これで悪徳貴族を騙して金を毟り取れば、ほぼ毎日惰眠を貪れるのでは?)


 こんな邪な考えの下、アルは満を持して重い腰を上げ、夢属性という古代魔法の研究に着手したのである。


 ……だが研究は困難を極めた。

「う~む、この魔法が古代に失われた理由がよくわかった」


 夢属性魔法はとにかく難しすぎるのだ。魔術理論も魔力操作も、何もかもが超複雑。他属性の魔法を学ぶ方がよほど効率的と言えよう。

 戦火の絶えぬこのご時世では、攻撃系統のド派手な魔法を習得する方が、より実績に繋がりやすいのだ。


(そりゃ廃れるわ。一体誰が研究するんだ? こんな魔法)


 アルのような惰眠好きの変人にしか人気が出ない。仮に人気だとしても、習得が非常に困難なため、まともに扱える者はごく一部。……そんなニッチな魔法だ。

 過去の遺物になったのは必然だったのかもしれない。


 しかしこの変態アルを舐めてはいけない。本来であれば、今頃帝国中に名を轟かせているほどの鬼才なのだ。使用人に頭を下げ、魔導書という魔導書を収集してもらい、睡眠は特に削らず、連日研究に取り組んだ。


 ───その数年後。


「夢属性魔法、マジで最高。いやぁマジで研究して良か……zzz」


 ついに古代魔法の復元に成功したのである。

 当初は家族も使用人も大喜びだったが、結局は彼の怠けが悪化するだけであった。そのためアルは家族の熱望により、今度は帝国随一の教育機関──帝立学園を受験させられることとなった。


「いいか、アル。我らがドラガルス男爵家の名はお前にかかっている。受験には家族や使用人、領民を背負った気持ちで臨んでくれ」

「はいはい。頑張るよ」


 彼は終始テキトーな男ではあるものの、家族や使用人のことは大切に思っており、一応負けず嫌いな一面もあった。

 そんな彼がやる気を出した結果、学園は見事首席合格。もちろん入学式は仮病でサボった。


 アルが入学を嫌々決意した理由はもう一つある。帝立学園の単位には試験の得点しか反映されないのだ。要するに出席点が無く、試験の結果され良ければ進級も卒業も可能。

 出不精を極めた彼にはピッタリの学校であろう。


「これが噂の学園生活か。青春だなぁ……zzz」


 アルは三年間ほぼ毎日、帝都の第二屋敷で惰眠を貪り、年に数回の試験実施日だけ登校。毎回学年総合ランキング一位を獲得し、再び颯爽とベッドへ帰っていくというド変態ムーブをかましていた。


 また一体どこから情報が漏れたのか、夢属性魔法を蘇らせた事も、いつの間にか学園中に知られていた。古代魔法の再現とは、実は他に類を見ない程の大偉業なのだ。     

 その情報は不本意にも帝国中を駆け巡った。


 もちろんそれは帝城にも届く。……謁見の間の玉座に座す皇帝の下へも。

 特に今代皇帝は魔法に精通しているため、アルの実績に唸った。


「この年で古代魔法の一つを蘇らせるとは。それに帝立学園も首席卒業と。学園長によれば実技試験結果も歴代トップクラス。……この傑物を逃すわけにはいかぬ」


◇◇◇


 アルは帝立学園の卒業式(もちろん仮病でサボった)の日に、なぜか屋敷に帝城から使者が訪れ、瞬く間に城へ連行されていった。


 馬車の中では枯れ草のように項垂れていた。

「そうか、俺は処刑されるのか。いい人生だった」

「……そんなわけないでしょう」


 何も知らされぬまま謁見の間に引きずられていき、そこには泣く子も黙る今代皇帝──通称聖焔皇アグナス・イル=ルクシオンが待ち構えていた。

 両側には近衛騎士がズラリと並び、アルの一挙手一等足に目を光らせている。


「急に呼び出して悪かったな、ドラガルス男爵家の次男よ」

「いえ、まったく」

「天才と謳われるお前なら、ここに呼ばれた理由はすでにわかっているだろう」

「無論でございます」

(全然わからん。手の込んだ公開説教か? まぁ学園サボりまくったしなぁ……)


 聖焔皇はコホンと咳払いをし。


「ドラガルス男爵家次男アル。貴殿を宮廷魔術師に任命する」

「ありがたき幸せ。謹んでお受けいたします」


(えーっと……どうしてこうなった?)


 本日を以て、アルはなぜかルクシオン帝国の宮廷魔術師に名を連ねることとなった。


「正式な勲章授与式は後日行う予定だ。ドラガルスは辺境ゆえ、無理に親族は呼ばなくてもよいが、本人は必ず出席するように・・・・・・・・・・・・

「あの……承知いたしました」


(くそッ。仮病でサボろうと思ったのに……!)


◇◇◇


 アルが退室した後、すぐに宰相は皇帝に感想を伺った。


「いかがでしたか、陛下。新たな若き宮廷魔術師殿は」

「……わからぬ」

「なるほど。聖焔皇と畏れられる陛下ですら、推し測れぬと」


 魔法に精通した者は、まず相手の魔力を探り、大体の力量をはかる。

 しかし何故かアルには、その方法は通じなかったようだ。


 一魔術師にとって、これほど怖い事はない。


「それはそれは……恐ろしいですな」

「ああ、まったくだ」


 だが皇帝の口角は上がっていた。

 恐れよりも、むしろ新たな才能への期待が上回ったのだろう。


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