ライラ英雄譚
雨ちまめ
薄明
大暦8241年1月7日、グリニッジ標準時5時2分、パシャ艦より定期連絡……
本日、航行開始より7度目のジャンプに成功し、目標到達まで21時間ほどの見込みです。
以上。
目標、クール27まであと僅かであったというのに、何とも実感に乏しい。
私、篠月楓はそのような事を考えながら定期連絡の送信ボタンを叩いた。
思い返せば2年前のことだ。私たちは文明の死について騒いでいた。
文明の緩やかなる死……学者たちはこう言った。私たちの文明社会に死が訪れようとしている。
3000年も前のこと、かつて人類の科学技術は最高潮に達し、それは最早、魔法の域であった。だから人々はその栄華をこう称した。「大魔法時代」と。
しかし栄華には終焉がつきものである。大魔法時代は一つの大戦争によって幕を下ろした。銀河を消し去る力も、5次元世界を旅する船も、生身のまま不老になる薬も、そして人類の6割も、どれもがたった3日で灰燼に帰したのだ。
私たちは今まで、大魔法時代を復活させられないことを当然に思っていた。あまりにも高度に発展した技術の数々は、奇跡によるものだったと思っていた。
しかし学者たちの観測によれば、もう私たちの文明は現状以上に発展することはできない、寧ろ退行に向かっているそうなのだ。
人類は総出で原因を探し回った。ドゥーマンシークエンスに何らかの齟齬が生じたのでは。太陽城を破壊すれば解決するのだ。いや、私たちの世界が仮想現実だったのではないか……。
そうしているうちに、ある一つのカプセルが地球に到達した。
中にあったのは大魔法時代の遺物、そしてメッセージカードであった。
これまた私たちは大騒ぎした。今の人類の技術では再現不可能な品々、しかも解析結果は、これらが作られたのは数年前であることを示す。文明の死に飲み込まれていない誰かがいる。そう伝えているようだった。
さらに驚いたことに、メッセージカードにはある星……クール27の位置が示されているとともに、ある言葉が書かれていた。
「栄華を取り戻したくばライラを探せ。」
ライラが何であるかは分からない。さらには、この言葉が真実であるかにすら疑問符が付く。それでも私たちは藁にも縋る思いだった。
こうして結成された調査団が、この船に乗っている人々なのである。
「お、連絡終わった?」
話しかけてきたのは同僚のイワンだった。彼について言うことは特にない。なんならサボり魔だ。船の難しいあれこれは人工知能がやってくれるということで、調査団の募集の際にも特に条件は無かったわけだが、それにしたって酷い。
TRPGでもしないかと絡んできたのを無視して司令室へ向かう。
「連絡完了しました〜。」
「了解。じゃあキュプロと交代ね。」
上司のモモさんがコーヒーを片手に言った。明らかに顔色が悪い。確か三徹目だったか。せめて仮眠してくださいと進言したが、そうねぇと呟きながらモニターを凝視していた。
言い忘れていたが、私たち調査団は全員が体を機械改造している。これのおかげで私たちは腰から下が吹っ飛んでも生きていられる訳だが、流石に疲労は感じるし、頭だけは弄らないことが暗黙の了解であるため首から上には血がきちんと通っており、脳出血で死んだりもする。過労には本当に気を付けて欲しいと思うのだが、今の彼女に何を言っても届きそうにない。諦めて食事を取りに行った。
翌日、私たちの船は目標星の目の前まで来ていた。クール27。この星にはどうやら、ある科学者集団が大魔法時代にやってきていたそうだ。
黒黒とした星だ。地球より一回りほど小さく、人工的な形をした陸地が一つだけ見える。
もし大魔法時代の科学者たちが生きているなら、使節をよこしてくるのではないかと暫く待ったがそんな様子もない。
結局私たちは、陸地の端に船を下ろすことに決めた。
「着陸まで10秒……5、4、3、2、1……成功です。」
司令室からはまばらな拍手が起きた。ようやくライラの捜索に入ることができる。
「諸君!」
そう声をかけたのはパシャ艦長だった。豪胆、という時に相応しい人物で、どれだけ危険かも分からないこの調査のリーダーになったのも頷ける。
「早速だが、この陸地には三つの大規模人工物群があると判明した。」
彼はそう言いつつレーダーデータを提示した。
「着陸前に撮影した画像からも分かるが、西南のものは既に廃虚だ。ただ、他の二つからは生命反応が確認されている。」
「近いし、まずは北のほうから行く?」
「そうだな。」
モモさんの提案に艦長はすぐ同意した。今日のモモさんはかなり顔色が良い。ちゃんと睡眠を取ったようで安心した。
「では第一弾の捜索だが……居住者の存在、そして代表者として接触する可能性を考え、俺とモモの予定だったな。異論はないか。」
全員が頷くと、慌ただしく準備が始まった。
私は警備役だ。戦闘機に乗って上空をぐるぐる旋回する仕事である。装備の点検をしていると、またイワンが話しかけてきた。
「俺にも仕事くれよ。データ整理?とかじゃなくてさ、そういう戦闘機乗ったりとか、かっこいいやつ。」
「あんたは免許ないじゃん。それに上回るだけだからクソつまんないし。」
そう言うと彼は何とも不満そうな顔をしていた。
「イワンってさ、何で調査団に就いたの?仕事嫌いでしょ。」
「調査団のやることがデスクワークばっかりなんて知らなかったんだよ。調査団っていやカッコいいイメージあるだろ。冒険的なさ。それにライラを見つけて今のゴタゴタを本当に解決できたら英雄だ。そうすりゃ親父もお袋も俺のこと――」
ここまで言って話が重くなりかけたのを自分でも理解したのか、彼は話を止めてしまった。
「まあとにかくそういうことだ!」
その空元気では誤魔化しきれていない気がするが、私もこれ以上追求するのはやめておいた。そういえば、私はあまり他の人に何故調査団に来たのか聞いたことがなかったなと思い出す。今度艦長とかにも聞いてみようか、いやまた今みたいに変な空気になってしまったら困る。あまり人のことを根掘り葉掘り聞くのは良くないのかもしれないな……そう考えているうちに機体の方も準備が終わったようだ。
久しぶりの操縦に少々まごつきながらも、機体は空中へ浮かび上がる。高度を十分上げたところで自動操縦へ。これで今日の仕事は八割済んだ。まったく、実に味気のない仕事だなと思ってしまう。
「篠月より。定位置へ到着し自動操縦へ切り替えました。現在哨戒を行っています。」
「司令部より了解。異常があれば伝えてください。」
私は機体の下部に取り付けられたカメラの映像をモニターへ映し出した。地表はどこまでも平らで、芝生が生い茂っていた。樹木は見当たらない。南方には海が見える。海というのも地球で見るような青い海ではなく、真っ黒い液体を湛え、波もあまり見えない。どうも不思議な星だと思う。植物も生え、遠くには雲も見えるがどこかこの星は無機質だ。
旋回から1時間ほど経った頃、そろそろ艦長とモモさんは目的地に着いただろうかと考えていると、ふと、機体がぐらついた。風だろうか?いや、この星はほぼ無風であったはずだが……。
計器は特に異常を示している様には見えない。また機体が僅かばかり揺れる。このくらいならよくある程度だが、私は一抹の不安を覚え始めた。
無線で連絡を入れようかと考えていたその時、船を映していたカメラに、明らかな変化が見えた。
船の先頭部分が歪んでいる。それもそこだけ虫眼鏡で拡大したようだ。
カメラの異常?いや違う。コックピットから肉眼で見ても同じように歪んでいた。
「篠月より司令部へ。司令室の窓周辺に異常が視認できます。歪みのような……そちらからも確認可能ですか?」
「司令部より。監視カメラにも計器にも特に異常は……花琳?」
「司令部?何かありましたか?」
「神よ――」
ノイズが走った後に通信が途絶した。何か、緊急事態が起きているのは明確であったのに、歪み以外に外からおかしなものは見えなかった。何が起きているのだろう。何が。そうだ、船内の監視カメラを見られるはずだ。
震える手で、私は通信を繋いだ。第一エントランス、異常無し。B1フロア、異常無し、司令室――
私は愕然とした。目に映っているものが信じられない。
そこにいたのは、天使だった。その頭部は古代ギリシャ彫刻に似ている。古拙の笑みを浮かべ、首から下は鳥類のようで、4枚の羽を携えた体は3メートルはありそうだ。
そして床に、3名程の人間が横たわっている。頭が無い。確実に死んでいた。
どこから侵入したのだろうか?そんな兆候はなかった。あれだけ大きな生物であれば確実に気付くことができる。
天使はこちらを見た。こちらを、と言ってもあれが見ているのは私ではなく監視カメラだろう。なのに、私のことまで見透かされている心地になる。その表情からは何かしらの感情は全く感じ取れなかった。
天使は踵を返し、扉の方へ向かっている。
「制御部、篠月です。応答してください!」
「はい、制御部です。何かありましたか?」
「司令室に侵入者です!一刻も早く防衛配備を。既に死亡者が3名出ています。」
相手は死亡者、という単語を聞いて狼狽したようだった。無理もない。
「死亡者?その…………ええ、分かりました。全船員へ通達――」
突然、爆発音が鳴り響いた。
「クソ!」
制御室の監視カメラはまた人が折り重なるようにして倒れているのを映していた。キュプロ、ピネー。彼らも頭部を破壊されている。
いつの間にか歪みは制御室の辺りに移動し、黒煙が立ち上っていた。
あの生物は何なのだろう。大魔法時代の産物?頭部を破壊して回る天使のような何か……さらにはあんな空間の歪みまで発生させ、音もなく侵入できる。確かに魔法のような技術だろうが、あまりにも悪趣味すぎる。
ここで、今度は船内から無線が来た。相手はイワンだった。
「こちらイワン。簡潔に伝える。船内の銃火器は効かなかった。現在の死傷者は確認可能な範囲で11名。爆発はあいつが起こしてる。これで以上だ。すまない。」
一方的に通信を切られる。B1フロアの監視カメラは、部屋の隅で銃を撃つイワンと、天使の様子を映し出していた。彼の銃弾は確かに効いている様には見えない。そして天使が4枚の羽を広げ、空を見上げるような格好をとった刹那、イワンの頭部は破裂するように砕けた。
そしてすぐ、天使は窓の方へ向かいガラスを叩き始める。窓が完全に割られるのにはそう時間は掛からなかった。
私たちの船は二つの部分に分かれる。司令室や制御室のある先頭部。そして居住区。天使は一度外へ出て、残りの人たちがいる居住区へと移ろうとしているに違いないだろう。
私はすぐ天使を撃った。だが機銃もミサイルも効いていないのか、あれは大して気にすることなく居住区へ向かい始める。
一刻も早くどうにか殺さなければならなかった。
天使はちょうど武器庫のあるあたりを歩き始めている。
そういえば、武器庫には銃や刀剣のみならず、大量の爆薬も備えられていたなと、私は焦る頭で考えていた。
それでようやく気づく。ああ、そうか。これを全て爆発させたらいい。ここから居住区までは距離がある。あちらまで爆発は及ばないだろう。それに、この機を逃せば次は二度とない。私はそう直感的に感じ取った。
躊躇いなく機銃を火薬庫をめがけ撃ち続ける。それからミサイルも……だが船体は思ったより頑丈なようだった。
最悪だ。あともう少しだというのに、この戦闘機に載せられたミサイルをほとんど撃ち尽してしまった。機銃の弾だってもう残っていない。
どうしたら良いだろう。どうしたら……
ここで、一つの考えが頭に浮かんだ。
こんなことはしたくない、許されないと理性が言う。だが決断は一瞬に終わった。
自動操縦を切り、手動へ切り替える。それから武器庫に向かって、操縦桿を思い切り押し込んだ。
あともう少し――
その時だった。突如、目の前が爆煙で包まれ、機体ごと吹き飛ばされる。爆煙には何か、瓦礫とは違うものが混じっていた。花?
だがよく見ている余裕は無い。飛んできた瓦礫の一つが機体に当たり、バランスを崩してしまった。
必死に体勢を立て直し、機体は胴体着陸に成功した。
私は何とか外へ這い出た。どうやら奇跡的に上半身は無事だったようだが、着陸の衝撃で頭を打ってしまい、意識は朦朧としている。
ぼやけていく視界の中、燃え盛る船の前に立つ誰かが見えた。
ライラ英雄譚 雨ちまめ @amechimame
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