冀いて明日を掴む

 冷静に状況を見てカードを切り、それにアセスが応え勝利を掴む。リスナーの戦いの心構え、基礎とも言うべき理想的な戦いをユピアとクーレニアは展開した事にエルクリッドは敬意を感じるとともに、師クロスにも似た佇まいに改めて彼の強さを感じいる。


(強い人、まだまだいるんだな……シェダも、リオさんも、ユピアも、他の人も……)


 バエルという確固たる目標へ辿り着く前には他の強者たちがいる、そしてバエルに勝っているクロスの存在や、まだ見ぬ未知の者達もいる事、これからそうした逸材が出てくるのだろうという事もエルクリッドは感じながら深呼吸を繰り返す。


 スパーダとローレライが倒された反射でエルクリッドが受けた傷は癒えつつあるが、失われた魔力は戻らないし痛みも消えるわけではない。残るアセスも一度退かせたセレッタと無傷のダインとヒレイがいるが、クーレニアの力を考えると次のアセスで倒しきらなければ勝ち筋は消えると悟る。


(ここで負けていられない、あたしは、負けない……!)


 もうすぐ待ち受ける者の前へと迎える所まで来た、そう思うと思いはより強く燃え上がりエルクリッドの魔力が滾り風を呼び、黒く染まっていた彼女の髪も赤へと戻っていく。

 心からこいねがうものは変わらない、それを良く知るアセスの中でもヒレイは特にそれを理解する。誰よりも長くいるからこそ、共に強くなると誓った事を思い返しながらエルクリッドを呼ぶ。


(エルク、勝つぞ)


「うん、とーぜんだよ。勝って、あたし達は明日へ進む……!」


 勢いよくエルクリッドがカード引き抜き炎が舞い踊った。滾り切った魔力が熱を帯び発火へと至らせた事による刹那のそれは、引き抜いたヒレイのカードを赤き光で包み込みながらその姿を変えていく。


「赤き流星よ、願いを明日へ繋ぐ希となって光輝け!」


 吹き抜ける熱風にユピアとクーレニアが強烈な重圧に押され、エルクリッドのカードより赤き竜が天へ飛ぶ。


 光に包まれたその身体が少しずつ姿を現し、赤く光る外骨格に覆われ白き鱗持つ新たなる姿となったヒレイが瞬く星の如く輝く目を開き、力強く翼を開く。


冀現星竜きげんせいりゅうヒレイ……! あたしと一緒に、勝つよ!」


「あぁ、当然だ相棒!」


 それは強く願い続けた思いが形となり洗練され続け、昇華した結晶そのもの。ヒレイが真化を果たしさらなる頂へと到達し、エルクリッドの思いが形となったもの。


 眩く雄々しく、赤き竜の星に語られるドラゴンにも似た姿となったヒレイにノヴァは見惚れ、その力強さにシェダも手を握り締めながら高鳴るものを感じいる。


「ヒレイが、真化を……!」


「エルクの奴もやっと、か……遅すぎるくらいだけど、な」


 何故今真化を果たしたのかはわからないが、エルクリッド本人はその理由を直感的に理解していた。もうすぐ到達すると気づいたことで、己の中の思いが激しく燃える感覚があったと。


 負けられない場面でそれは幾度としてあったが乗り越えてきた、仲間と共に、あるいは己とアセスの連携によって。だがそれが通じない時と悟った時に、尚も諦めないと心が進んだから到達したものであると。

 両頬を軽く叩いたエルクリッドが闘志漲る眼差しでユピアを捉えると、クーレニアが威嚇の咆哮と共に赤い隈取を現し赤い模様で真白の身体を染め上げる。


 刹那、クーレニアが尻尾を力強く打ち付けて身体を浮かせながら翼を広げ飛翔しヒレイへと向かい、ヒレイもまた急降下しクーレニアへと突っ込む。

 交差の瞬間に両者の爪が閃き相手を切り裂き、だがクーレニアは鋭く裂かれた己の左翼と腕に気づき反射を受けたユピアも目を見開きつつヒレイの強さを感じ取った。


(真化で格段に強さが増していますね。これは……こちらも決着をつけにいかねば負けてしまいます、ね!)


 反転と共にクーレニアが口内に赤き光を蓄えて収束しヒレイへと吐きつけ、同じく反転するヒレイは左手を前に突き出して掌底でそれを防ぎ止め弾く。

 弾かれた光が周囲に降り注ぎ天地を貫くものの、すぐにクーレニアは赤い模様を光らせながら全身に力を溜め込みユピアもカードを切った。


「純粋なる色彩を束ね、無色透明となった境地たる心を持ちその力は解き放たれる……! スペル発動、クリアーソーサリー!」


 白き光を纏ったクーレニアが螺旋状の赤き電雷を纏う光線をヒレイ目掛けて放ち、その威力の高さと範囲の広さに避け切れないと悟るとすぐに炎を口内へ蓄えエルクリッドもまたカードを発動する。


「スペルブレイク、ドラゴンハート! 決めるよ、ヒレイ!」


 握りつぶされ解き放たれた光がヒレイを覆い力を高め、口内の炎は赤から青へ、そして白へと変わると大きく首を振りながら一気に放たれる。

 ぶつかり合う白き炎と光線は互角の威力で押し合うものの、刹那にヒレイの炎が大きさを増し光線を押し返しそのままクーレニアへ直撃し白き炎で焼き尽くす。


 その炎は美しく清らかでありながら凄まじい熱気を放ち、吹き抜ける熱風に周囲の草木が燃え上がるほど。

 白き炎の中でクーレニアはその中で藻掻き飛び上がるものの、既に全身を焼かれ消耗しきったのもありぐらりと崩れるように落下し炎の中へと消えた。


 ヒレイが着地すると共に炎が消えてクーレニアがカードへ戻ってユピアの手元へと戻ると勝鬨の咆哮を天高く轟かせ、エルクリッドもまた笑顔を見せてヒレイへと駆け寄る。


「ヒレイ! 勝ったよあたし達……勝った……!」


「あぁ、スパーダとローレライ、セレッタの分も戦えたな。もちろん、ダインのぶんも、な」


 尻尾の先で器用にエルクリッドを撫でながら答えたヒレイもまたカードへとその身を変え、エルクリッドの手元へと帰還しその胸に抱かれてからカード入れへ戻す。


 直後に緊張の糸が切れたのもあってか一気に疲労感が襲いふらつくもエルクリッドは踏み留まり、ゆっくりと歩み寄り微笑むユピアと顔を合わせた。


「自分の負け、ですね。勝つつもりでしたが、あなた方の思いの強さの方がずっと強かった……」


 反射を受け口から血を流し真白の服も赤に染まる姿は痛々しくも、ユピアはそれ以上に満足げに優しい口調で話し、エルクリッドは少し申し訳なさも感じてしまう。


「ユピア……あなたは……」


「お気になさらず、クーレニアも満足したようです。ではまた、いつかお会いしましょう」


 深々と頭を下げてユピアは傷ついた身体を歩かせてその場から立ち去り、それを見送るエルクリッドの所へノヴァとシェダがやってきて共に見送る。


 誰かに試すように言われてきた、ユピアにそれを指示した者が誰かはわからず、また未だ彼やクーレニアが力を秘めてるような気がして恐るべき存在と感じた。


「あいつ、またいつか戦う事になるな」


 うん、とシェダに答えながらエルクリッドはヒレイのカードを引き抜き見つめ、それをノヴァも見上げ共にカードを見つめる。

 真化を果たした事でヒレイの強さも格段に増した。しかし、それだけではまだ足りないとエルクリッドは感じて深く息を吐く。


(ヒレイが真化したからってもまだあいつに勝つには足りない……あたしの力を全部使っても、ほんの少し足りない……でも、今考えても仕方ない、か)


 熒惑けいこくのリスナー・バエルと彼のアセス・マーズの力は身をもって体験したからこそ、強くなった今も物足りなさをエルクリッドは強く感じていた。強くなってそこで満足せず研鑽に研鑽を重ねた究極の姿とも言うべきもの、それがバエルとわかるから。


 だが今は他にやる事が、彼に挑む為にすべき事があると切り替えエルクリッドはカードをしまって戻ろっかと声を二人にかけ、次なる十二星召への戦いへと心を向けるのだった。



NEXT……

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