報いる一矢と怨みの獄

蒼樹里緒

不審な出前

 深夜の部屋では、チャイムの音が大きく聞こえた。

 日課の生配信を終えたばかりの私は、眉をひそめる。

 ――もう日付が変わりそうなのに、誰だよ。まーたアンチが住所特定して押しかけてきたのか?

 ため息を吐き捨てて、ドアスコープを覗いた。マンションの廊下には誰もいないようだけど、悪質な奴はドアの死角に隠れるものだ。立ち去ったふりをして、まだいるかもしれない。

 スマートフォンでSNSのエゴサーチをしながら、相手の出方をうかがう。チャイムは、もう鳴る気配がないようだった。

 ファンが書いてくれた配信の感想に微笑んで、チェーンをかけたままドアを慎重に開ける。隙間から廊下を眺めても、やっぱり誰もいない。

 視線を下げると、ドアの横に寿司桶が置いてあった。黒い漆器のそれを、握った傘の先端で軽くつついてみる。不審者が近くにいれば、何か反応するだろう。

 それでも、寿司桶はじっと横たわっているだけだ。

 思い切って玄関を出て、それをサッと持ち上げた。

 すぐ閉めたドアに鍵をかけて、ダイニングテーブルに寿司桶を置く。とりあえず、スマホで写真を撮った。

 ――出前なんて、頼んでないのに……アンチの嫌がらせか?

 でも、伝票は付いていない。配達員の声も姿もなかった。チャイムだけ鳴らしてすぐ帰るのも、不自然だ。置き配達なら、一言くらいかけて欲しい。それとも、配達先をほかの部屋と間違えたんだろうか。

 こんな立派な寿司桶に入っているんだから、きっと高級寿司だろう。

 天井の電気の光を浴びてツヤツヤ光るふたを、ゆっくり回して開ける。

 中に入っていたのは、一匹の真っ黒なウニだった。握り寿司でも軍艦巻きでもない、調理前の状態の。わざわざ寿司桶に入れて送ってくる意味がわからない。

 ――ウニは好きだけどさぁ……まさか、生きてないよね?

 またスマホで撮ろうとした瞬間。

 私の首の皮膚を、鋭い何かが突き破った。喉も貫通して背中側にまで突き出たのが、感覚でわかる。

 悲鳴の代わりに、ひゅ、と小さい吐息が漏れた。

 それがウニのトゲだと気づいたのは、両腕も胴体も次々に刺し貫かれてスマホを落とした時で。

 ――なんで……?

 電気のスイッチが切れたみたいに、意識が真っ暗闇に染まる。

 たぶん、眼や脳味噌もウニに刺されたせいだろう。


 もっとやりたいこと、叶えたい夢――たくさんあったのにな。

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