事件というのはいきなり起こる

Side ステファン


オクレール公爵家の令嬢二人はどちらも綺麗だ。


最初は確かに、エレーナ嬢の方に目が行った。


でもファーストダンスの間、もう一人、ターシャ嬢から目が離せなくなる。


バランド前公爵と楽しそうに踊る姿は、とても綺麗で、今年の参加者たちはオクレール公爵家の令嬢二人に魅了されていた。


僕もそのうちの一人だ。


「踊っていただけますか?ターシャ嬢。」


誰もが手を出せない状況にして、彼女に手を差し出した。扇で口元を隠していた彼女が初めて発した言葉は。


「え?」


だった。

しばらくしても手を重ねてくれる様子はない。


そんな彼女を逃したくなくて『引くつもりはありませんよ。』と分かりやすく更に手を近づけた。困惑している顔がチラッと見えた。


ハッと、今の状況を理解したのか、それとも諦めたのか、彼女は扇を閉じた。


そしてニコッと笑いかけて、扇を掌にのせて、そして手を重ねる。

思っているよりも小さな手。総レースの手袋、その指先からは微かに温もりを感じられる。


だが、彼女は言葉にせずに明らかに拒否した。


『一曲はお付き合いしますよ』そう言う意味だと知っていての行動なのは間違いなさそうだ。


「よろしくお願いいたします。」


そんな彼女の行動に誰もが驚いた。

第二王子とは一曲しか踊るつもりはない。


その意思表示に彼女には好いている男性でもいるのだろうかと思わされた。

だが、彼女は後見人とファーストダンスを踊ったということから、婚約者は居ないはずだ。


相手が年下だとしたら可能性があるが、男の方が年下の可能性は薄い。

だとしたなら、方法はある。王妃腹ではないが、王子でよかったと密かに笑う。


「ターシャ嬢。」


名前を読んでみれば、彼女は初めて視線を合わせた。

シルバーグレーの瞳に自分の顔が写り込んだのが酷く、心地よかった。


「ターシャ嬢は扇を挟む意味はご存じですよね?」


念の為の確認だった。しかしターシャ嬢は笑みを深くした。


つまり、『分かっていてやっていますので、一曲で開放してください?』との意味が含まれているのだろう。


メヌエットのゆったりとしたペースをしっかりとしたステップで踊る彼女の顔は完全に『早く終わんないかな?』という気持ちがありありと出ていた。


こちらとしては終わらないで欲しいのだが、そう思いながらも、曲はゆっくりと終わる。


彼女がカーテシーを披露して、僕はボウ・アンド・スクレープを返す。


彼女が手を差し出そうとしたが、僕が手を差し出さないのに気づき、手を下げた。

少し退場の流れが治まったところで、手を差し出せば、明らかにホッとした様子のターシャ嬢。彼女は先ほどと同じように手に扇をのせようとした。


「ごめんね。」


彼女には聞こえない程度でそう言った。


乗せられた扇を掴み、彼女の手から扇を取り上げた。周りが微かにざわめくが、それ以上の動揺が会場を包んでいる。


視界を次の踊り手たちの列に向ければ、最前列に兄上とエレーナ嬢。

エレーナ嬢もターシャ嬢と同じように困惑の色が濃い顔をしていた。

やっぱり姉妹、似ているな、なんて思った。


ありがとう、兄上。おかげで僕の非礼が目立たなくて済む。


取り上げた扇を反対の手に持たせた。驚愕の顔をしているターシャ嬢にもう一度笑いかけた。


『逃がすつもりはありませんよ。』と。


「え?」


この声を聴くのは二回目だ。


困惑が続きすぎて困っているのだろう。


でも、これからもっと困惑させるのだろうな、と心の片隅で思った。


そんな僕の思考に気付くこともなく、彼女の視線は兄上とエレーナ嬢に向いた。

その瞬間、誇らしそうな、嬉しそうな表情を浮かべる。


彼女からの僕への関心は妹よりもはるかに低いらしい。

だが、そんな様子の彼女を眺めつつ、回りがダンスホールに歩んでくれば、さすがの彼女も顔が青くなっていった。


今の状況が逃げ場を失っていることに気が付いたのだろう。


「第二王子殿下、待ってください、ほんと、まずいですって!」


声を荒らげないで小声で言ったあたり、しっかりとした淑女教育を受けた証だろう。


そっと腰に手を当てて、青ざめたまま見上げてくる彼女を可愛いと思っている。


始まった曲はワルツ。


ダンスホールで色とりどりのドレスが華を広げる。


このダンスの途中で彼女に逃げられたら僕の『求婚させてください』との意思表示は失敗になる。


まあ、それをした場合、ターシャ嬢は良縁を望めなくなるので、逃げることはないだろう。


念の為、腰に当てる手に力は込めているが。


「何がまずいの、ターシャ嬢?」


分かり切っていることを聞き返されて首を傾げれば、彼女はまるで池の中の魚のように口元が開いてしまった。


このダンスホールへの関心は兄とエレーナ嬢のペアで、彼女の間抜けな子の可愛い顔は見られることはないだろう。



「にかい、二回目です、このダンス!!」


小声だけれどもはっきりと意味を理解している言葉。


もしかしたら彼女に婚約者候補がいたのかもしれないけど、今、僕と踊ってしまったことで、彼女に他に縁談を持ってくることは不可能に近い。


可能なのは父上兄上王太子となる。

チラッと視線をずらした先の兄はどうやら彼女の妹の方に夢中になっているらしい。


「そのままの意味で捉えておいてね、ターシャ嬢。」


どんな縁談もつぶす覚悟があるよ?の意味で笑ってみたが、彼女の顔は青いままだった。


その視線が妹でも、僕でもなく違うところに向いていた。


誰を見ているのか?その疑問はすぐに解決した。


義母上にそっくりな女性。


多分、ターシャ嬢の母、オクレール公爵夫人だろう。

隣の女性はオクレール公爵令嬢のオリバー嬢。

そしてその二人が視線を向けるのはターシャ嬢ではなく、エレーナ嬢。その瞳には憎悪が満ちている。


「第二王子殿下、お願いです」


「どうしたいの?」


「エレーナよりも早くこのホールを出たいです。お母様とお姉様が何かしでかす前に」


「わかった、いいよ」


その言葉は現実的に考えれば常識でしかない。


最高位の者は最後に退場する。

僕とターシャ嬢は最後から二番目、最後に兄とエレーナ嬢が退場する。


でも彼女はそんな思考を働かせる余裕がないように感じた。


ワルツを踊り切れば、順序を守り退場していけば、ツカツカと靴の音を鳴らしながら詰め寄ってくるオクレール公爵夫人。


その形相に、誰もが道を開いた。


「エレーナ!!」


非礼にも王子の、しかも第一王子の相手をした令嬢に彼女は怒号を浴びせながら扇を持った手を振り上げていた。


誰もがその行動についていけない中、エスコートしていた手が離れた。


エレーナ嬢は覚悟を決めていたのか、目を固く瞑っている。

兄も咄嗟に守ろうとしたのか、エレーナ嬢を引き寄せていた。


バチッン――


静まり返ったホールでその音が響き渡った。


叩かれたのは兄でもエレーナ嬢でもなく、ターシャ嬢の頬。

明らかに叩かれた頬は赤みを帯びているし、そして口端が切れたらしく、小さく血が流れていた。


「ターシャ嬢!!」


今度はホールに僕の絶叫が響き渡った。


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