【衰微のソノリティ】おやすみなさい、お月様。

通気通行世界

【衰微のソノリティ】おやすみなさい、お月様。

 僕は幼少期から外で走り回るよりも、自室で祖父の遺品であるレコードプレイヤーでヴェートーベンを聴きながら、外を眺めているのが好きな少年だった。2階の端にある自室からは真下に流れるそれなりの幅の河を毎朝毎夕毎晩ながめていた。いや、河を見ていたと云うより河面に映る光を見ていた。朝日が反射して清々しい輝きを放つ河面。また、夕日がノスタルジックに輝き、夜は月が河面を照らす。河のせせらぎや水辺に生息する虫の鳴き声、光に反射して輝く河面…そのすべてが河野の存在を僕に認識させた。当時の僕はその意識的かつ受動的な状態に心酔していた。

 ある夜。酷く雨風が吹き荒れ、世紀末を彷彿とさせる闇が一面を覆っていた。窓を覗いても河は見えない。次第に僕は河を感じたいという欲求に支配された。すぐさま僕は階下に駆け、防災バックの中から我が家1の高火力もとい高光力の懐中電灯を取り出し、自室に飛び戻った。自室に戻ると間髪入れず僕御用達の窓を開け、懐中電灯の光を河に向かって照射した。しかし、光はただ闇を照らすばかりであった。

 次に僕は部屋にあるレコードプレイヤーを河に投げ入れた。しかし、河面にレコードプレイヤーが到達したことを知らせる水しぶきもその音も感じられなかった。雨音で虫の音も聞こえない。

 挨拶もせず、お月様はレコードプレイヤーと虫の音を携えて、雨でぐじゅぐじゅに濡れた僕を残し、眠ってしまったのだ。

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