影写の戦略譚 ―神器を奪う者―

@test555

第1話 プロローグ

五歳の誕生日――それは貴族の子供にとって、ただの通過儀礼ではない。


生まれながらに神々に認められた才を示す「祝福の儀」。そこで授かる神器こそが、その者の将来を決定づける。


伯爵家の広間は、金糸の幕と色とりどりの燭台で飾られ、まるで王宮の舞踏会のような華やかさに包まれていた。来賓のざわめきと楽師の旋律が交錯し、空気は祝祭の熱に満ちている。


その中央で、幼い少年――エルネスト・グレイシアは、壇上に立たされていた。


光の柱が降り注ぎ、胸に熱が走る。視界が白く染まり、手の中に冷たい感触が生まれた。


小ぶりな短剣。それは鈍く黒光りし、刃渡りは子供の手にも収まるほどの小ささ。


だが、そこから放たれる圧は、場にいた貴族どもを思わず息を呑ませるほどのものだった。


「おお……!」

「黒曜の短剣だと……!」

「あれほど見事な神器を……!」

「さすが、名門伯爵家…」

………


拍手と喝采が渦を巻く。父は誇らしげに頷き、母は涙を滲ませる。だが――俺は、その刹那に悟ってしまった。


――あ、ここ……ゲームの世界やん。


頭に流れ込んできた膨大な記憶。高校まで必死にやり込んだ超大作RPG、その舞台設定、キャラの相関図、そして攻略Wikiを夜な夜な読み漁ったあの日々。


すべてが鮮明に蘇る。


「……うっそやろ」思わず口から零れそうになるのを必死で飲み込む。


目の前の貴族たちは歓声を上げているが、俺の心臓は別の意味でドクンと跳ねた。


――このゲーム、知ってる。いや、知りすぎてる。

タイトルは《聖剣と呪詛のアルケミスト》。中世風ファンタジーを舞台にした人気RPGで、プレイヤーは「祝福を受けた勇者」と仲間たちを操作し、魔王を討伐する。


だが、その物語の中で俺が今立っている位置は……よりによって「中ボス枠」だった。


伯爵家の長男、婚約者を人質にされ勇者一行と敵対し、最後は婚約者を守ろうとして、黒幕に斬られて散る哀れな悪役。


――つまり、死亡確定イベント持ちの哀愁キャラ。


「……マジかいな。」


呟きそうになるのを、にっこりと愛想笑いでごまかす。喝采の中、俺は短剣を見下ろした。


神器の名は《影写の短剣》。


その力は――自分の分身を生み出す、というシンプルなもの。


しかし俺は知っている。ゲーム知識では、この短剣は「使いこなせばバランスブレイカー」と呼ばれる壊れ神器だ。


現時点でも、一体目の分身は自分と同等の身体能力。二体目からは弱体化するが、それでも同時に三体まで操作可能。しかもステータス上昇や戦術と組み合わせれば、勇者ですら翻弄できる。


当時のプレイヤーたちが「これ持ってたらラスボスすらソロで倒せるやん」と口を揃えたチート武器だ。


――なるほど、神様も案外おもろい采配をするもんやな。


ただ、ここで思い出す嫌な未来。エルネストの婚約者――十歳頃から仲良しで、ゲームの中のエルネストが人生一番大事に思える女の子。


ゲームのシナリオでは、婚約者が人質に取られる。つまり、このままやと「俺の大事な子を攫われる」バッドイベントが待っとる。


――でも、婚約者を人質にされたとして、自分自身が破滅するほどの行動をとるのか?


「素晴らしい祝福にございます!」

「これぞグレイシア家の誉れ!」

「これで、ますますの繁栄が約束されましたな。」

………


家臣たちが頭を下げ、父も「よくぞ我が息子に神器をお与えくださった……!」と感無量の顔をしている。


その光景が、逆に胸をざらつかせた。


――しかし、このまま、用意された筋書きに従えば、俺は「勇者に討たれる悪役」まっしぐらや。


けど、俺にはゲーム知識がある。どこで誰が動き、どのタイミングでイベントが発生するかも把握してる。そして、俺の手には神器影写の短剣がある。


「……せやな。考え方を変えたら、そう悪い状況でもないかもしれへんな。」


小声でつぶやいたその瞬間、短剣がぴたりと震えた。まるで意思を持つかのように。


――逃げる? 否。

――抗う? 当然。


俺は決めた。

婚約者を人質にとられる未来をぶっ壊す。勇者と敵対する中ボスの運命も踏み潰す。


用意されたバッドエンドなんざ、こっちからリセットしてやる。壇上で笑顔を浮かべながら、俺は心の奥底で、五歳児らしからぬ黒い企みを静かに燃やしていた。


「……勇者?ラスボス?知らん知らん。そんなもん、全部まとめてひっくり返したるわ。」


喝采の渦の中、伯爵家の小さな跡取りは、ひとり暗い笑みを浮かべていた。


その笑みは――どこか、ゲームを最速攻略していくプレイヤーのものだった。

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