ある日の愚痴
@mizuka--ayaduki
第1話
これは私“莉花”の愚痴である。
「麗子さんって文理選択どっちか知ってる?」常識がないことで有名な男子が突然話しかけてきた。放課後、友達のミツキと一緒に特に意味のない会話をしているときだった。目の前の男子とは中学のとき塾が一緒だったが、帰りの会で自慰行為をして問題になっていたことくらいしか知らない。何回か会話をしたことがあるが、あまり人の迷惑を考えない人という印象だった。「麗子さんってさ、ほら、俺たちの間ではマドンナっていうか。」確かに麗子さんは可愛いし、おしとやかでとても良い人だ。マドンナ言われても納得できる。“俺たちの間”が具体的にどの範囲を示すのかは気になるが。きっとこいつはクラスのマドンナと同じ方向の進路を歩めるか気になるのだろう。「ごめん、知らない。でも文系っぽいかも。」とりあえず思ったことを素直に話した。「マジで!?っしゃー。ワンチャンあるじゃん。」どうやらこいつは文系らしい。しばらく喜びで暴れたあと、また話しかけてきた。「てかさ、なんか麗子さんってキチガイって聞いたんだけど、本当?特にLINEがヤバいみたいな。なんか文面が病んでるらしいじゃん?」いきなり何を言い出すんだこいつは。私は目の前の男子意味が発した言葉に一瞬フリーズさせられた。いきなり話題が変わりすぎではないか。というか誰がそんなことを言い出したのか。なぜ私にそれを聞くのか。様々なことが頭に浮かんだが、まずはその誤解を解かなければと思った。「全然そんなことないと思うけど。LINE見る?」そう言って私は彼女とのLINEを見せる。ほとんどやりとりをしたことがないので、彼女にとっても私にとっても見られて困るような内容はないが、一応、最も無難だと思われる部分のやりとりを見せた。「ありがとうー。」そういいながら目の前の男子は私のスマホをスクロールし始めた。まさか勝手に全文見られるとは思わなかったが、会話の内容は本当に中身がないもので、見られても問題ないのでそのまま好きに見させた。「全然普通だ。やっぱあいつら嘘ついたのかよ。キチガイがよー。」「誰がそんなこと言ったの?」「いやー俺の周りの奴らがね、言ってたんだけど。あーほんとあいつらキチガイかよ。」完璧に見える彼女の欠点を見つけられなかったことが残念だったのか、的外れなことを言ったことが恥ずかしくなったのか、「あー」と唸りながらこいつと仲が良いと思われる「あいつら」のことを罵り始めた。罵るといっても、こいつらの中で流行っている言葉なのか、「キチガイ」という言葉しか言っていない。他に語彙はないのだろうかと思いながら、「きっと可愛くてチヤホヤされてる彼女に嫉妬してそんなこと言ったんだね。」とコメントした。“悪口を言うのはその人に嫉妬しているから”というこの考えは、ミツキがクラスメイトからの陰口に悩んでいたときに担任が教えてくれたものだ。「そうなのかな。まあ、麗子さんがキチガイでないことはわかったよ。鉛筆についてる消しゴムを使うこと以外は変じゃないし。」「別に変じゃないだろ笑。」ミツキが突っ込んでくれた。「そう?まあ俺は使わないけど。」こいつは自分と違うことはすべて変なことだと思っているのだろうか。あまりに無自覚すぎる自己中心的な考えに私は心底驚いた。こんな人間もいるのか。「麗子ちゃんがマドンナっていうのは本当にそう。でもキチガイなわけなくない?めっっっちゃ良い人だよ。」ミツキが言う。「うーん。でも、不思議なのがさ、結構顔面がよろしくない方々とも話してるね。」・・・・・・・・・・・・は?思考がフリーズした。「いきなり何を言い出すの?」隣にいるミツキが代わりに聞いてくれた。「あ、ミツキはもちろんマドンナだよ?」謎のフォローが入った。ミツキは本当に可愛い上にとてもモテているので、ミツキがマドンナであることに異論はない。問題はそこではない。目の前のこれは何を言っている?「そうやって顔で人を判断する人、私嫌いなんだよね。」ミツキの言葉でやっと理解した。ああ、こいつは顔で人をランク付けしているのか。というか可愛い子は男ウケの良くない顔の子と話してはいけないのだろうか。疑問ばかりが頭に浮かぶ。「てかさ、お前が言う並みの顔って何なん?」ミツキがキレている。お前のそのランク付けはお前個人の主観でしかないのだから、他人に共有さえするなと。でもそんな想いは伝わらなかったらしい。「あー。申し訳ないんだけど・・・・・・」そう言ってこいつは私の顔をまじまじと見て、「莉花くらいかな。」と言われた。「は?莉花が並みだったら私なんて下の下だよ?」「そんなことはない。」ミツキは私より可愛い。私のために言ってくれたんだろうけど、事実は変わらない。「いや、でも、もし莉花が並みだったら、・・・・・・・・・世界の8割はブスになるよ?」「すごい溜めたなぁw」近くにいたアオトが会話に入ってきた。彼は私に好意を寄せてくれているらしい。何でも、私の距離感が近すぎて、私がアオトに恋をしていると勘違いさせてしまったらしい。勘違いが理由で好かれるなんて本当に望んでないのだけれど。それにしても、今の間は、例えを探すのにかかったものだろうか。私がブスで掛ける言葉が見つからなかったからだろうか。余計な考えばかりが浮かんできて、「まあ私が並みなら世界の6割は私より可愛いね。」と、自虐しているのか何なのかよくわからない言葉を返してしまった。別に、並みと言われただけであって、ブスと言われたわけではない。それだけでも喜ぶべきだ。なのに、こいつの言葉が頭から離れない。「本当に無理。この怒りをどこにぶつけよう。」ミツキがすごくキレているように見える。「まあ、並みっていわれただけだし大丈夫だよ。」そう言ってなだめたが、どうしても頭の中がぐるぐるして気持ち悪かった。
それから何を話したかよく覚えていない。ただ、こいつが何故デリカシーのないヤバい奴になったのか、自分語りをしていたことだけは記憶している。「俺はもともとさ、ちょっと変わってるだけで普通の人だったのよ。それがさ、下ネタというものをぶち込んでからこんなになっちゃってさ。中1の頃にクラスの女子と揉めてそれはもう世界大戦で。この第1次大戦は泥沼だったんだけどさ、まあもちろん負けるんだけどね?そこから自己肯定感が低くなってさー。周りの人を下げることで自分を保とうとしたわけ。で、第2次世界大戦は俺がソッコーで負けて。余計周りの人を巻き込むようになったよね。」こんな感じの話を延々とされていた気がする。ミツキとアオトが隣で「この話聞く意味ある?」「ない」というやりとりをしていた。いつの間にか入ってきた別の男子が、「こいつオーバードーズしようとしてたんだよ。塾で2階から飛び降りようとしてたときも俺が止めてさ。」と言っている。その隣でうんうんと頷くこいつを見て、もしかしたら私は今、自慢話をされていたのかもしれないと思った。「俺塾でもヤバかったでしょ。」と聞かれたので、「ヤバいお前と一緒の高校を受験するのが嫌でどうしようか悩んでいたよ。」と返した。「なんか傷つくなー。」と言っていたが知ったことではない。
気づいたら自慢話の2人は帰っていて、私は帰りたかったが、ここまで来たらもう少しいようよと言う友人に帰してもらえずにいた。普段私がメインで活動している部活に、兼部している部活に行くから今日は行けないと言ったのに、結局どちらにも行けなかった。なんと無意味な時間を過ごしたのだろうと思うとすごく惨めな気持ちになった。
やっと解放されたのは、最初の会話から2時間くらい経ったあとだと思う。ずっと帰してくれなかったのに、ほんの少ししか一緒ではない下校道で、友人は他の男子と話していた。私は聞こえているかわからない「じゃあね。」を一応言って、1人帰り始めた。この前は家の方向がかなり違うはずのアオトが家まで着いてきたが、今回は着いてこなかった。私がじゃあねと言って自転車を漕ぎ始めたからだろうか。それとも嫌われたのだろうか。そんなことを思いながら、私は沈み続ける気持ちをどうにかしようとしていた。まず、ブスと言われたわけではない。だから落ち込む必要はないはずだ。でも、「このクラスってほら、他のクラスより美人な方が少ないじゃん?だから全体的にこう、ちょっと低いんだけど・・・。」とも言っていた。それはつまり、全体的にレベルの低いクラスの中の並みであるお前は、決して可愛くはないということだろう。だが、そもそも私のクラスの女子はすごく可愛いかイケメンかだ。それに彼女たちはみんなとても優しい。そんな彼女たちのことを悪く言うのは許せない。「お前はどうこう言える顔じゃねえよ笑」とミツキが言っていたのも頷ける。あれこれ考え続けていたら、段々腹が立ってきた。そもそも、あの自慢話はなんだ。自己肯定感が下がってオーバードーズしようとした?2階から飛び降りようとした?だからなんだ。そんなんで死ねると思ったのか。首に紐を巻きつけて吊ろうとしたとか、包丁の先を心臓に向けて胸を刺そうとしたとかなら同情できる。だが、その程度のことを自慢されても不快でしかない。小さいころから親に暴言を吐かれてきた私の気持ちがあいつに理解できるわけがないように、私にもあいつの辛さはわからないのだろう。親はよく言葉で私を不快にさせる。園児だった頃は朝ごはんを食べるのが遅く、「本当にのろまだな。のろまって読んでやろうか。おい、のろま。」と、のろまのろまと連呼されていた。昨日の夜は、もう遅いからと電気を消されてもなお勉強していたために、「お前はキチガイか」と言われた。別にいつもより軽い悪口だったので、何とも思わなかったが、今考えると、もしかしたら「キチガイ」ということ言葉は多くの人の間で流行っているのかもしれない。もし私の心が弱くなければ、親のせいで病むことはなかったのだろうかと思ったが、もう7年近く死にたくなっては怖くなってを繰り返している。今さらタラレバを考えても意味がない。こんな感じで今まで生きてきたから、死にたいと思う気持ちはよく分かっているつもりだ。だから、言葉にして吐き出したいことは山程あったが、すべて飲み込んで心の中にしまった。そいつが辛い思いをしていた事実を軽んじてはいけない。人によって辛さは違うのだ。相手の気持ちを軽んじて、攻撃的な言葉で侮辱するのは私のポリシーに反する。
ミツキとのやり取りが思い出される。「この怒りをどこにぶつければ良いんだろう。」「あいつ。」「ヒトニアタッチャダメダヨー。」「それはそう笑。」急に高い声で返してきたミツキが面白くて思わず笑ってしまった。もしかしたら私を気遣ってふざけてくれたのかもしれない。人に当たるのは良くない。物に当たっても怒られる。ならばどうすればいいのだろう。次第に怒りが萎んできて、先ほどまで私を襲っていた悲しみが帰ってきた。私は私自身の顔に自信はない。けど、みんな可愛くて格好良い。それでいいじゃないか。何故人を下げることをわざわざするのか。人は何かされた訳でなくとも、誰かの陰口を言わなければ生きていけないのだろうか。疑問符が頭の中を覆い尽くす。ミツキは本当は私のことをブスだと見下しているのだろうか。アオトでさえ私のことを可愛いとは思っていないのだろうか。あの場にいた男子もこいつの顔は並み以下だよなと思っていただろうか。麗子さんが根も葉もないことで悪く言われてしまうのはなぜなのか。彼氏がいるのに、彼氏よりも他の男子と距離が近いミツキは嫉妬を知らないのだろうか。私の恋愛が必ずうまくいかないのは私の顔が可愛くないからだろうか。
涙が滲む。高校に入学してコンタクトデビューをするまでは、眼鏡をしていないとこんな光景を目にしていた気がする。私はきっと今日のことを引きずり続けるのだろう。他の人がこの出来事を忘れても、私は今日を思い出して死にたくなるのだろう。みんなで人に優しくできたら、それが一番なのに。明日からどうやって生きようと考えながら、家の扉を開けた。
ある日の愚痴 @mizuka--ayaduki
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