土曜の逢瀬

優木

第1話

 一人、日課の夕食後の散歩をしていた土曜の夜、彼女に中島公園通で再会したのは、まだ風が生暖かい7月末。元同僚の彼女は一年前に玉の輿結婚を期に職場を辞めたが、その顔はどこか浮かなかった。

「昨日の花火、綺麗でしたよね。でも、昔に比べたらだいぶ打ち上げの数が減ったみたいですよ」

「スポンサーが降りたとかなんとかですよね。でも、今年のは構成も良かったし、風向きも良くて、煙に隠れなくて綺麗でしたね」

 再会の挨拶も束の間、少し離れたコンビニの二階イートインで、昨夜の豊平花火大会の話で盛り上がった。彼女は旦那さんと行ったそうだが、旦那さんは昔よりショボいとか、有料のモエレ沼とは比べ物にならないなど、文句が多かったと言う。それから、毎週土曜日の天気の悪い日以外は、ほぼこうして会うようになった。俺と彼女、二人には暗黙のルールがあった。当然、男女の関係にはならない、手もつながない、連絡先も交換しない。互いにそれを口にすることは無かったが、心の中でそう取り決めを作り、この関係を続けた。浮気ではない、ただの元同僚、その関係の枠を出ないのだ。

 しかし、長くは続かなかった。残暑も影を潜めてきた9月17日、明るくなったはずの彼女の顔に曇りがあった。

「夫が転勤することになったんです、それで、私も来月には東京に……」

 顔には出さないが、俺は動揺していた、もうこの時間が訪れないという事実に。

「すごいじゃないですか、やり手の旦那さんですもんね。きっと、東京でもっといい生活ができますよ」

 敢えて俺は、無責任にそう言った。いや、これがスタンダードな回答だろう。

「そう……ですよね。年収だって上がりますし、色々贅沢できちゃうのかな」

 彼女はそう、自分に言い聞かせているように見えた。俺は彼女から聞いて知っている、すでに旦那さんの年収は、彼女が専業主婦に専念できるほど余裕があることを。だが、旦那さんの家柄もあり、妥協を許さない食事の質、家事、付き合いで家を空けることも多く、彼女の心は疲弊し、孤独だった。

 帰り際、彼女は無言で俺に一枚の紙を渡してきた。ある道で無言で別れて帰るのもルールの一つ、最終日も例外は無かった。帰宅後、俺はマンション一階の雑紙入れの前で、その紙を開いた、中身は連絡先だった。俺は心を氷にしてそれを裂いて捨てた。俺もパートナーがいる身、彼女の痕跡は破れても、ルールは破れない、たとえ一生後悔することになっても……。

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