裂け、裂け、裂け、裂け、裂け
@umoyukak1234
プロローグ〜第1話
序
⚪︎K氏からの書簡
『▪︎県▪︎郡の山中において十七日未明頃発見された水死体の件であるが、身元が発見せられたる由。
かねてから行方知れずとなっていた垣口小牧嬢(17歳、特殊喫茶『ハウンド』女給)であったとのこと。
小牧嬢は▪︎県▪︎市にて出生、▪︎小学校、▪︎中学校を経て東京の▪︎女子学校に入学したようであるが、精神分裂病を発症し中退。
親元に戻り半年ほど療養生活を送る。
再び上京、いくつかのカフェーを転々としたのち『ハウンド』へ落ち着いた由。
数カ月ほど前より失踪、捜索願が届けられていた。
発見された小牧嬢の身体は損傷著しく、また血中からはヘロインらしき成分が検知。
身体の至る所には古痣、傷跡、みみず腫れ。
何者かにより鞭の類で殴打、また鎖か縄で緊縛されていたとみられる。
また、首筋に二つの奇怪な痣あり。
ある片方の痣は『不』の字を象り、また片方は『×』の字を象っている。
生まれつきのものではなく、恐らく嬢を殴打した者によって、烙印を押すように書き加えられたものと見られる。
▪︎郡は出生地とも勤務地とも懸離れている。
嬢の失踪後の足取り、彼女を殴打した者の正体はいまだ不明。
警察が捜査を進めている。
…というわけだよ。
ところで、貴公の踵にはつま先があるかね?』
⚪︎或る女生徒の証言
『垣口さん?
いい人だったと思う。
いつもぼんやりして、何を考えているのか掴みどころのない人だったけど…ごく温柔な、おだやかな人だった。
顔は美人だったしスタイルも良くって、…あれでもう少しはっきりした方でさえあったら、男の人から持てたんじゃないかな。
エスだっていう噂もあったけど本当かどうか判らない。
あの人と▪︎先輩が抱き合っているのを見た人があるって誰か言っていた。
でもそれは噂の域を出なくて、事実かどうかは疑わしいものね。
古文、漢文、それと歴史がとても得意だったの。
試験ではいつも満点か、それに近かった。
他の勉強はまるで駄目だったのにその三つだけはいつも優秀で、みんながいつも不思議がっていたのを覚えている。
私漢文が苦手なものだから、あるとき垣口さんに言ったことがあるの。
「あなた、いい勉強法を知っているんでしょう?私にも教えて」って。
でもあの人は取り合ってくれなかった。
ただ「教科書を読むんですよ、教科書を読んでください」とだけ言って、曖昧に笑った。
何度聞いても同じ言葉を繰り返すだけ。
何も教えてくれなかった。
それが確か一年生の時だったかな。
二年生にあがったくらいの頃からおかしくなったのよね。
授業を抜け出して屋上へ登ったり、掃除用具入れの中へ入ったり、制服を着たままプールに飛び込んだり、とにかくおかしなことばかりしていた。
例の▪︎先輩が卒業しちゃったから、失恋でおかしくなったんだって言っている人がいたけど、それも本当かは定かじゃない。
その中でも一番びっくりしたのは、そう、あれだ。
私、ある時言われたことがあるの。
「私の髪を切ってくれませんか?」って。
垣口さんの髪は黒くて長くて、みんなが憧れるくらいにさらさらしていた。
でも彼女は私に鋏を手渡して、髪を切ってくれ、と言ったの。
そして「切った髪で、私を縛ってください」って言った。
私びっくりしちゃって、咄嗟に鋏を押しつけるみたいに返して叫んだわ、「そんなことできるわけないじゃない」って。
そしたら泣き出すのよ、大声で。
私の胸に顔を埋めて、「だったら私を殺してください、それか絞めて、気を失うまで首を絞めて」って…。
どうすればいいか、まるでわからなかった。
学校を辞めてくにへ戻ったことまでは知っていたけど、特殊喫茶なんかで働いていたのね。
女性性を売るなんて私には想像もつかない仕事。
でも、あの人みたいな純朴な方には向いてなかったんじゃないかと思う。
きっと毎日の辛いお勤めに嫌気がさして、逃げ出したんじゃないかしら。
あくまで想像でしかないけれど。
…それ以外に知っていること、…?
もうないかも。
私、あの人と仲良しだったわけじゃないし。
だから私の覚えていることはこれくらいかな。
でも、考えてみれば可哀想な人よね。
どうしてあんな優しい人が心を病んで、特殊喫茶なんかに送られて、ボロボロになって殺されなきゃいけなかったんだろう。
考えれば考えるほど、労しくて胸が裂けそうになる。
本当に、とてもいい人だったのに。』
⚪︎手紙
『お父様。お母様。
助けてください。
踵につま先のある人です。
殺されてしまう。』
⚪︎K氏からの書簡2
『そいつは背丈ばかり高くて身体はひょろひょろ。
粗末なものを着ていて、傀儡人形のような可笑しい歩き方をした。
靴は決して履かない。
剥き出しの腕は酷く骨ばっていて…
そして、人間の生を棄てていた。』
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第一章
⚪︎垣口小牧の手記
一
『昔から、縛られることが好きだったように記憶しています。
締め付けられるのが好きだったと記憶しています。
閉じ込められたり、型にはめられたり、巻かれたり、押しつぶされそうになったり、ぎゅうぎゅうに詰められたり…
そんなとき、いつでも身悶えするくらいの心地よさを覚えていました。
物理的にも、精神的にもです。
これまで私は、この性癖のために幾度となく笑われ、軽蔑されてきました。
誰もが妙だ、変っているといって私を馬鹿にしました。
白痴と呼ばれたことさえありました。
私はそのたびにいつも傷つき、苦しんできました。
私がこのたび殺されるのも、それが原因です。
私は、天性の被虐的性質によって彼の方から殺され、山へ棄てられるのです。
お父様やお母様が大事に育て上げてくださったこの身体を汚し、むだにします。
また、これまで私に心配をかけてくださったさまざまの人々のご厚意を無為にします。
どうかお許しください。
しかし、これは致し方のないことなのです。
私が殺されることははじめから決定されていたのです。
私自身が、私自身の手によってその運命を科したのです。
おそらく生まれた時より私はそうなる運命だったのです。
ですから、どうかお許しください。
私は、殺されることによって私自身を縄から解放するのです。
私という枷を外すのです。
籠を抜け出た鳥のように飛んでいくのです。
私にとって私が殺害されることは喜ばしいことなのです。
もう私は私をやらなくてよいのです。
皆様におかれましては、どうぞよろこんでください。
私の殺害を悲しいことだと思わず、私のためによくぞ殺してくれたと、よろこんであげてください。
彼の方を褒めてあげてください。
…それでも、私にも執着心というものはあります。
生きることへの執着というものがあります。
殺されることを喜ばしいと思いながらも、本当はこわくて仕方がありません。
それでこの手記を書くことにしました。
専ら気持ちを落ち着けるため書くことにしました。
何を書くかは、まだ決めておりませんが、…まずは、私のこれまでの半生についてでも書いてみるつもりです。
もしあなたの踵につま先があるのなら、それを読んでください。
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