怠惰の英雄

@KeiUeki

天使か悪魔か罪人か

「んん…なんだよ…眩しいなぁ…」


俺はいつものように、閉め切った真っ暗な部屋で日が沈む頃まで眠っているはずだった。

窓際にはホコリが積もり、黒く分厚いカーテンがウザったい太陽から俺を守ってくれる。床には数日かけて飲み干したエナジードリンクとビールの空き缶。カフェインとアルコールを適度に抜くために飲んでいた水のペットボトルももう、数え切れないほど溜まっていた。青いカーペットの上に敷かれたお布団にぬくぬくと挟まれ夜になるのを待つ。日が沈めばまた、付けっぱなしのパソコンの前に座り、オンラインゲームに勤しむ。それが俺の日常だった。けれどその日は何故か布団は赤くて長い敷物の上で、黒く分厚いカーテンは白く薄めのカーテンで、おまけに左右に纏められ窓から日の光が刺している。

これじゃ太陽がやりたい放題してくるじゃねぇか。ていうかなんだ?どこだよここ。俺の天国は何処に。


「んん…?なんだ…?お前ら…」


久しく浴びる日光に目を擦りながら辺りを見渡す。なんだか物騒な鎧を着た野郎共がレッドカーペットの端に沿い、均一な間隔で並んでいる。俺の布団の周りにはまるで焚き火に手を当てるかのように両の手のひらを向けてくるマントの集団。


「成功した様です。国王様。」


「うむ…。だがこれは…。」


太陽の攻撃に負けじと目を開ける俺。するとなんだ。伸びた敷物の先で玉座に座る王冠付きのジジイがいるではないか。横にいるのは側近ってやつか?随分長い帽子だな。ていうか今、喋ったのか?夢で声が聞こえるなんて…やはりこの期に及んで初のMMOに手を出したのがまずかったか…。


「まずは儀式の結果を見てからだな…。準備は済んでいるか。」


「はい。すぐにでも始められます。」


ジジイと長帽子がなんか話しているがよく聞こえん。眠いからってゲーム音量上げるのも無しだな。あれ?まだ目が覚めねぇな。こんだけ明るくてうるせぇならとっくに…。


「夢…じゃないのか…」


「貴様!態度を改めよ!いつまで布団にいるつもりだ!国王様の御前であるぞ!」


鎧を着た連中のボスと思しき男が斧の持ち手を伸ばしたような長い武器を地面に突き立て、デケェ声で威嚇してきた。均一に並んだ列の端、ジジイに1番近い位置に立ってるしなんか一人だけ違う鎧着てるし身体も態度もデカイ。うーむ。怖い。


「そう声を荒らげるでない。彼もいきなり召喚されて戸惑っておるのだ。少しは大目に見てやるのがこちらの礼儀ではないか。」


「しっ失礼しました。」


やっちまった。と言わんばかりの表情を見るに、普段からあんな感じなのだろう。しかし、俺が言うのもなんだがボスの言い分も分からんでもない。あの髭面で冠乗っけたジジイが国の王なら、俺は間違いなく無礼だろう。上半身を起こしたとはいえ、下半身は布団の中。寝癖で髪は鳥の巣みたいだし服装はジャージだ。普通お偉いさんに会う時にはそれなりに身なりを整えるものだ。まぁ国王どころか会社の上司とやらにすら会ったことの無い引きこもりニートの俺にはそんなこと、どうでもいいしめんどくさいだけなんだけど。


「なぁ。ここどこだ。日本…でもないよな?多分」


「ここはアルラトール。私はその国王、アルランタ・バーリルト三世じゃ。すまんがこれ以上は儀式が済んでからだ。」


国王のジジイが合図するとマントの集団が俺の両腕を掴み、出口の方向へ引きずる。ああ…俺の愛すべきお布団。


「儀式ってなんだよ。それも後でってか。おーい。何とか言えーい。」


こうして俺、相田誠人あいだまさとは突然異世界に召喚され、強制的に謎の儀式とやらに連れていかれた。


ジジイのいた部屋から引きずり出された俺は牢獄に連れ込まれた。マントの奴らは控え室と言っていたが…。建前にも限界があるだろ。石の床に藁の布団、窓は無く、鉄格子で閉ざされている。あまり使われていないのか、それとも、入れてもすぐに出しているのかそれほど汚れてはいない。何かのシミがあったり藁やら髪の毛やら落ちていたりするが、ゴミの散らかった真っ暗な部屋で過ごしていた俺にとってはさほど気にはならない。


「よう。お前も召喚されたのか?これが客室なんてふざけてるよな。」


 部屋の隅に座り込んだ男が話しかけてきた。灰色のスラックスに白いセーターと紺のブレザー…随分洒落た制服だな。


「準備が整い次第呼びに来る。」


マントの男はそう言い残して去っていった。

鉄格子の前には衛兵と思われる鎧の男が2人。右手に槍を携えている。制服の少年は壁にもたれ掛かり、哀れみと喜びの混じった、まるで誘拐された被害者が「お前も同じようになるんだな。一人じゃなくてよかった。」とでも言いたげだ。

彼は入院中の病室に客人が来た時のように身体を起こし、挨拶を続けた。


「俺は海音かいと。よろしくな。」


「…相田誠人あいだまさとだ。」


「なんだよ笑 初日なのに死にそうじゃねえか笑」


 余計なお世話だ。俺が家で何してようがいいだろうが。寝不足なんだ。話しかけるな。


「余計なお世話って顔だな?笑」


 何故わかる。


「その様子だと、お前不登校だろ。安心しろ。俺は陽キャだけどイジメだなんだは興味無いんだ。」


「俺は学生じゃない。酒も飲める。」


「えっ…歳上だったのか。ごめん。あっいや、すいません。」


 失礼なガキだな…でも俺以外にも転移してきてる奴がいるのは分かった。それに見た感じこの世界に来て何日か経ってるようだし色々聞いてみるか。


「お前。儀式が何か知ってるか。」


「お、おい。いくら歳下でもお前は無しだろ?せっかく日本人に会えたんだ。仲良くしようぜ?さっきのは謝るからさぁ…」


失礼な上にめんどくせぇ。呼び方なんて何だっていいだろうが。こいつとは仲良く出来なさそうだ。そんなつもりも無かったけど。


「…海音かいとだったか。儀式について聞いてないのか。」


 制服の少年は鼻から深く息を吸い込み、右の口角を少し上げた。起こしただけの上半身を整え、許しを乞う若者らしく、胸をジャージ姿の青年に向けた。


「そこの兵士に話しかけても返事すら無かったんだけど、奥で怪しい魔法使いっぽいのが話してるのを聞いた。こっちまで丸聞こえだったけど、兵士の人達も特に何もしてこなかったしバレてもいいんだろうな。」


 海音の話を聞いても衛兵達は微動だにしない。どうやら儀式の内容自体は秘密って訳でもないらしい。


「それで?何を聞いたんだ。」


「どうやら俺達は国を救う為に召喚されたらしい。俺の事を勇者って呼んでたからな。そうゆうことだろ?儀式ってのは召喚された勇者の能力を目覚めさせるのに必要みたいだ。よくわかんねぇけど、降臨の儀?とか言ってたな。」


「降臨の儀…?」


「気になるよな。降臨って言うぐらいだし何らかしらを呼び出すんだろうけど、普通はそうゆうので俺達みたいな異世界人が来るんだけどな…。異世界も色々あるんだな。」


海音は力なく天井を見上げる。綺麗だったはずの制服の汚れが牢での生活を物語っていた。相田誠人あいだまさとがそうだったように、ここに入る前に儀式の存在を知ったのだろう。寝起きでボサボサ頭の黒いジャージを着た歳上の青年が同じ部屋に連れ込まれても明るい挨拶を心掛けるその姿勢、きっと楽しい高校生活を送っていた。それが突然終わりを告げ、いつか来る謎の儀式を牢獄でただ待つだけ。帰りを待つ家族がいるであろう海音にとってそれは、天を仰ぐに十分な動機であった。


 俺は降臨と聞くと神やらなんやらに降りてきてもらって、助けてもらったりなんだったりするやつを想像するが…。勇者を召喚するだけじゃダメなのか?たしかにここに来てから魔力だのスキルだのの特別な異変は感じないし、よくあるステータスやらなんやらの画面表示も無い。それに海音と時間差で召喚されたってことは前にも儀式があったはずだよな。牢屋は綺麗だが…。


「お待たせして待たせて申し訳ない。勇者殿。」


 2人が鉄格子を向くと鎧を着た女が立っていた。両端で動かない衛兵や誠人が召喚された部屋に居た兵士とは違う、華やか、いや、お洒落というべきか。どこか女性らしさを感じさせる。そんな鎧だ。鉄色の鎧に控えめながら存在感のある濁った白の装飾が顔を出す。首には金で編まれたネックレスが掛けられ、丸みを帯びた四角いプレートが鎖を胸に引いている。伸びた金色の髪は後ろで結ばれ、腰には剣を据えている。他の兵士とは違い、動きやすさを得るためか下半身は鉄のスカートを履いている。。靴は鉄の物ではなく、革で出来ているようでスニーカーにも見える。兵士の長とみられる男の武器が槍の形状だったことを考えると、彼とは違う役割を持った人物なのだろう。待たせたことを謝罪し召喚された青少年を勇者と呼ぶのも大きな違いといえる。


「誰だお前。」


「おい誠人!お前よくこんな美人なお姉さんにそんなこと言えるな!?」


「あ?なんだお前。元気じゃん。」


「んなっ。美人だなんて…そんな…!」


 何照れてんだコイツ。まだ高校生だぞ。イケメンなら何でもいいのかこのクソビッチめ。


 誠人の冷たい視線が気づかれることは無かったが、赤らめた頬を両手で冷やした彼女は目を見開き、思い出したかのように二人を見た。


「勇者が…2人…!?そうか…。くっ…。」


「どっ、どうしましたかお姉さん!?誠人がいるとまずかったですか!?」


「なんで俺なんだよ。状況的にはお前だろ普通。」


「状況的にってなんだよ!俺はお前より1週間も前にここに来たんだぞ!?今来たばっかりの誠人のほうが想定外の可能性高いだろうが!」


「あーあー分かった分かった。それでいいから静かにしてくれ。頭が痛い。」


「なんだその適当な感じは!高校生だからって舐めるなよ!?ん。お姉さん?」


 海音が気にかけた彼女は両の手を固く握りしめ、今にも血が垂れそうなほどに歯を噛んでいた。俯く姿はまるで愛する本国の為に戦い、励み、尽くして来た人間がとても大きな敗北を味わっている様だった。


「お二人共。本当にすまない。これも国のためなのだ。」


「おい。なんの事だか知らないが俺は今日来たばかりだ。この汚ねえガキと一緒にするな。」


「汚ねえとはなんだ!1週間前は綺麗だったよ!そのボサボサ頭と違ってな!」


「うるせぇ。寝起きなんだ。仕方ないだろ。」


「こっちだって風呂も入れずここに居たんだ!着替えも無いし…綺麗なほうだろうが!」


「セアン様。儀式の間にて国王がお待ちです。」


 俺達は気にも留められないみたいだ。マントの男が鎧の女に駆け寄って来たが見向きもしない。セアン様と呼んでいるしそれなりに地位か名声のある女なんだろう。鎧もこいつだけちょっと派手だし。


「ああ…。分かった。」


 セアンはマントの男に返した言葉と裏腹に、諦めに似た否定的な脱力で固めた身体を解した。


「2人とも、名前を聞いていなかったな。私はセアン・ロンジュ。アルラトールの騎士団長をしている者だ。」


軋波海音きしなみかいとっていいます!美人なうえに騎士団長だなんて…!俺、頑張ります!」


 何を頑張るつもりなんだこいつは。


「相田誠人だ。」


「軋波殿。相田殿。よろしく頼む。」


 一国を背負う女騎士は汚れた制服の少年とジャージでボサボサ頭の青年にするとは思えぬほど、深く頭を下げた。海音も違和感を感じたようで首を傾げ、誠人の顔を伺った。


「セアン様。国王がお待ちかねです。」


「ああ、すまない。今行く。2人とも私に着いてきてくれ。」


 マントの男が再び声を掛ける。二人は言われたとおり、セアンの後ろを歩いた。


「2人は儀式についてどこまで聞いているんだ?」


「特に何も。」


「じ、自分も何も言われてません!」


 どんだけ女好きなんだこのガキ。


「そうか…。これから行う儀式は天恵の義といって、勇者にのみ許された特別な儀式だ。」


天恵てんけいの義?降臨の義じゃないのか」


「む。降臨の義は知っているのか。それは18歳になると行われる、この世界で生きていくための…選別のような儀式だ。勇者が受けるのは選別ではなく、天命。数ヶ月前に来た勇者は…スーパーホット?とか言ってたな!」


 スーパーホット???激アツ…みたいなことか?ろくな奴じゃじゃ無さそうだが…。


「誠人〜。セアンさんがそういうんだから天恵てんけいの義なんだよ。きっと俺が聞き間違えたんだ。」


「だと言いがな。」


「着いたぞ。ここだ。」


 扉の前で立ち止まったセアンは振り返った。


「準備はいいな?」


「はいっ!もちろんです!!!」


「ああ。」


 俺は不安と僅かばかりの期待を抱えて儀式の間へと踏み入った。


部屋ではマントの集団と国王が待っていた。部屋の床には魔法陣が敷かれ、祭壇に女性の像が立っている。女性は両手を胸で繋ぎ、空へ祈りを捧げている。その表情は儚くも美しい。


「お待たせ致しました。国王様。」


「うむ。早速始めよう。」


 セアンの謝罪を快く許した国王は儀式の開始を命じた。マントの男たちが魔法陣の周りに待機している。魔法陣を照らす光は天から降り注ぐスポットライトのようだ。それとは対照的な壁際の暗がりには数人の兵士とあのボスがいた。


「彼を先に。きっと疲れておる。早めに済ませよう。待たせてすまなかった。」


 海音を待たせてることも自覚してたのか。俺を召喚したときのことも考えると何やらこの国は色々面倒事が多そうだな…。


 マントの男が国王に耳打ちする。


「勇者よ。現れた者の質問にはと答えよ。」


「はいっ!わかりました!」


 王の命令に力強く返事をした海音はセアンの方を振り返り、気さくに笑った。


「始めよ。」


 国王の一言で光っていた魔法陣は輝きを増し、マントの集団は唱え始める。


「我ら現世の魔道士達。この世の管理者たるマスターヴァルタスに敬意と懇願を示す。異界への扉を開き、の者に世界を渡るすべを授けたまえ。」


 魔法陣の輝きは増していき、祈る女性の目線の先に小さな光の球体が集まっていく。


「これは…!」


 ジジイ…。何を驚いてる?やっぱり…俺達以外にも勇者はんだな?セアンの話も信じるなら…。


「うっ…んだよ。眩しいな…。」


 集まった球体はひとつの大きな塊となり、ひび割れた。


「ひゃっほーぅ!やっと呼ばれたぜー!」


「なっ、何だぁ!?このガキ!?」


「ガキとはなんだ!似たようなもんだろ!?」


 光の中から現れた子供は、じぶんをガキと呼ぶ少年に頬を膨らませた。


「青い髪に黄金の槍…鱗の手足…!まさか…ポセイドン様…!」


「ポセイドン?あのガキが?」


「しっ失礼だぞ!誠人殿!」


 ポセイドンと言えば神の名だろうが…降臨ってそうゆうことか…。ジジイも気絶しそうなほど喜んでるし、すげーんだろうな…。


「お、よく知ってるな!モジャモジャ!」


「もっ…もじゃもじゃ…」


 よく言ったぞガキンチョ。


「我が名はコリウス・アトランタ!アトランタ国が第二王子。ここでいうポセイドンだ!よろしくな!」


 降臨したポセイドン。コリウスが名乗ると、兵士を含めたその場の全員がザワついた。

 周囲のざわめきを切り裂くように、兵士の長が声を上げる。


「お言葉ですが、ポセイドン様!」


「ん?なんだ?」


「我が国アルラトールでは…その…」


「ん〜?なんだ。申してみよ!」


「我が国アルラトールの伝承では、ポセイドン様はもう少し…その…男らしいと言いますか…その…」


「あー!うむ。それはきっと兄上だな!?数百年経った今でも伝承が残っているとは!さすが兄上だ…!」


「兄…?つまり貴方様は…」


「うむ!話は聞いておるぞ!かつてこの地で勇者と共に戦ったポセイドン。ランドジア・アトランタは我が兄である!」


 ポセイドンの…弟……?どうやら、地球とここじゃ神とやらのシステムも違うらしい。名前は同じみたいだが…。まぁソシャゲのガチャみたいなもんか。知らんけど。


「安心するが良い!アルラトールの民よ!このコリウス・アトランタがポセイドンの名に恥じぬ活躍を約束しよう!」


 ザワついていた部屋の空気は一変し、幼げな子供に期待を寄せた。


「すると…コリウス様も神でありますか?」


「ハッハッハ!悪いなモジャモジャ!俺はまだ天使だ!だが、すぐに神になってみせるぞ!いつまでも兄上に負けてはいられないからな!ハーハッハッハッ!」


 期待の眼差しに疑いが混じりつつある中、セアンの一言でまた、希望が息を吹き返した。


「と、とにかく!あのポセイドン様が来てくれたんだ!喜ばしいことではないか!なあ!皆の者。」


 鎧とマントが産んだ2度目のザワつきは、歓喜と相槌で出来ていた。国王も群衆の反応に、安堵の表情を浮かべている。


 このクソビッチ…イケメンだけに飽き足らず、兵士も陰キャも手懐けてんのか?ジジイ…よくこんな優秀な女連れてんな。


「お、おい…なんだかよくわかんねぇけど…このガキがなんなんだ???儀式ってこいつを呼ぶためだったのか?俺は何すりゃ良いんだよー!」


「そうであったな!お前!名前は?」


「名前?軋波海音だ。」


「カイトか!よしっ。えーっと…なんだっけ?」


 コリウスは腕を組んだりこめかみを押したり地団駄を踏んだり…考え込んだ末に閃いた。


「あ!思い出した!カイト。」


「んん?」


「天界より舞い降りし我、コリウス・アトランタが問う。我が力を欲し、愛し…えーっと。あっ、この名に恥じぬ生き様を誓うか。」


「????」


 首を傾げる海音は国王に助けを求める。国王は白髪しらがと髭の長さからは想像も出来ないほど首を激しく縦に振った。


「は、はい…。」


「よかろう!では右手を前に。」


 海音は右手を差し出した。

 握手を交わした2人の手からは光が溢れる。


「よろしくな!カイト!」


「お、おう…」


 光は辺りを包み込んだ。

 カイトが目を開けるとコリウスの姿は無く、代わりに右の手の甲にタトゥーのような紋章が描かれていた。


「あ、あれ?どこいったんだ?あのガキ。」


「ガキじゃない!コリウスだ!」


「んんー?声はするけど…どこにいるんだ?」


「握手しただろー!?ここだよ!ここー!」


 カイトの紋章は淡く、優しく、煌めいていた。


「勇者よ。ポセイドン様はその紋章と共にある。我らに声は聞こえぬが…確かに。お主に宿っておるようだ。」


「そのモジャモジャの言う通りだ。カイト。今日からお前は俺の宿主ってわけだ。」


「へぇ〜。まだよくわかんねぇけど…これで儀式は終わりなのか?」


「そうだ。ポセイドンが宿りし勇者カイトよ。どうか今日までの非礼を詫びさせて欲しい。今夜は皆で宴を」


「おーい。」


 俺の一言にその場にいた全員がこちらを向いた。これ程視線を集めるのは幼い頃、たまたま絵画で金賞を貰った時以来か。


「はぁ…まさかとは思うが、忘れてるわけじゃないだろうな?俺もお前らに召喚されたんだ。次は俺だよな?」


「も、もちろんだとも。忘れてなどおらん。さっさあ。交代だ。」


「相田殿…!」


「あぁ…?なんだよ。文句でもあんのか?」


「いや…なんでもない…。」


 はぁ…。ジジイの苦笑いなんて見たくねぇし、止めんならもっと来いよ…。薄々気が付いてはいたがこの部屋…。牢屋には無かった赤いシミと強めのスポットライト。上手くカモフラージュしているつもりだろうが、兵士の近くに所々色の違う壁が見える。多分上から塗ったんだろうな…。詳しくは分からんが、神やら天使やらと言っているあたり、階級が存在するんだろう。やっぱソシャゲじゃねえか。当たりを引いたら歓迎し、ハズレならここで死刑。あのクソビッチは首切り役人って訳か。はぁ…伝承があるぐらいだしポセイドンは大当たりなんだろうなぁ…。まぁ…。いいか…。どうせ引きこもってるだけの人生なんだし…。


「……を授けたまえ。」


 魔道士の詠唱が終わると同時に、魔法陣からはモヤが吹き始め、天井からホコリや小石が落ちる。


「な、なんだ!?地震か!?」


 モヤは次第に勢いを増し、濃く、深く、降り注ぐライトの光を遮っていく。振動は強まり、両手を結んだ銅像に涙の様な亀裂が入る。


「何が起きている!説明しろ!」


「わ、分かりません!私達は手順通りに…」


 魔道士は国王の問いかけに答えることが出来ず、経験したことの無かった揺れる地面に足を取られた。

 振動は暫く続き、モヤは煙と呼べるほど吹き出した。


「国王様!早くこちら…へ…」


「あれは…!」


 王国騎士団長たるセアンは、隣に居る国王陛下の避難を中断するほどに、目を釘付けにされた。

 揺れは止まり、煙の止まった魔法陣の上で、国王共々唖然とさせたのは、誠人と共に居る少女であった。


「誠人に…美少女…だと…!?」


 海音もまた、釘付けであった。


「カイト!気をつけろ!」


「あ?何をだよ」


「あの姿…間違いない!悪魔だ!」


「あくま〜?確かに…悪魔的な可愛さだなぁ…!」


 勇者が言ったその言葉に、騎士はつるぎに手を掛けた。


「軋波殿…。ポセイドン様が…そう。言っているのか…?」


「ええ…?なんですか?セアンさんまで…。」


「あああ…アレは…純白のぉ…!セアン・ロンジュ!奴を斬れ!!今すぐだ!!」


「お、おい!ジジイ!何言って…!セアン…さん?」


 セアンは、剣を抜いた。


「アイビス様。お力をお貸しください。」


 鎧の右肩から光が漏れ出し、構えられた刀身は鋭く尖った魔力を纏う。


「ちょっと待ってくれセアンさん!まだ誠人が!」


「すまない。相田殿…!はぁあああ…!!!」

 


 ………相田誠人。25歳。無職。大学進学後、初恋の相手に振られたことで、元々何一つ目標の無かった彼の希望は失われ、自室に引きこもるようになった。在学中はアルバイトをしていたが、中退後は就職することなくゲームに明け暮れた…か。ふーん。確かに…怠惰かもねぇ…?さぁ、そんな誠人君はラズリーちゃんを見て、何を言うのかなぁ……?

 

 無限とも言える無数のモニターが壁を埋めつくした照明の無い部屋で、世界の管理者、マスターヴァルタスはラズリーとその宿主候補である相田誠人の行く末を監視していた。

 


 魔道士の詠唱直後、立ち上がる煙と揺れる地面の中心で、相田誠人は幾度となく経験してきた暗闇に、心を奪われていた。


 異世界転移…か。結局。俺は主人公じゃなかったって事だよな…。いかにも勇者って感じのイケメンに先越されてさ。激レア引かれるんだもんな…。ほんと。何したって俺は…。でもまぁ………やっと。やっと終わりに出来るんだ。ここで死ねば、家族に迷惑かけないしな…。友達とか…いないし…。彼女も………。はぁ…。いいなぁ…。


「俺も…俺も……」


 涙で滲んだ魔法陣の消えかけの光が、最後の希望にも見えた。


「んっ…んん…。んー?」


「…へぇっ?」


 周囲に充満した煙は誠人の心を表しているようだった。揺れ動く魔法陣は、今にも崩れ落ちそうな崖。照らすライトはさながら死の宣告といったところか。その暗闇の中で。彼女は現れた。


「なんて…美しいんだ…」


 誠人の第一声は彼女が目を覚ますのに十分な威力を持っていた。


「んん…ええ!?美しいっ!?わわわわわたしがですか!?!?そそそそんなこと急に言われてもぉ…えへ。えへへへへ。」


 誠人は目の前に現れた女神の両手を、自らの手で。優しく包み込んだ。


「俺は…俺は…」


「??」


「おっ…俺は相田誠人。君の名前は?」


「ラズリー…です。」


「ラズリー…素敵な名前だ」


「えっ!?えへへ…そんなぁ〜…」


「ラズリー。君が何者なのか、俺は知らない。でもこれだけは分かる。君はきっと良い奴だ。」


「…どうして分かるんですか?」


「目を見たら分かる。」


「…!」


「確か…こんな…だったかな。」


 誠人は、今までにない、希望に満ちた力強い瞳で、彼女へ問い掛けた。


「俺の名前は相田誠人。引きこもりでゴミまみれの部屋からきたが…そんなことはいいか。ラズリー。力を貸してくれないか?俺は必ず。君の名に恥じぬ生き様をしてみせる。その美しい瞳に誓って。」


 煙が徐々に晴れていき、揺れは無くなり、光はただ、二人を照らしていた。


「わっ…私は…」


「はぁあああ!!!」


 セアンが斬り掛かろうとした刹那。ラズリーの瞳には、ジャージ姿でボサボサ頭の無理して微笑む青年が、とても優しく映っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る