21.白鴉


 知られざる養父の歴史に戦慄している私を置き去りにして、更にエルザさん達が別の話題で盛り上がる。


「全世界騎士競技大会では三種目で四大会連続優勝して出禁になったんだったかしら?」

「出禁と言うより殿堂入りな。リヒャルトと当たる選手が戦う前に棄権するものだから、最終的にはスーパーシードになって決勝戦のみ出場になったけど」

「それも意味の無いことだったがな」

「結局優勝だものね」

「…………」


 この世界に来てからずっと一緒に暮らしてきた。彼のいちばん近くにいたと自負しているけれど、たぶん彼のことをいちばん知らないのは私だ。いつだって知らないことは他人から聞かされる。


「拗ねるな。見るに堪えない顔だ」

「拗ねてませんし生まれつきこの顔です」

「アウル、女の子になんてこと言うの。こんなに可愛いのに」


 美人のエルザさんが庇ってくれるが、優しさが仇になることもあります。今はちょっと痛い。

 どう答えていいか分からずに曖昧に笑っていると、勢いよく店の出入口が開いた。


「こんにちは!」

「お邪魔しまーす!」


 ひんやりとした外気が店内に流れ込むと、子供たちが元気よく店に入ってきた。そのタイミングで会話の流れが途切れ、自然に賑やかな空気が加わる。


「さくちゃん先生やっほー!」

「宿題やってきたから見てー」


 インパクトのある実話に気を取られて、今日が勉強会であることを忘れていた。

 「そっちのテーブル席行こっか」と引率しながらふと気付いたが、好奇心旺盛な子供たちが一人としてフードを被った怪しい男に興味を示さない。

 まさかと思って振り返ってみると、食堂夫婦も同じことを考えたらしく「あんたまさか」と詰め寄っていた。


「身長が百五○以下の人間に限定して、俺の存在に気付かない認識阻害の魔術を掛けた」

「解きなさいバカ! 子供相手に何やってんのよ!」

「飯を受け取ったらとっとと去る。早くしろ」

「はいはい」


 大人たちがわちゃわちゃと会話を交わしている間に、子供たちが次々に宿題を広げて見せてくる。それを採点しながら、この日のために作ってきた新たな問題用紙を渡して解かせる。

 宿題の正答率は高く、ズラリと並ぶマルを見ながら、最近は子供たちの成績が良くなってきていると話していた学校の先生の笑顔を思い出す。釣られて浮かぶ笑みを抑えきれずに、リズム良くマルを付けていると、横からつんつんと突っつかれた。


「ねえさくちゃん先生、ここ、字、間違えてるよ」

「あ、ほんとだ」

「さくちゃん、算数得意なのに国語と歴史全然だめだよね」

「さくちゃんさ、この国の神様が鴉なんだって、最近知ったんだって」


 「えー」「うそー」と盛り上がる子供たちを他所に、自分の誤字を確認してメモ帳に控える。この世界に来て一年以上経つけれど、未だに子供たちに教わることは多い。


「ね、さくちゃん先生じゃあさ、この国の成り立ちも知らないの?」

「聞いたことないかも」

「わっ、知らないんだ」


 キャッキャと盛り上がる年下の先輩たちにさえ置いていかれてしまった。


「おとぎ話みたいなものよ。良かったら、聞かせてもらったら?」


 何やら折詰をハンカチに包みながらエルザさんが助け舟を出してくれた。

 「いいよ!」と快諾を受けて、久しぶりに生徒に戻ることにする。子供たちの方も、私に教えることが嬉しいようで気色満面だ。


「むかしむかし、この大地には何も無く闇だけがありました。そこへ、どこからか一羽の白い大きな鴉が飛んできました。鴉はこの大地の空という空を飛び回り、自分が一人ぼっちだと知りました」

「そこで、鴉はここへ沢山の人を呼ぼうと考えました。でも、大地は闇に覆われて、とても人が暮らせる場所ではありません。鴉は、闇を払うために、大きな翼をはためかせて闇を追い払ってしまいました」

「そうすると、大地は輝き草花が咲き、太陽が昇り動物たちが集まり、やがてたくさんの人が住み着くようになりました。賑やかになった大地を見て鴉はとっても嬉しくなりました」

「ですが、鴉が人前に出ることはありませんでした。何故なら、自慢の白い体が、吹き飛ばして跳ねた闇で真っ黒に染ってしまったからです。汚れてしまった身体では楽しい輪に入れませんでした。人々は、黒は闇の色だと知っていたからです」


 子供たちが代わる代わるに滔々と聞かせるそれは、確かにおとぎ話だ。神話と言っても良いだろう。元の世界にもそういった話はいくつもあった。


 神殿の像は、闇とやらを祓った代償に、黒く染まってしまった白い鴉だという訳だ。


 気がつくとエルザさんもレオンさんもカウンターから出て座敷に座り、子供たちの話を笑顔で聞き入っていた。


「黒くなってしまった鴉は、輪には入れなくても、自分の言葉を届けてくれる人を探すことにしました。自分の、黒い色を嫌がらない人を探して、ようやくカラスは見つけました。それは、別の──、っ!?」


 語り手の言葉が途切れた。窓ガラスが派手に砕け散る音がして、全員の視線がそちらを向いた。

 そこには、今日も魔獣討伐で隣町へ行ったはずのリヒャルトさんが申し訳なさそうに立っていた。

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