17.先生はデコピンの名手


「あの、団長、アウルさん」


 呆然とする私、憎々しげに舌打ちを鳴らすアウル先生、誇らしげに私の頬をふにふにしているリヒャルトさん。そこへ、困惑しきった声が遠慮がちに入ってきた。

 全員で視線を向けると、そこには所在無げにヴァルターが立っている。


「そこに、まだ誰か居るのですか?」


 見えていないんだ、やっぱり。

 立て続けに存在を見破られてペンダントの機能を疑いつつあったけれど、ヴァルターの反応で安心した。

 一方リヒャルトさんは私の頬をふにふにし続けながら、ヴァルターを振り返ってまたしても説教に入る。


「さくやがいる。見えなくたって気配があるだろう」

「貴方は規格外だと何度言えば……って、そこにあの娘が!? なぜここに!」

「それは俺も聞きたいな。留守番してろって言っただろ」


 ほっぺを伸ばしながら、今度は私へお説教モードが向けられる。先生に助けを求めて裾を引くが自分で話せ、とはしごを外される。

 そうか、バレてるならもう黙ってる意味も無いんだ、とようやく気付いた。


「お城見学、先生が連れてってくれるっていうから」

「アウル」

「何か問題が?」


 底冷えのする声に、しかし先生は何処吹く風でひらりと躱す。


「先生は悪くない、私が行きたいって言ったの!」

「さくはちょっと黙ってろ」

「言いたいことがあるんだろう、聞いてやれ」

「アウル、煽るな」

「私の話を聞いてよ!」

「待て、さくや」

「はっ、王宮の庭園で親子喧嘩か。見物だな」

「アウルっ!」


 ああ、もう駄目だ。こうなっては話にならない。未だ私の頬を無遠慮に揉む大きな手を払い落としてベンチから腰をあげる。距離を取ってこの不毛な言い合いから一旦フェードアウトしようと目論んだが、見えていないはずのリヒャルトさんの腕が明確に腰に巻きついてきて抱き込まれた。いや絶対見えてるよこれ!


「ここにいろ、さくや」

「じゃあ話を聞いてよ!」


 もがいていると少し離れたところでぽかんとしたヴァルターが目に入る。そうか、彼には私が見えないから、何も無い空間から声が聞こえるし、リヒャルトさんはパントマイムでもしているように見えるのだろう。


 そこで、はたと気付いた。

 自分で言うのもなんだけれど、リヒャルトさんは私のことが大好きだ。何かと顔を見たがり、撫でたがる。

 そんなリヒャルトさんがペンダントの存在に気付いていながら、外そうとしない。私の姿を見えないままにしている。


「ね、なんでペンダント外さないの」

「ん?」

「私の顔、何かと見たがるリヒャルトさんがどうして私を透明なままにしてるの」


 ピタリと足掻くのを止めた私をリヒャルトさんはなんでもないように抱えたまま顔を覗き込んでくる。見えないのに、そうまでして無意識に見たがるのに。

 どうしてペンダントを外さないの?


「私のこと、見られたらマズいイの?」

「そんなことない。ここはいつもとは違う場所なんだ、だから」

「そんなの嘘、TPOなんて弁える人じゃないのに」

「てぃーぴーおーは分からんが落ち着け、なにもマズイことなんて無いから」

「どうだか」

「アウル、いい加減黙ってろ」

「だったら今ここで、ペンダント外すからね……!」

「暴れるなって」


 腕の中で拘束されながら暴れるけれど、上手くペンダントが外せない。こんな綺麗な庭園を目の前に、ドタバタと喜劇めいたことをしているのがバカバカしくなる。

 しかし、ここは引いたら負けだ。反抗期パワーを炸裂させろ、私。


「おい、娘」


 もう少しでペンダントが外せる、というところで、今まで静観していたヴァルターから声が上がった。なんですか、貴方もこの喜劇に参加しますか、と睨みつけたけれど生憎と彼は私が見えていない。


「お前がここで姿を表すのは非常に良くない。それくらい察しろ」

「ヴァルター、お前」

「言わせてください、団長」


 そう言うとヴァルターは距離を詰めて、リヒャルトさんに拘束されている私の斜め上を見ながら口を開く。そこに私はいません。


「いいか、娘。ここは王の城――その中心、王宮だ。立ち入るには、厳正な手続きが求められる」

「はあ」

「そんな場所に突然貴様のような訳の分からん娘が現れてみろ、問題になるに決まっているだろう。番兵は軍事会議に掛けられ罰せられる。お前のせいでな」

「それは……本意ではない、です」

「例えウェーバー団長の子供だと言い張ってもそれはそれで問題なのだ」

「……前に言ってた、血統がどうとか」

「そうだ。団長も我々も、今回はこれ以上込み入った話をする時間はない」


 ヴァルターは相変わらず見当違いな方向を向いているが、その言葉は説得力のあるもので納得しそうになる。怒涛の正論パンチにたじろいでいると、更なる追撃が飛んでくる。


「加えてお前のその特殊な容姿だ」

「容姿……? あ、」

「思い至ったか」


 容姿、と指摘された瞬間リヒャルトさんの拘束が強くなった気がした。


「この目……?」

「この職に就き、色々な場所へ行き様々な人間を見てきたが、お前のような者は見たことがない」

「そう、なんだ」


 やはり真っ白な眼球の人間など居ないらしい。いくら神様の祝福と言えど、こんな特殊設定は要らなかったな、と改めて実感して少し落ち込む。


「分かったら大人しくしていろ。お前は団長を困らせに来たのか」

「っ、それは……」


 言葉が続かなかった。困らせたい訳じゃない、そんなはずない。ただ、隠されてることを知りたかっただけで。頑なに私を町の外へ出そうとしない理由が、その一端でも分かるかもしれないと思って。

 外の世界を知れば自分のことが分かるかもしれないと期待した。けれど、ここに来て分かったことは、リヒャルトさんが本当に偉い人だったと、思い知っただけ。


「…………」


 拘束が解かれて、頭に大きな手が重なる。優しく撫でられると、一人で空回りしている姿が余計恥ずかしく思えた。

 私、何がしたかったんだっけ。


 ごめんなさい、と口をついて出そうになったけれど、アウル先生の「謝罪は必要ない」という言葉が過ぎって喉元で止まる。でも言い返す言葉も浮かばなくて、悔しさでいつの間にか拳を握っていた。


 すると突然、沈黙を縫うように先生がするりと動いた。かと思うと、ヴァルターの正面に立ってその顔に向かって手を掲げる。


「アウルさん、何を」


 パァンッ!

 空気を叩き割るような乾いた音がしたと思ったら、ヴァルターが額を抑えて蹲っている。それを見下ろしながら、先生が伸ばした指先を小さく振っていた。

 で、デコピン……?

 予想外の出来事にリヒャルトさんまで呆気にとられている。


「感情だけで動く反抗期の子供に、そう正論を振りまくな」

「な、なにを……」

「が、きちんと叱れるだけそこのバカ親よりもよっぽど親らしい」


 つまらなそうに手を振ると、そのまま私に腕を伸ばして、真正面から向き直った。

 強い風が吹いて、捲れ上がったフードが肩に落とされる。顕になったオレンジ色の目が、私を射抜くように見つめている。


「どうする。いい子に戻って家に帰るか。それとも俺と来るか、神殿へ」

「アウル、いい加減にしろよ」

「黙ってろ。……さくや」

「は、はいっ」


 先生に名前を呼ばれて背筋が伸びる。


「お前が決めろ」


 その言葉で、考えるよりも早く体が動いた。伸びてきたリヒャルトさんの手が、ここに来て私の手を掴み損ねて空を切る。


「ごめんなさいっ」


 結局言っちゃった。

 先生の手を取ると、思いの外温かくて驚いた。


「さくや!」

「行ってきます!」


 先生に手を引かれて体が密着する。そのまま流れるように景色が変わった。

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