第14話 イケメンと買い物デート

 玲央の睫毛まつげは、とても長い。

 玲央の肩幅は、大きくて広い。

 玲央の汗とコロンが混じった香りが、僕を――。


 ――キュン。


「んなああああああああああああああああああああああああああ!!!?!?」


「いきなり大声出すんじゃねえよ」


 僕の鎖骨さこつ付近から唇を離した玲央が、平然とした顔で言う。


「いや、逆にいきなり吸うんじゃねえよ!! 弾け飛んだボタン返せ!!!」

「ボタンは取れてねえぞ」


 はっと胸元に目をやる。

 ――確かに、ワイシャツのボタンは一つ残らず健在だった。


 ……いや待て。

 じゃあ、さっきの「プチプチプチッ」って音は何!?

 この俺様イケメン、まさか全開スピードでボタンを全部外して、全部元に戻したっていうのか!?

 遊び人スキル高すぎだろ……ッ!!


「ん?」


 玲央が僕を見て、ふっと笑う。

 睫毛まつげの影が長く落ちて、目の奥が緑にきらめいた。

 ――そんな顔で、こっちを見ないでよ。バカ。


「ちょおおおおおおおおおおおお!!??!?!?」


 叫び声と一緒に、胸の奥から何かが爆発する。

 足が震える。心臓がうるさい。頭が真っ白になる。

 ちくしょう! ちくしょう! 誰か僕を助けてくれ!!


 ――好きが止まらないッ!!!


「……なぁ、なんでさっきからそんなにジタバタしてるんだ?」

「お前がいきなり吸うからだよ!! 恋人とか、そういう関係じゃないと吸わないって言ってなかったか!?」


 初めて会った時の事を思い出すたびに勝手に胸がときめいて、キュンキュンしてしまう。

 ――けれど、僕とコイツが恋人関係になった事実なんて、どこにもない。


「吸われたいって言ってたろ」

「都合よく解釈すんな!! 違うわ! 僕が吸われたいのは紅羽くれはさんだけだ!!」

「……俺の前で他の女の名前出すんじゃねえよ」


 ムッとした玲央が、僕のアゴをクイッと引き寄せる。

 視界いっぱいに迫る顔。近づく唇。


 ――だめだ。だめなのに。

 僕の身体は、抗おうとはしなかった。


「――なんてな。簡単にくれてやるほど、俺の唇は安くねぇんだ」


 寸前で止めた玲央は、僕の唇に指先をチョンと当てながらそう言った。


「ほら、行くぞ。ちょっと寄り道しようぜ」


 そう言い残し、玲央は背中を向けて歩き出す。

 ……キス、されちゃうと思ったのに。

 胸に残った残念さを、僕は気づかないふりで飲み込んだ。


 * * *


 僕たちはとある服屋さんにいた。


「お前、こういうの似合うんじゃねーか? ちょっと着てみろよ」

「いや、僕こんなオシャレっぽい服似合わないよ……」

「なんだよ? 俺の目が狂ってるってか?」

「そうは言ってないけど……」


 玲央に押しつけられた服を持って、僕は試着室へ向かう。

 友達と服を見に来るなんて初めてだ。

 いや、そもそもコイツと僕は友達なのか??

 ……いやいや待て。友達ってこんな風に強引に服屋に連れ込んで、試着まで命令するもんだっけ?

 これ、どう考えても彼氏ムーブじゃないか!? いやいやいや、僕、男なんですけど!!!


 そんなことを考えながら着替えをすませ、カーテンを開けると――。


「うん、すげぇ似合ってる」


 玲央が屈託のない笑顔を向けてきた。


 ――ずるい。そんな顔、反則だろ。

 胸の奥が、勝手にきゅっと鳴った。


 ……おかしいな。恋人になりたいなんて思ってないのに。

 どうして心臓が、こんなに騒がしいんだ。

 ――モブ男子のはずが……少女漫画のヒロイン役にされてる!?!?


「ありがとうございましたー」

 そう店員さんに送り出されながら、僕は買い物袋をぶら下げて玲央とともに店を後にした。


 玲央はやたらと上機嫌で鼻歌を歌っている。……何がそんなに楽しいんだ、こいつ。

 僕は耳がほんのり熱くなるのを感じながら、街ゆく人々に視線をやった。


 ――僕たち、今どんなふうに見えてるんだろう。

 兄弟? 友人? それとも……。

 いやいやいやいや!! 頼む!! どうか“ただの友人”に見えていてくれ!!!


 そのままの流れで、街角でクレープを買い、アーケード街の二階にある小さな広場のベンチへ。

 僕たちは二人並んで腰かけた。


 ……え、ちょっと待て。これ、デートじゃない?? 違うよね?? え???

 

 ときめきとツッコミが交互に押し寄せる心には、一旦フタをして漬け込むことにした。

 発酵はっこうが進んでさらにカオスになるかもしれない。いや、これ以上カオスになりようがあるのかな?


「なぁ、お前って……男だよな」


 どう見ても高身長イケメンなんだけど、とりあえず聞いてみる。


「当たり前だろ。なんなら高校は男子校だ。どこ見てんだ?」


 玲央はワイシャツの校章を見せつけながら僕に言う。

 ――って、フェニ高かよこいつ!?

 

 鳳凰ほうおう高等学校。通称フェニ高。

 国立医学部に何割送り込めるかが勝負、みたいなレベルの超進学校だ。


 つまりコイツは……。

 イケメンなだけじゃなく、高身長・高学歴。さらには高収入になるポテンシャルをゴリッゴリに秘めていることになる。


 ……なんなのそれ、チートじゃん。どこの主人公?

 ザマァされちまえ!!

 でも、そんなチートイケメンが今こうして、僕の隣でクレープを食べてる。

 ……いや待て、余計に意味わかんないから!!!


「やっぱり男なのか……」

「あん?俺が男だと、何が困る事でもあるのか?」


 しょんぼりする僕に玲央が指についたクリームを舐めながら答える。えぇいちくしょう!


「吸血のせいとは言え、男のお前にドキドキしちゃってるんだよ!! おかしいだろこれ!!」


「は? どこがおかしいんだよ」

 玲央は肩をすくめ、当然のことのように言った。


「好きになるのに性別なんて関係あんのか?」

「あるわーーーッ!!!」

 

 僕は即座に全力で否定した。

 当たり前だろ!? だって僕、男で!! お前も男で!! ……っていうか、これ僕が少女漫画のヒロインポジションみたいなんだよ! 役割が謎すぎるんだけど!?


「じゃあ聞くけどよ」

 

 玲央が身を寄せる。顔が近い。近すぎる。

 

「今、お前の心臓ドキドキしてんだろ?」

「ひっ……」

 

 心臓は太鼓の達人状態。フルコンボだドン。

 やめろ、図星を突くな!!もう一回口説かれるドン!


「それも“男だから”って理由で止まんのか?」

「……ぐぬぬぬぬ」

 

 反論不能。論破された……!! くそ、イケメンの俺様理論め!!


「ほらな」

 

 玲央がにやりと笑って、僕の額を軽く小突いた。

 

「問題なんか一つもねぇ。あるとすりゃ――お前が俺にれてるのを認められねぇ、その意地っ張りだけだ」

れてないし!!!」

 

 即答。けど声が震えてる。

 ……あれ? もしかして僕、今めっちゃ“惚れてる人の反応”してない!?!?!?


 フタをした僕の心は、物凄いスピードで発酵はっこうが進んでる気がする。

 ……このままじゃ爆発して、周囲に「惚れてます!!」って香りが充満する未来しか見えないんですけど!?!?


 少女漫画みたいなモノローグを、僕は全力でベタ塗りしている。

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