第8話 ようこそ『間(はざま)の世界』へ
ゴウン!ゴゴゴゴゴゴ…
ベッドに横たえたままの体にその音は体中に響き渡った。
私は力が入らずただただ徐々に小さくなる轟音に身を任せていた。任せることしか出来なかった。完結に言うと、金縛りだった。
(うるさいうるさい!ってなんの音よこれ!?体も動かないし目も開けられない!どーなってんのよ!!)
私の口から出すことが出来ない悲鳴が脳内で爆発していた。けれどもどうすることも出来ず、ただただその音が消えていくのを待つしかなかった。
(…のですが、賢い私は思い出しました解決方法!!)
っと脳内で現状打破の方法を思い出していた。以前里美から『心霊体験豊富な方から聞いた金縛りにあった場合の対処法』、それを実践することにした!
(まずは足先から意識をして!動かす!ウゴケーーーー!)
と、金縛りの状態は体の末端を意識して動かすと解けるという作戦だった。
…後になって気が付いた事なのだけれど、普段の私なら心霊現象が怖い!絶対無理!!と思っていたのだけれど、その時は意外にSAN値が下がった感じがしなかった。ダイスの目が良かったとか、そういうのではなくて、もっと言ってしまえば『普段となんら変わらない日常』の空気が肌に感じていたからかもしれない。恐怖体験ならば必ずゾワゾワする恐怖心が湧いくるはずなのに、それはなかった。
末端から手足の関節、そして付け根!
(うごけ!うごけ私!!クソ!般若心経も追加しちゃうぞこのやろう!!!はんにゃ~は~ら~…)
「ム――ン … ム――ン …」(CV白上夜風)
(口から声が漏れるのがなんとなく感じる!般若心経が効いてるの!?そして若干手足が動く感覚がある!でも『ムーンムーン』って自分で言ってるのって絶対ダメだよこの状況!!乙女がやっていいことじゃない現場だよこれ!!??でも今は…!)
と必死になって般若心経を心で唱えつつ手足を徐々に動かすイメージをした。だがやはり私の口からはムーンムーンとしか声がでないようだった…流石の私もちょっと心が折れかけた。そして焦りもした。横たわった感覚だけが体にある。今の目を閉じた周りの空間は真っ黒で、そしてあの音以降何も聞こえない静寂の空間だけが私の周りにあった。
(は~…どうしたらいいんだろう…でも、何も危害があるわけでもないし、このまま寝ちゃおうかな?それも対処法だとかなんだとか言ってたような…まあいいや。そういや今は目をとじてるけど、あのメイドは見えないよね。いやいや、実際見えたら精神狂っちゃうよね。目を開いても閉じてもそこに居るメイドの冥途とか、まったく洒落にならない)
少し諦めかけた時点で意識が逸れ始めて目の中のメイドの事を考えてしまった。
それが間違いでした…
私がそんなことを考えてしまったばかりに、この闇の空間の中で何やら右上からヤツが現れてしまった!キビキビとした動きで!
その迷惑なヤツはいつも通りカンペを片手に ペクリ~ っと頭を下げて「呼びましたか主様?」と言いたげな顔でこちらを見た!
(いるじゃんかーーーーーーーーーーーー!!目を閉じてもいるよコイツ!!!)
この空間で一人だと、目を閉じていればある意味安全地帯だと思っていたのだけれど、それは全くの勘違いですよ?とあざ笑うようにメイドの冥途がいつもの格好で、いつもの表情で、こちらを見ていた。私はその様に『呆れ』よりも『怒り』に昇華された感情がメイドにむいてしまい脳内で叫んでしまった。
(ちょっと――!!どうなってんのよ今の状況!?そして目を閉じたら普通は引っ込むもんでしょアンタも!!ここはプライベート空~~間!私のプライベート空間侵害だよぉ!!)
と脳内で騒ぎ立てるのだけれど、口からは声が出ない。だけれど、それを察したのかメイドはカンペに一生懸命何かを書き、カンペを持ち上げこちらに見せてきた。メイドは書き込んだ文字が多くて見にくいだろうと思ったのか、ご丁寧にトコトコと視界右上から中央に移動してきた。こういうところはちゃんと気が利いているよねこのメイド、と私は思いながらカンペの文章に目をやった。
『昔、9人の少年少女が般若心経を唱えて動かすロボットの漫画があったな~と思ったんですけど。後8人足りないのでは?(挿絵付きカンペ)』
私は無の表情をしていた。
このメイドは一生懸命書いて状況を説明しようとしているのだろうと思っていた私が馬鹿だったらしい。一生懸命描いていたのはロボットとそれを取り囲む9人の挿絵だった。そしてそのカンペを見せながら『私、やり切りました!てへ☆』と言いたげな満足そうな顔でこちらを見ているメイド。
ブチッ…
何かが私の中でキレる音がした…
「その漫画っていうのは1970年代前半の漫画だよ!!誰が知ってるっていうのよ!!お父さんもお母さんも絶対知らない漫画だよソレ!!知ってたらアラフィフ越えて還暦手前の人達だよ!!!それに『ムーンムーン』って私が言ってたから、私がそのロボットか!?失礼にもほどがあるだろ!じゃあパイロットきどりかアンタは!それともアンタは『実は私はあと8人いる』とか言いたいの!?…って私そんな漫画知りもしないのになんでこんなにベラベラしゃべってるのよ!!うわ!気持ち悪い!ゼハーーーーーゼハーーーーーー…」
と怒りから大声が口から出て口の自由が戻ったらしい。だが未だ目を閉じているらしく、辺りは真っ黒の空間のままだった。自分の声を自分の耳で確認できたことで幾分気が楽になった。だけど、やはり体は完全に動かせる状態ではなく、指先を少し動かすのが精一杯だった。私は興奮した荒い息を落ち着かせながら、先程の自分が勢いで口にしたことを思い出していた。
(…うん、そんな漫画みたことないわよね私…なんでそんな漫画の発行された年代とか知ってるの?)
自分の口から飛び出したその謎の『記憶』。
知らない物を知っている違和感という恐怖。
初めて私はこの空間を恐ろしいと感じてしまった。
体が動かないうえに、何か自分自身意外の記憶が『張り付けられた感覚』。それは口にして『確かにそうであった』と思い出す脳の働きを体で感じていた。背中に冷たい氷をゆっくり這わされるような嫌な感覚をおぼえた。そしてそんな私の気も知らずにカンペを見せているメイドは、やはりいつものきょとんとした表情でこちらを見ていた。
その不思議そうな目が
『今現在起こっていることは実に普通です』
と言いたげであるのは、目の輝きで感じた。
(私、どうなっちゃったんだろう…)
今朝から不思議な事が起きすぎてもう考えるのが面倒になってきていた。明日、朝がきたら病院のホームページ探してみようと思うほどに疲れてきていた。相変わらず目が開かないこの黒の空間に私の諦めのため息が広がった。するとメイドが私の方に近づき新たに書いたカンペをこちらに見せてきた。
『そろそろおいでになるご様子。ご準備を主様』
とメイドは謎のカンペを掲げて私から見て背後に振り向き、そして深々と一礼した。その時どこかで嗅いだ事のある甘い香がメイドの起す風に乘って流れてきた。メイドは一度こちらを見て小さく頭を下げ、左の視界へスタスタと消えていった。
普段近距離になることがなかったメイドと私だが、その時は目と鼻の先と言わんばかりに近い位置だった。初めて感じたメイドの存在感に私は少し戸惑い、どうでもいい感想が頭を支配した。
(だからメイドの香水の匂いがしたのかな?まあ悪くないわね、薄っすら香るってのは上品で悪くないよ。香水臭いメイドってちょっとイメージじゃないっていうか…え?匂い?)
ここでやっと気が付いたことがあった。
それは実に自然に、目の前を通り過ぎるかのようにメイドは私の左側に移動し視界から出て行った。そしてメイドから届く匂いを感じた。その時初めて【今、私は目を閉じているの?】と疑問が湧いた。
だがそんな疑問を抱いた時には次の『不思議』が飛び込んできた。
この真っ暗な空間に花弁が舞いはじめた。
それはサワサワとヒラヒラと。
数は多くなく、視界に入るのは10数枚程度のピンクの花弁が私の視界の奥から流れるように落ちてくる。まるで満開の桜の木の下を歩いているような気分になる。そして更に奥からは独特な春の匂いを纏った風と共にこちらに誰かが近づいてきた。
スッ スッ
布の擦れる音と
「ようこそ、私の【間(はざま)の世界】へ。今は未だ小さき【私の主】」
その春の小川のような優しい声を纏いながら一人の女性が私の視界に現れた。
ただしその姿は…
十二単を懸命に引きづりながら、額に汗を流しつつ必死で笑顔を作ってる、体力ゲージが赤色になってそうな
『残念な美女』
だった!!!
私は
「うわ~…」
と口から自然と感想が漏れるのだった…
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます