14
「おい、ルイ。なんで泣いてんだ。こいつに何かされたのか?」
あまりの急展開に思考が追いつかない。散々覚悟を決めたと思っていたが、急に目の前に本人が現れるとちょっと困る。
それにさっきから息も出来ないほどのとんでもない力で抱きしめられているため、カミルからの問いに答える余裕はルイにはなかった。わずかばかりの抵抗としてペチペチとルイの二倍は太いカミルの腕を叩いているが、どうやら些細な抵抗すぎて今のカミルには届いていないようだった。なかなか答えないルイに痺れを切らしたようにさらに力が入っていく腕に恐れ慄き、ルイは自分の体が風船のようにパンッ!と弾ける想像までしてしまった。
お、折れる!ミシミシいってる!
「カミル様!事情は後でお伝えしますわ!まずはその腕をルイから離してくださいまし!顔が真っ青になっているのが見えなくて!?」
今日のMVPを選ぶとするならば100人中100人がエミリーの名を挙げる。
初めはルイと同様酷く驚いた様子の彼女だったが、ルイの顔がだんだんと色をなくしていくのを見て、人を三、四人殺してそうな凶悪な顔つきのカミルに対して決して臆することなく叫ぶ。
その必死の叫びを聞いたカミルはハッとしたように己の腕で締め上げていたルイの体をようやく離した。
ようやく息を吸えるようになったルイは急に入り込んできた酸素に軽くむせながらよろよろとカミルから距離を取る。後少しの命とはいえ、流石に締め殺されるのは勘弁願いたい。そうしてなんとか息を整えたルイはどこかバツが悪そうにルイを見つめていたカミルと目を合わせる。
「か、カミル。どうしてここに?」
その問いかけに先ほどまでの気まずそうな顔を一瞬で凶悪な顔つきに変えて、はあ?とでもいいたげな顔になった。
「はあ?」
思いっきり声にも出していた。
「どうしても何も、ルイを探しにきたに決まってんだろ。あんた、最近オレのこと避けてただろ。ここにいるってことは分かってたから、今日こそ問い詰めるつもりで昼から彷徨ってた。そんで、漸くここに辿り着いた。で?なんで泣いてんだ?」
「……えっと、とりあえず、僕が泣いてることにエミリーは関係ないから、彼女を睨むのはやめて。あと、避けてたのはごめん。そのことについても話があるから、聞いてくれる?」
急展開に驚いて、締め殺されかけたことで混乱へと突き落とされたルイは一周回って逆に落ち着いていた。
ここならエミリーもいるし、むしろ好都合ってやつでは!?
むしろポジティブに考えていた。空元気とも言えるが。
ハラハラと見守るエミリーの視線を感じながら、ルイは言葉を選んでカミルへと問いかけていく。
「カミルは、この学園での僕の噂を……知ってる?」
一つ問いかけただけで、ドクドクと早くなる心臓の鼓動がうるさくて仕方ない。彼の答えを一言一句聞き逃すわけにはいかないと思うのに、このまま心臓の音しか聞こえなければいいのにとも思う。
ルイの人生で最も長い数秒の後、カミルがなんともあっさりとその疑問に答えた。
「……そうだな、知ってる。」
びくっとルイの肩が揺れる。カミルはルイの噂を知っていた。あれだけ囲まれていたのだから何となく予想はできていたが、いざ本人の口から聞くと大袈裟に反応してしまった。だってルイの予想が正しければ、次に続くカミルの言葉はルイとの交友関係の終了を告げる言葉だ。自国にまで影響するかもしれない交友関係を持つことができるほどカミルの立場は軽いものではない。
……さようなら、カミル。君と友達になれて本当に嬉しかったよ。
「それで?それがどうしたんだよ?」
「え?」
予想していた言葉のどれとも違うことにいつのまにか俯いてしまっていた顔を思わずぱっと上げると心底不思議そうな顔のカミルがいた。冷静になれたと思っていたルイは再び混乱の渦へと突き落とされる。
「だ、だって、カミルは僕の噂のこと知ってるんでしょ?僕と一緒にいたら迷惑がかかるのは君だよ。もしかしたら殿下に目をつけられる可能性もある。いや、もうすでにかなり注目を浴びてるから目をつけられてるかも。カミルはソアレから来てるんだから、この国の王族に目をつけられるようなことは避けるべきなんじゃないの?」
「あー、いや、オレは別にそこまで国の重要な役割背負ってこの国来たわけじゃないからな。まあ、目立つことは褒められたもんじゃないが、そこまで神経質になる必要もねぇよ。」
「えっ、えっ……?」
「それに、噂のことも知ってはいるがそれだけだ。オレは誰が流したかも分からない噂なんかより、オレが見たものを信じるようにしてる。オレはルイが噂通りの愚かな奴だとは思わなかった。それだけで充分だ。」
カミルの言葉がぐるぐるとルイの頭の中を回る。つまり、カミルは噂を知っていた上でルイと友達のままでいたいと、そう言っているように聞こえた。あまりにルイに都合のいいことである気がして、聞き間違いかと疑ったが、目の前にいるカミルは真剣な眼差しをルイに向けており、先ほどの言葉が決して聞き間違いでも、ルイをからかったわけでもないことが分かった。
思わずカミルの言葉に浮き足立ちそうになる。だってルイ・コレットの噂を聞いた上でルイを見てくれた。舞い上がるなと言う方が無理な話である。
しかし、ルイは今までのルイとは違うのだ。カミルがルイのことを信じてくれたからと言って、全てが解決するほど貴族の世界が甘くないことをルイはちゃんと理解している。
「……だ、ダメ!」
「あ?」
「カミルが、僕のことをちゃんと見てくれてることは本当に嬉しいんだけど、それだけじゃ何の解決にもならないんだ。」
「……解決?さっきから急に噂のこと聞いてきたり、迷惑だとか言ってみたり。あんた、一体オレに何をして欲しいんだ?」
怪訝そうな顔をするカミルに、ぐっと拳を握り込んだルイはそっと深呼吸をして重い口を開いた。
「……カミル。僕と、距離を置いて欲しい。」
その言葉に目を見開いたカミルは、次の瞬間眼光鋭くルイを見つめる。少し逡巡した後、ごくごく端的にルイへと問いかけた。
「理由は?」
「さっき言ったでしょ。僕と一緒にいると迷惑がかかる。」
「オレも言っただろ。そんなのは気にしない。」
「カミルが気にしなくても、僕が気にする。君の評判が下がったら君の国にまで影響があるかもしれない。」
「オレの立場を考えてって言うなら、それこそお門違いだな。オレはそこまで責任を背負ってこの国に来ていない。多少オレの評判が下がったところでソアレに影響なんか無い。」
ルイは身を振り切るような思いでカミルと友達をやめようと言っているのに、肝心の本人がなかなかルイの考えを納得してくれないことについカッとなってしまった。
「だから、それが嫌だって言ってるんじゃないか!正直、ソアレの評判なんてどうでもいい!!」
「はあ?あんたが言い出したんだろ。なら、何が嫌だって言うんだよ!」
「カミルが悪く言われることが嫌なの!!」
ルイが声を荒げたことで釣られるようにしてカミルの声量も上がっていく。しかし、ルイが言い放った言葉にカミルは心底理解できないと言った表情をした。
「僕の友達が僕と一緒にいるせいで悪く言われるなんて、やだ!僕の友達はかっこよくて、きれいで、いい人なのに、僕のせいで君が悪い奴みたいに言われるなんて絶対……絶対に!やだ!!」
人生でこれまで大きな声を出したことはないと思うほどの大声で駄々っ子のように叫ぶルイ。逆に何で分かってくれないのかとカミルに苛ついてしまい、思いつく限りの語彙でカミルを罵倒する。
「何で分かってくれないの!?あほ!あんぽんたん!ばかカミル!この……!分からずや!!」
びーびーと喚きながらポカポカとカミルを叩き出したルイにカミルは惚けることしかできない。ついさっきまで君の国に迷惑がかかるかもとかもっともらしい思慮深いことを言っていた公爵令息様が今は幼い子どものようにカミルを殴っている。正直言って痛くも痒くもないが、あまりの落差に二の句が告げない。
「いや、だから、別にオレはなんて言われようと気にしな――」
「僕が嫌だって言ってるでしょ!!」
ルイだって色々……本当に色々考えて、もっともらしい理屈をこねて、それらしい理由をつけてカミルと別れようとしていた。けれど、結局のところこの結論に行き着くのだ。ルイはカミルのことが好きである。ルイ自身のことを見てくれて、一緒にご飯を食べてくれて、たくさんおしゃべりをしてくれた。初めてルイが素を曝け出して付き合うことができた友人である。そんな友人が悪く言われることなんて絶対に許すことなどできないと思った。カミルが気にしなくてもルイが嫌なのだ。
お互いに平行戦の言い争いが一周してまた同じような言い合いを最初から始めかけていた、その時。
本日のMVPが二度目の活躍をした。
パンっ!!!!
破裂音かと思うほど大きな音が聞こえて、思わず2人揃って音の発生源へと目を向ける。
そこにはそれまで静かに2人のやりとりを聞いていたエミリーが両手の手のひらを合わせている姿であった。ルイとカミルはあの細腕からあの轟音が鳴り響いたのかと信じられない気持ちでエミリーを眺めていると、2人の注目が自分に向いたのを確認した彼女はにっこりと微笑みかけた。
「そこまでですわ、お二人とも。どうやら午後の授業は先ほど終わってしまったようです。人気はないとはいえ、そんな大声で言い合っていれば人が来てしまうかもしれませんわ。ここで言い争いを見られるなんて嫌でしょう?」
顔はまさしく淑女のように笑っているのに、何ともいえない圧を感じて2人は口を挟むことはしなかった。そんな2人の素直な姿に満足げな表情を浮かべたエミリーはとある提案を投げかけた。
「場所を移しませんこと?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます