第3話
コレット公爵家はカルタナ王国の建国の際から共にこの国を支えてきた貴族であり、その権力は強大で皇族も迂闊に口出しできるものではなくなっていた。
故に、そんな公爵家の令息が婚約者を探しているとなれば慎重に慎重を重ねて国を挙げての大捜索が行われた。
これ以上権力が強くなっては困るので権力がありすぎず、かと言って弱すぎてもダメ。少しでも公爵家の気に食わないことがあってはいけないため、年はなるべく近く、顔も醜悪なものよりは整っているものを、振る舞いは洗練されたもので、教養があるとなお良し。そんな難しい選考を重ねて選ばれたのが、カルタナ王国の第三王子であるアーノルド・ヴァン・カルタナであった。
第一王子、第二王子は歳が離れているし、何より2人ともすでに婚約者がいる。他の貴族に関しても、その厳しい条件に合うものはおらず、何とか見つけてきた人物であった。
両者初めての顔合わせの時、本人よりも周りの大人の方が緊張しており、子供ながらに2人は相手を拒否してはならないことを悟っていた。
そうして、政略的な意味を大いに含んだ顔合わせはつつがなく進んでいき、これなら大丈夫だろうと2人だけの時間を設けられた時のことである。
「アーノルド殿下。本日はありがとうございました。不束者ではございますが、これから婚約者としてどうぞよろしくお願いします。」
「お礼を言うのはこちらの方だよ、コレット公爵令息。君と王家が縁を結ぶことができたのを大変嬉しく思う。」
上辺だけの笑顔と言葉を吐き出し、2人揃って教科書通りのお手本のような所作で紅茶を一口飲み、一拍。
「……さて、これで建前は終わり。」
ぱちりとスイッチを押したかのようにアーノルドの雰囲気が変わる。先ほどまで柔らかく微笑んでいた大人びた表情は消え去り、年相応の好奇心を乗せたキラキラと光るルビーの瞳をルイへと向ける。あまりの変わりように呆気にとられたのはルイの方である。
「……はい?」
「ねえ、コレット公爵令息、ああ、長いな。ルイって呼んでもいい?」
「構いませんが……殿下?」
「その殿下っていうのも禁止ね。アーノルドって呼んで。」
「え……?え?」
「ふふ、君、そんな顔できるんじゃないか。さっきの澄ました顔より何倍も良いね。……俺はね、これが政略的なもので拒否できるようなもので無いとしても、これから先、共に歩む人にまで自分を偽るつもりはないよ。」
そう言って少しだけ口角を上げていたずらっ子のように微笑むアーノルドにルイはしばし見惚れる。笑ったことで目尻が下がった綺麗なアーモンド型のルビーの瞳にふわりと揺れる王族の証である金髪がキラキラと日光を反射して、ルイの目にはまるで神様のように映った。
「アーノルド殿下……。」
「だから、殿下は禁止って言ったでしょ?どうせ俺たちはずっと一緒なんだ。こんな肩肘張ったお茶会ばかりなんて嫌になっちゃう。」
「そう……ですね。アーノルド……様。」
だから、神様がそう言ったんだからとルイは訳あってかぶっている上っ面を少しだけ脱いだ。ほんの少し、十分の一くらいのありのままの自分というものをルイは初めて近しい人以外に見せたのだ。
「これからよろしくね、ルイ」
「はい、よろしくお願いします。」
そうして始まった2人の交流は穏やかに進んでいった。誕生日にはお互いにプレゼントを送り合って、時々2人でお茶会をする。コレット公爵家は王族と上手くやっていることを示すために、社交デビューしてからはアーノルドのエスコートで揃いの小物をつけて、仲睦まじいことを周りに示す。
最初は不慣れでいちいちつっかえていた呼び名もするすると出てくるようになった頃。
相変わらずアーノルドの前では猫をかぶり、自分の素を見せることはできていなかったが、それでも彼と過ごす時間はルイにとってひどく心地のいいものだった。
幼い頃に神様みたいだと思っていたルイはすでにアーノルドのことを神様だと決めつけていた。だってこんなにも彼が呼んでくれる自分の名前は心地がいい。初めて公爵令息のルイ・コレットではなく、
しかし、そんな2人の関係に変化が起きたのは学園の高等部入ってからだ。カルタナ王国では貴族は教養があってこそ一人前と認められるため、貴族の嫡男はカルタナ学園の3年制の高等部の卒業が爵位を継ぐ条件になる程教育に力を入れている。これは王族も例外ではなく、アーノルドの兄である第一王子、第二王子もこのカルタナ学園を卒業している。国内でも名門貴族であるコレット家の次男であるルイと王族のアーノルドも例外なくこの学園へと入学した。
学園に入学したアーノルドは王宮の補佐としての仕事も少しづつ手ほどきを受け始めたらしく、忙しそうにしていた。それでも顔を合わせれば軽く話をして、お昼休みには一緒にご飯を食べたりして、ルイと丁寧に接してくれた。
入学する前に比べてぐっと会う頻度が減ってしまい寂しく思ったが、それでもこれからずっと一緒だと言ってくれた言葉を胸に何とか我慢していた。しかし、ルイも皇族に入るということで婚約者として特別カリキュラムが始まり、2人の時間はだんだんとすれ違っていった。
なかなかアーノルドと会えないもどかしさに日々歯噛みしていると、随分と久しぶりに彼から会おうという連絡が届いた。
ルイの気持ちは跳ね上がり、久しぶりに会う彼とどんなことを話そうかウキウキとしながら待ち合わせ場所に着いた彼を待っていたのは、どこかぼんやりとした顔をした婚約者の姿だった。
「アーノルド様?どうされたのですか?」
思わず挨拶も忘れて婚約者へと問いかける。
「ああ、久しぶりだね。いきなりで申し訳ないんだけど、私との婚約は無かったことにしてくれないか。」
そして告げられたのは婚約破棄。
「……はい?」
「そうか、了承してくれるか。詳しいことはうちの執事に聞いて……」
「えっ、まって、待ってってば、アーノルド様。今のは了承じゃなくて、あの、えっと。」
あまりの混乱に言葉遣いが乱れる。これまで猫をかぶってきてこんなに気持ちを揺さぶられたのは初めてだ。
「残念だけど、君の意思はもう関係ないんだ。一通りの手続きはもう終わってる。それじゃあ、いままでありがとう。」
しかし、そんな混乱しているルイに気づくことなくアーノルドは話は終わったとばかりに踵を返して歩いていく。
遠のいていく背中を追いかけることもできずにひたすらにルイは混乱する。
(お、終わってる?それじゃ、もう僕はアーノルド様と婚約者じゃ無いって?そんなの……そんなの、受け入れられる訳……。それに理由は?僕の何がダメだった?どうして……そんな、突然すぎる。)
様々なことが頭をよぎるが、先程アーノルドと顔を合わせた時から今ま些細ではあるが、ルイにとっては何よりも気になっていることがひとつある。
ああ、アーノルド様、僕の神様。
――どうして、僕の名前を呼んでくれなかったの?
それから僕は家に帰り、三日三晩泣いて過ごした。
どうか嘘であってほしいと願った婚約破棄は悲しいことにすでにコレット公爵家と王家の間で了承されており、あとはルイがサインをするだけであった。震える手で書いた自分の名前はひどく歪んでいて、まるで今の自分の気持ちのようだと思えた。父親に理由を聞く気力も湧かず、そして、あの父親が懇切丁寧にルイに理由を説明して慰めることなどするはずもなく、たった紙切れ一枚にサインをしただけでルイとアーノルドの関係は崩れ去った。あっけなく終わった夢のような時間に、もしや本当に夢なのではとも思ったが、一晩たってもその悪夢は醒めることなくルイを苛み続けた。
それでも、3日引きこもってルイは心の整理をつけた。正確には自分の気持ちを見ないふりをした。長年猫をかぶってきたことで自分の気持ちを押し殺すことばかり得意になったルイは3日でコレット公爵家のルイ・コレットとして取り繕うことができるようになった。そんなルイの姿を見たベスがひどく悲しげな顔をしていることには最後まで気づかないふりをした。
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