第6話
退院の日、会計を済ませた大介は病院の玄関前にある受付のイスに一人ポツンと座っていた。あたりは薄暗い照明のみ。患者の夕食はとっくに済んでいた。勤務後迎えに来てくれる萬田が夕食をご馳走してくれると言うので大介は病院の夕食を断ったのを後悔していた。
「萬田さん、まだかな~。腹減った。」
恨めしげに入口を眺めていると、いきなりこめかみを指で弾かれた。
「お待たせ。さ、行こか。車を表に回してきたで。」
イテテとこめかみを撫でながら見上げると大介の荷物をヒョイと持ち上げた萬田の笑顔が眩しい。
「すんません。」
スタスタと前を歩く萬田をマジマジと見る。スラリとした上背のある体。鍛え上げた筋肉に端正な男らしい面立ち。なんともいえない色気がある。カッコええな。この人、どっかで見たような気がするねんなあ。大介は首を傾げながら萬田の背中を追いかけた。
後部座席に座った大介は車窓を眺めながら復帰後の仕事のことを考えていた。この交差点を曲がるともうすぐ寮が見えてくる。ところが萬田は減速することなく直進してしまった。
「あの萬田さん、寮はさっきの交差点を左折なんですけど。」
「ああ、今日は署長がお前のために退院祝いの一席を設けてるんや。」
「え?署長が俺に?なんで?」
大介は必死に考えた。今回のことでなんかやっちまった?
いやいや、署長が出てくるようなことにはならんはず。
「お前、なに必死に考えとんねん。せっかく顔色良うなったのに青なっとるやん。」
萬田はルームミラー越しに大介を見てニヤニヤ。
「なんやろな~、烏丸君は何したんやろな~?怖いわ〜。」
鼻歌まじりに萬田がつぶやく。
この人、何やねん!ムッとした大介がウンウン唸る間に萬田が運転する車は「常福寺駐車場」というプレートのかかった駐車場に入っていった。
常福寺は住宅街にある寺。さして広くない敷地にコンパクトな墓地とコンクリート造りのお堂、隣に寺務所を兼ねた、和尚とその家族が住むには大きい庫裏がある。そして萬田は車から大介の荷物を肩に担ぐと庫裏の隣に立つ建物の方へスタスタと歩いていく。
「萬田さん、荷物は車に置いといてもらってもいいのでは?」
「アホ、置き引きにあったらどうすんねん?カワイイ後輩のお前が困るやろ。気にすんなって。」
微妙な顔つきの大介の肩をバシバシ叩くと萬田は勝手知ったる如く建物に上がりこむ。萬田に連れられて座敷に招き入れられた大介は緊張の面持ちで敷居をまたいだ。大きな座敷机の向こうにズラリとエライさんと思われる人達が座っている。
真ん中にはチラリと見かけたことしかない中山署長が穏やかな品の良いほほ笑みを浮かべている。中山署長はその見た目から南淀川署の観音様と影で言われている。
「君が烏丸君?大変やったなあ。まあ座んなさい。」
「ハ、ハイッ!」
恐縮した大介は顔を強張らせて座る。
「君はもう私達の仲間や。今日からは萬田警部補が君のバディとなり、公私ともに君を支えるから。安心したらええ。」
これから私達の仲間?これは交番から内勤になったから?公私ともにってどういうこと?
微妙な顔つきの大介は助けを求めて隣に座る萬田を見た。萬田はムダに美しすぎる横顔を傾け、意味深なウインクをした。
嫌な予感しかない。
大介はすでに帰りたくなっていた。
「まあ固くならずにまずは乾杯や。」
署長はコップに自らビールを注いでくれ、手渡してくれる。署長の乾杯の音頭を待っているとふすまが開いた。
「お待たせ、唐揚げがあがりましたよ。あー!ズルい!私達も乾杯させてくださいよ」
山盛りの唐揚げを座敷机に置いたエプロン姿の男の顔を見て、大介は言葉を失った。
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