皆川真白は今日も風紀を守る(はずだった)
MASA-NO-SUKE
第1話 出会い
昼休み、校舎は購買のパンの甘い匂いと体育館から響くバスケットボールの音で満ちていた。
皆川真白は腕章を直し、巡回チェックリストを片手に廊下を歩く。 彼女は几帳面な性格で、机の上が散らかっていると落ち着かないタイプだ。 遅刻や忘れ物が嫌いで、何事も時間通り・規則通り。 中学の頃、クラスで決めたルールを一人だけ守らずに平然としている同級生を見て 胸がもやもやした経験があり、 「誰かが注意しないといけない」と思ってから、それ以来風紀委員に立候補し続けたのだった。
(今日も異常なしで終わりますように……)
心の中でそうつぶやきながら、廊下を曲がる。 窓から吹き込む風が髪を揺らし、紙のチェックリストをぱらぱらとめくった。
そのとき、視線の端に人影がよぎる。 屋上へ続く階段の方――滅多に人が来ないはずの場所だ。
(……誰?)
足音を殺して階段を上ると、踊り場の影に制服姿の男子が座っていた。 ネクタイはゆるめ、袖はまくり上げられ、長い足を投げ出している。 頭をかすかに壁に預け、目を閉じていた。 横顔は整っているのに、どこか近寄りがたい空気。 学年中で噂になっている“不良”、琥太郎だった。
(本当にいた……!)
真白は胸の奥で鼓動が跳ねるのを感じたが、顔には出さず、声をかけた。
「ここは校内での立ち入り禁止区域です。昼休みにここで座り込むのは禁止されています」
琥太郎は片目だけを開け、無言で立ち上がる。 ポケットに手を突っ込んだまま、階段を降りようとした。
(無視!?)
真白は思わず数段降り、行く手をふさぐ。
「無視しないでください。指導中です」
彼は足を止め、深くため息をついた。
視線は合わせない。
「……別に何もしてねぇだろ」
低い声は、怒りよりも眠気を含んでいた。
「ここにいる時点で校則違反です」
「ちょっと座ってただけだ」
「同じことです!」
声が少し強くなる。
琥太郎は壁に肩を預け、視線を上げた。
(面倒くせぇ……)
心の中で吐き捨てる。
昨日もバイトが遅くなって、帰ったのは深夜。 シャワーを浴びてベッドに倒れ込んだ瞬間に寝落ちした。 今朝もほとんど寝不足のまま学校に来て、午前中は授業中に意識が飛びまくっていた。だから昼休みは人のいない場所で少しだけ休もうと思ったのに。
(よりによって委員長かよ……)
ちらりと真白を見る。 ピンと伸びた背筋、きっちり留められた制服のボタン。 真面目さがにじむ視線が、眠気でぼんやりした頭に刺さる。
(こんなのと一緒にいるの、誰かに見られたら……)
「……お前まで悪く思われるぞ」
思わず口に出してしまった。
真白の表情が一瞬驚きに変わる。
(やべ……)
視線をそらし、階段を降りようとする。 背後で、慌てた声。
「待ってください! 規則違反の注意の途中です!」
(規則……か。そうだよな)
立ち止まりかけて、でもまた足を動かした。
「……悪ぃな、委員長。そういうの、慣れてねぇんだ」
振り返らずに言い捨てる。
背後から「次は許しません!」という声が響いたが、止まらなかった。
(止まったら……なんか、ややこしいことになりそうだし)
ポケットの中で握った手に少し汗がにじむ。
放課後 、風紀委員会で巡回報告を書くときも、真白の頭から琥太郎の言葉が離れなかった。
(“お前まで悪く思われる”……どういう意味? 私が誰と話そうと、委員長として職務を果たすだけなのに)
ペン先に力が入り、紙に書く字がやけに濃くなる。
(……次は絶対に逃がしません)
報告書を書き終え、深く息を吐いた。
その頃、琥太郎は 校舎裏のベンチに腰かけ、空を見上げていた。 さっきの委員長の真剣な表情が脳裏に残る。
(めんどくさい女……って思ったけど)
少し胸の奥が重い。 本当は怒られるほどのことはしてない。 でも、あんなにまっすぐ言われると、自分が余計な存在に思えてくる。
(やっぱり関わらない方がいいよな……)
そう思いつつ、頭の片隅で、また声をかけられたらどうしよう、と少しだけ思う。 変な胸のざわめきを振り払うように、琥太郎はベンチから立ち上がった。
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