なぜにのたまご

深月風花

第1話

 今、私の目の前には、何の変哲もない『たまご』がある。

 白くて楕円形。

 ニワトリのたまごだろうそのフォルム。

 それは、紛れもなく『たまご』であって、あった場所がおかしかっただけで、おかしくも何もない。


 目が覚めると、ダイニングテーブルの真ん中にそれは鎮座していた。

 まったく、……。いや、夫がゆで卵でも作ってくれたのだろうか。いやいや、ないな、あの人にはそんな優しさなんて微塵もない。

 たまごかけご飯でも食べようとして、たまごを入れ忘れた、は考えられるけど。

 そう思いながら、ふと時計が気になった。

 出勤の時間45分前。夫はすでに出て行った後。唯一の生き証人は、すでに、いない。私のシフトが様々で、出勤が数時間違うと、なんとなく朝は顔を合わせなくなってしまった。

 連絡までして確かめる必要も、ないだろう、と思う。


 冷蔵庫の卵入れに入れようとして、首を傾げた。

 昨日補充してから、隙間なく並ぶ卵たち。


 じゃあ、いったいこのたまごはどこから来たのだろう。


 掌にコロンと転がるたまご。そもそも本物だろうか?


 就寝前にはなかったから、6時間くらいは放置されているもの。

 割ってみれば、食べられるかどうか分かるかも。腐っていたとしても、新鮮さはその黄身と白身に表れるものだし。


 さっそくボウルに卵を打ち付けようとしてみるも、どうも決心がつかない。


 誰かが産み落としたのだろうか?

 といっても、鶏は飼っていない。マンションの一室で、鶏なんて飼おうものなら、苦情しか来ないだろう。もっとほかの何かで、家に侵入してもおかしくない鳥で……侵入自体おかしいけれど。


 ひよこ、生まれたりするのかなぁ。

 私、有精卵、食べられない人なんだよね……。


 あ、もう20分前。

 急がなければ遅れちゃう。

 たまごを見つめる。


 ふと思い、タオルを取りに行く。そして、それをたまごにふんわり巻き付けた。

 何かが足りない。そうだ。

 湯たんぽ……あったっけ。

 湯たんぽにお湯を注いで、巣のかたちに整えたもうひとつのタオルに、やっぱりタオルに包まれたたまごを、壊さないように載せて。

 納得した私はそのまま出勤した。

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なぜにのたまご 深月風花 @fukahuka

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