第一部 沈黙の館 第一章 悟の到来

第一章 悟の到来


 夏の陽射しがじりじりと肌を焦がす正午、大学生の中沢悟はタクシーを降り、白い建物を見上げた。

 ――ここが、最後の場所になるのか。

 喉の奥が乾き、汗が背を伝う。就職活動の不採用通知が積み重なり、未来は紙切れの山に埋もれた。親の声も友人の励ましも、今は刃のように胸に突き刺さるだけだった。


 自動ドアを抜けると、冷房の効いたロビーにラベンダーの香りが漂っていた。家具は落ち着いた色調、ピアノの旋律が微かに流れている。だが悟の目には、それらがどこか「舞台装置」のように映った。


 受付カウンターの奥から、中年の女性職員が近づく。

 「中沢悟さんですね。お待ちしておりました」

 即答だった。悟は思わず一瞬眉をひそめた。予約をしたのは自分だ。だが、この口調は「新しい客を歓迎する」よりも「既に確認済みの到着を処理する」ように聞こえた。


 案内された部屋は、ホテルのように整えられていた。ベッド、机、ソファ。窓辺からは庭園が見渡せる。だが悟が目を留めたのはドアの内側だった。カードキーの差し込み口。

 試しに操作すると、外側からはすぐに開くが、内側からは二度スライドさせなければ解錠できない。ホテルでは見たことのない仕組みだった。

 ――これじゃ、急いで出たいときに手間取るな。

 小さな違和感が胸に残った。


 パンフレットを手に取ると、「再出発支援プログラム」という文言が目に入った。だが、案内の女性に尋ねても「それは追って説明します」と笑うだけだった。


 ベッドに腰を下ろすと、汗が一気に冷える。窓の外の木々が揺れ、風鈴の音が遠くで響いた。

 悟は両手で顔を覆い、重く息を吐いた。

 ――もう戻る場所はない。だが、本当にここでいいのか?


 その問いは答えを持たず、静寂だけが部屋に沈んでいった。


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