第12話 ディーナのともだち

「彼は王宮で働いているんだよ」

 ディーナが教えてくれ、フェイリムは笑った。

「ただの、お客さんの接待役だけどね。使用人さ」


(ああ。ディーナが友達と会いに町に行くって言ってたの、この人だったのかな?)

 思ったよりもディーナより年上に見えて、私は彼をじっと見つめる。

 二十代半ばくらいにはなっていそうだ。

(十七歳のディーナと、昔からの友達? グリーソン家の子になる前から、ってことかなぁ)


「なるほど、君が『姫』ね」

 フェイリムも、私をまじまじと見ていた。ディーナがうなずく。

「そう。うちのお姫様で、私の大事な妹。可愛いでしょう」

「とても可愛いよ、将来が楽しみだ。ん、あれ? 妖精って成長しないんだったっけ? 僕も本物を見るのは初めてなんだ」

 私は、持っていたカップを置く。

「プティは妖精、はんぶんだよ」

「何、どういうこと?」

 フェイリムが解説を求め、ディーナが顎に手を当てた。

「妖精って、誰にでも見えるわけではないみたいなの。でもプティは誰にでも姿が見えてるし、完全な妖精ではなくて、半分だけで……半分はたぶん、人間なんじゃないかしら」

「じゃあ、妖精は成長しないものだとしても……半分は人間なら、成長するかもしれないね。美人になるだろうなぁ」

 にこっ、とフェイリムは微笑むと、一段階、声を低くした。

「予定通り、やろう」

 ディーナが小さくうなずく。

 ん? と思っているうちに、フェイリムは片手を上げ、

「邪魔してしまったね、ごゆっくり!」

 と立ち去っていった。


「よてい? あそぶの、よてい?」

 私が聞くと、ディーナは首を横に振る。

「遊びなら楽しいからいいんだけどね。面倒なことを片づけないといけないの。さ、プティ、そろそろ行こう」

「めいっ」

 私は椅子からポンと飛び降りて、ディーナと手を繋いだ。


 自動車が迎えに来てくれて、私たちはタウンハウスに向かう。

 大きな通りを横切るとき、ディーナが指さした。

「あそこ、見える? 王宮だよ」


 通りの突き当たりに巨大な鉄柵の門があって、その向こうに綺麗な宮殿が見えた。

 白くて、横に広くて、翼を広げた天使みたいだ。お誂え向きに、冠のような金色の鐘楼もある。


「明日は朝からあそこに行って、客室で支度をして、お昼くらいから順番に王様に挨拶するの。そして、建物のてっぺんに鐘があるでしょ? あれが夕暮れ時に鳴ったら、舞踏会の始まり」

 そう、明日がディーナのでぶ、じゃない、デビューの日なのだ。

「ディーナ、おどれるの?」

 見たことがないので言うと、ディーナはわざとらしくムッとした。

「踊れなさそうに見える? ちょっと心外。割と得意なんだから」


 夕食の時間には、伯爵もタウンハウスで合流した。今夜は珍しく、三人での夕食だ。

 ここの食堂も、お屋敷の小食堂と同じくらいの広さがあって、三人なら十分だった。

「プティ、町はどうだったかね?」

「おっきいものばっかで、おもしろかった! おかいものもした! でもちょっと、ゴホゴホした」

「領地に慣れていると、王都の空気は辛かったかな、車が多いからね。明日はゆっくりするといい。私とディーナは一日中いないけれど、メイドもいるし、小さいけれど庭もある」

「めいっ。……ぷはぁ」

 牛乳を飲みほす。

 伯爵は、心配そうだ。

「半妖精の君に言うのもなんだけれど、できればここから出ないでくれるとありがたいな。王都で迷子になったらいけないからね」

「うーん、なるべく」

「なるべく。頼むよ」

 伯爵が笑うと、ディーナも私にうなずきかけた。

「お留守番、よろしくね。……あぁ、とうとう明日か」

「ディーナ、どきどき?」

「そりゃあね。王様に、会うんだから」

 ふーん、と思っていると、伯爵が付け加える。

「陛下は最近、ご結婚をお考えらしい。今年デビューの令嬢たちも、もちろん候補になるだろう。私にもう少し力があったら、色々と手を回してディーナを推すんだが」

「もう、お父様」

 ディーナはさらりと流してから、私を見下ろした。

「さてと。プティは私のベッドで寝泊まりして。広いから一緒に休めるわ」

「めいっ!」


 寝る前に、ディーナは私の髪を梳いてくれた。化粧台の鏡に、私の後ろに立って櫛を動かしているディーナが見えている。

 椅子の上で足をぶらぶらさせながら、されるがままになっていると、ディーナはちょっとびっくりなことを言いだした。

「ねぇプティ、舞踏会、見に来たいんじゃない?」

「はくしゃくが、だめってゆった」

「そうだけど、あなたどうせ退屈になったら、ここを飛び出しちゃうでしょ。迷子になるよりは、近くにいてほしいな」

「しゃぺ?」

 私が聞くと、ディーナは笑った。

「そう、シャペロン。……今日、遠くからだけど王宮を見たでしょ。あの鐘の、だいたい真下くらいに大広間があって、舞踏会はそこで開かれるの」

「ふーん」  

(どうしようかな。大人ばっかで退屈そうだけど、でも、ディーナが踊るところはちょっと見たい)

「わかった。いくかも。でも、いかないかも」

「うん。……プティが、決めることだもんね」

 そう言って、ディーナは口をつぐみ、私の髪を梳き続けた。


「灯り、消すよ」

「めいっ」

 先にベッドに潜り込むと、ディーナはランプを吹き消してから、隣に横になる。

 私はすぐに眠くなって、ディーナの脇にひっついて目を閉じた。

 優しい手が、私の髪を撫でる。どうやらディーナは、ちっとも眠くないようだった。

「ねれないの? こわいの?」

「え? ううん、怖くないよ。緊張してるだけ」

 私は手を伸ばして、ディーナのお腹のあたりをぽんぽんした。

 暗闇の中、クスッと笑ったような息づかいがして、ディーナは私の頭を抱き寄せる。

 まるで、しがみつくように。

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