第17話 ストーカーのストーカーと気付き
白い砂浜は穢れを知らない乙女のようで、それを照らしつける太陽はまさにスポットライトのようであった。そんな砂浜の奥、陽炎の中、真っ青な海ではしゃぐ三人──楓、雀、あむの姿がある。
それが、目が覚めて最初に目に入った光景だった。
「……ん、あ、れ……?」
「あ、起きたようですな、賢人氏。身体の調子はどうでござるか?」
「海まで来て、彼女をほったらかして昼寝なんて言い御身分ね」
起きて身体を起こすと、パラソルの下、レジャーシートの上で俺の横に順平、椎名先輩という順番で並んでいた。椎名先輩は学校の時の華やかさが嘘かのような地味目な長袖長ズボンのジャージを着込んでいる。
俺はクラクラとする意識をなんとか保とうと頭に手を当て、順平と椎名先輩を今度は交互に見やった。徐に気になった事を二人に問う。
「俺、どれぐらい気を失ってたんだ……?」
「ざっと一時間ぐらいですな」
「ええ、それぐらいね」
「そう、なんだ……」
「…………」
「…………」
「…………」
「あの、ツッコミ待ちですか?」
「ええ」
「ですな」
「ですよね」
俺達三人は体育座りのまま真正面の海でアハハウフフとはしゃぐ楓、雀、あむに黄昏て、沈着に問うては相槌を打つ。
俺はコホンッと咳払いをし、大きく息を吸って、叫んだ。
「なーんでここに椎名先輩が居るんですかぁ⁉ あっ! ももももしかして⁉ 俺達の後を付けてきたんですかねぇ⁉」
「勘違いしないで頂戴! 私は風紀委員長よ! 貴方達が羽目を外し過ぎないかを監視する為にここに居るの!」
「それを人は『後を付けた』って言うんですよぉ⁉」
「ですから先程申した通りこれは監視です! というかそもそも夏休みに入っても彼女達との関係を正そうとしない貴方に非があるのではなくて⁉」
「それはそれ! これはこれ! 論点すり替えないでもらえますぅ?」
口論と呼ぶにはあまりにも陳腐で稚拙な口喧嘩に花を咲かせる俺と椎名先輩。が、お互いに一切譲らないので埒が明かない。
「はぁ……はぁ……」
「はぁ……はぁ……」
「クッ……なかなかやりますね……椎名先輩」
「フフッ、貴方もだいぶやるようになりましたね……国枝さん」
「いやいや待つでござるよ? 何故二人は『ライバルとの決戦の末、引き分けになって一緒に倒れ込む図』みたいになってるでござるか……? そもそもいつからそんなに仲が──んっ⁉」
俺は咄嗟に順平の唇に人差し指を立て、塞ぐ。
そのままキリッとした表情とスカした口調でウィンクし、順平に言った。
「──ノンノン、順平。人には人の秘密があるものなのだよ。それを土足で訊いちゃぁいけない、ぜっ?」
そうだ、言えるわけがない。椎名先輩がBLオタクだという事は、絶対に。
俺は椎名先輩と密かに目を合わし、お互いに頷く。
椎名先輩がBLオタクだと知ったあの日、俺と椎名先輩はある同盟を結んだ。それは俺が椎名先輩にあれやこれやの不祥事を働いた事を黙ってもらう変わりに、俺は椎名先輩のBLオタクを口外しないというものである。その為、例え友人の順平だとしても俺と椎名先輩の関係がバレるわけにはいかないのだ。
とまぁそういうわけではぐらかしたのだが……なにやら順平が胡散臭いものでも見ているかのような顔を俺に向けている。
何故だ、何故疑われる……。俺の渾身の演技で完璧にはぐらかしたはずだぞ……。
エレガントでビューティフルに振る舞ったはずが疑いは晴れず、俺は笑みを引き攣らせて狼狽する。
順平はそんな俺に疑惑の視線を向け続けるが、彷徨う俺の視線はそれと一切交差しない。
やがて観念したのか、順平がため息をついて先に折れた。
「……まぁそれもそうでござるな。深入りしてすまぬ……」
「……お、おう、それでよろしい」
「…………」
「…………」
「…………」
あれ……なんか、気まずくね……?
よくよく考えてみれば俺、順平、椎名先輩の面々で会うのは初めてであった。と言っても俺と順平は友人なので何とかなる……が、問題は椎名先輩だろう。椎名先輩は一つ上の先輩であり、皆の憧憬となる風紀委員長だ。そんな大物を相手にしてしまえば、パッションオタクを貫き通そうとする順平が黙り込むのは明白。しかし、俺は知っている。順平がこれまでに隠してきた、本当の裏の顔を……!
俺は隣に座っている順平の耳に口を近づけ、小さい声で場の空気作りを促した。
「(お、おい! お前の本来のコミュ力なら椎名先輩と会話するぐらい余裕だろ!)」
「(な⁉ 馬鹿を言うでない、賢人氏! 僕はオタクに魅入られ、オタクを愛し、オタクとして生きる者! ここで饒舌になってはオタクの名が廃るでござる!)」
「(捨てちまえ! そんなプライド!)」
流石はパッションオタク、驚く程ぶれない。もはや安心すらする。
俺は順平の芯の強さに感心し、けれども使い物にならないと見捨てた。
……そうなると、残された道筋は俺だけか。
俺は横目でチラリと椎名先輩を見る。
椎名先輩は依然として海ではしゃぐ楓達を見据えていた。その表情からは一切の感情が読み取れない。
こちとら椎名先輩と変な同盟を結んでいたり、BLオタクという一面を知っているせいでめちゃくちゃ絡みづらいのだが、この人はそんな事など一切気にしてないのだろう。
俺は勝手に気まずくなっている自分が恥ずかしくなり、パンッ! と両手で頬を叩いていつも通り順平と会話をしだした。
「なぁ順平。綾乃さんついて、どう思う?」
「どう思う、とは?」
「そりゃ……俺との関係についてに決まってるだろ」
「ほぅ、まぁ一言で表すなら……エロいッ‼」
「お前に訊いた俺が馬鹿だったわ」
順平の馬鹿みたいな発言はいつもの事なので、俺は平淡に受け流す。
だが順平はギロリとした目を俺に向け、冗談ではないとよく分かる低い声音で続けた。
「いやいや待つでござるよ。普通に考えて一度に二人の女性、それもお互い同意の上で愛される事など滅多にないのですぞ? ハーレムなんですぞ? 大体大抵は修羅場るか、女性同士で相互認証破壊が起こるかで……う゛っ……トラウマが……」
順平はガクッと崩れ、分かりやすく顔色を曇らせる。
「お、おお……大丈夫か……?」
「フッ……安心するでござる……、僕はこの通り──オ゛ロロロロロロッ……‼」
「吐いた⁉」
順平は項垂れ、虹色の土砂物を嘔吐する。
俺は順平の背中を摩り、土砂物を片付けながら心配した。
「ったく、本当に大丈夫かよ……。いやまぁお前のトラウマを掘り起こした俺が悪いんだろうけどさ……」
「いいや、賢人氏は悪くないでござる……。そんなことよりも、綾乃さんについて……でしたな?」
「ん、ああ。そうだったな」
順平は遠い目で雀を見つめ、告げた。
「正直悪ふざけなしで言うなら、大変魅力的だなと。顔は神、スタイルも神、内面も神。性格に難ありといえど、学校中の男子が付き合いたいと思ってるでしょうな」
「そ、そんなになのか……?」
俺からしてみれば、彼女がいると知っても尚しつこく粘着してくる悪質なストーカーだ。どれだけ顔やスタイルや内面が良かろうが、俺は雀をそんな目で見れない──そう思った矢先、突如脳裏におっぱいに現を抜かす過去の俺の姿が。
……ウン、ソンナ目デ見テナイナ。
その言い分は無理がある、と本音で思う中、順平は雀に指を差して示し、語りを続けた。
「ほら賢人氏、見てみるでござる。楽しそうな笑顔で友達と戯れる綾乃雀の姿を。そして豊満で贅沢で無駄のない、もっと詳しく言うと胸に付いた二つの巨大なおっぱいを──!」
「おいこら後半」
「おっと、これは失敬。ですが、学校中の男子があの胸に惹きつけられているのは紛れもない事実なのですぞ? ……まぁと言っても、今日の綾乃氏の水着は露出が少なくてあまり説得力がないですが……」
「は? おいおい……お前は何も分かっちゃぁいない!」
「うわ出た。胡散臭い賢人氏」
ドン引く順平に構わず、俺はキザな様子で陳ずる。
「まず綾乃さんが水着の上に着ている……アレ! アレは俗に言うガウンだ。普通は日焼け防止や身体のラインを隠す為に用いられる……が! 逆にあのガウンが綾乃さんのおっぱいを極限までに魅せているッ!」
「み、魅せている、ですと……? いやはや、僕にはこれっぽっちも──」
「──ならばお教えしよう! ほら! 括目しろ! あの透けるおっぱいを! そして覗くのだ! 垂れるガウンが織りなす、あのカーテンを! その裏側をッ‼」
連ねて豪語。巨乳性癖を刺激され、興奮も頂点に達して身震いを来す俺。
そんな俺に倣うように、順平もまた息を荒くし、目を瞠った。
「おお! 言われてみれば確かにですな! もっと! もっと教えてほしいでござる‼」
「おうおう! あたぼうよ! じゃあまずは綾乃さんの──」
そこまで口にして、俺は止まった。
特段、我に返ったというわけではない。今だって興奮している。……ただ、何故か、胸がざわつくのだ。
何だ……このモヤモヤは……。
……分からない。けれど、身体が嫌がっているというのは即座に分かった。
「──あ、いや……やっぱ言うの止めるわ」
「え、寸止め、ですと……?」
「男相手に寸止めするわけねぇだろ。……ただ、魔が差しただけだよ」
ニヤリと、順平の口角が上がる。気に食わない、いやらしい笑みだ。
「ほほーう? もしや賢人氏、綾乃氏に独占欲を抱いているでござるなぁ?」
「なっ⁉ そ、そんなんじゃないって!」
「いや~気持ちは分かりますぞ? 僕も推しのフィギュアを他人にベタベタと触られたら嫌ですからなぁ」
「いろいろ言いたいことあるけど、それとは絶対違うわ!」
「うむうむ、分かりますぞ~分かってあげられますぞぉ~!」
「……ッ、あのな、いい加減人の話を──」
揶揄いが止まらない順平に、俺は徐々に怒りが込み上げてくる。次第にその憤りは限界を迎え、憤怒。
「──聞けぇいッ‼」
「ブゴフッッッ‼」
俺は順平の脳天に、文字通り鉄槌を食らわす。
順平はそのまま白目をむいて倒れ込む。どうやら気絶したみたいだ。
「……ったく、そこで反省しとけアホが」
そう吐き捨て、俺は楓達の喧騒に目をやり、波の音に耳を澄ませた。すると横の方からなにやら視線を感じる。
ドン引くような、半ば驚愕交じりのその視線の主は……椎名先輩だった。
「貴方達……ッ」
「! あ、えっと、そのぉ……」
風紀委員長の真横で、友人相手とはいえ暴力沙汰や卑猥な話を起こしてしまったことを俺はそこで初めて自覚し、冷や汗を流す。言い逃れは出来ない。確実に説教をされるだろう。
俺は覚悟を決め、目を瞑った。
しかし以外にも椎名先輩から発せられた次なる言葉は険を纏っておらず、それどころか──
「ほんと……何やってるのよ……」
──普通に呆れていた。
あ、これ大丈夫なやつだ。
俺は緊張から竦めていた肩を下ろし、変な笑みが漏れる。
「は、ハハ……お見苦しいところを見せちゃいましたね……」
「お見苦しいというか痛々しいというか……まぁいいわ。それよりも、少し貴方に用があるの」
「はい? 用、ですか……?」
他でもない風紀委員長からのこれまた意外な頼みに、目を丸くして戸惑う。
椎名先輩はそんな戸惑う俺を見て、不敵に一笑し、告げる。
「ええ、そうよ。貴方にしか頼めない、同盟を結んでいる貴方だからこそ可能な頼み事。言うなれば、そう──二人だけのシークレット任務よ」
「ふたりだけのしーくれっとにんむ……?」
胡散臭さ満載のその響きに、俺は首を傾げるのだった。
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