第29話

「……みんな、知ってる?」


5時間程かけ煮込んだ熱々のビーフカレーを4つのお皿に盛り付けていれば、後の冷蔵庫から卵を取りだしている相手が問いかけてきた。


リビングルームにある窓から覗く空が、うっすらと白んできている。


すべてのカレー上へ器用に卵を落としていくダイが鳴らす、殻を割るときの独特な音が、いつもより重たく聞こえていた。




「なに?」


「オダマキの、花言葉。」


「……花言葉?」


「オダマキっていう、花があるんだって。それの、花言葉。」


数時間前に仕事を終え帰宅したハヤトと肩を並べソファーに座るきーちゃんは、話に加わることなどないまま、視線だけを寄越している。


ここにいる大人、その全ての表情は歪みながらも、力が抜けていた。






それは、ぐつぐつと窪み熱を与え続けている鍋の動きが生き物のようだった、一時間前。


長く重くこびりついた錆のように、解放や自由とは無縁だった、私たちの人生に。


終止符を打つため行った話し合いのおかげ、なのだろう。







「……なんて、言うの?」


「オダマキにも色があって、これは紫のやつらしいんだけどね。」


「うん」


「勝利への決意、必ず手に入れる…らしいよ、マリさん。」


「……それは、オダマキの約束に、相応しすぎるね。」




静かに微笑むダイが紡ぐ言葉に、ただ、涙をこぼした。

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