第37話
「あーっ!!!!!!」
「……ちっ」
とある昼下がりの、長閑な店内。cocoにあるいつものカウンター席で、芽衣と肩を並べて座っていた。
ところに、届いた大声。
悲鳴に近いそれに肩がビクリと跳ねた。マスターお手製のサンドイッチが、ぽとりとお皿に落ちる。
間抜けなそれらと相反して、芽衣の眉間には深く濃い皺が刻まれた。
折角のバイト休憩中なんだから、もうちょっとハッピーに過ごそうか。芽衣さん。
なんてアドバイスが芽衣に伝わる筈もなく、逆に掻き消されるよう重いため息が落ちた。言わずもがな、芽衣の口から。
「ちひろさん!ですよね!?やっと会えたラッキー!ほら見ろ来てよかっただろ?」
「うるさ」
「他のお客様に迷惑だから永遠に黙って」
「2人とも相変わらず手厳しっ」
芽衣からの暴言をあっけらかんと笑い飛ばすひとり、数秒前の大声の主がダダダダダッと駆け寄ってくる。大きな両手で左手を捕まれ、大袈裟な握手を求められた。
というより、なす術もなく揺らされる。大縄跳びの縄みたいな動きにバランスを崩しそうになった。落ち着こうか名も知らぬ君よ。ちょっとお姉さんキレたいよ?
芽衣と同じ制服を確認して、芽衣の同級生なんだと理解する。そしてきっと芽衣の知り合い……というより、
「初めましてちひろさん!俺、芽衣くんと同じクラスの端本です!以後お見知りおきを!コイツは田所っていいます!」
「どうも。」
友だち、らしい。
それもきっと、分かりにくいけど、仲の良い。
芽衣に首根っこを捕まれ、私から離されていくハシモトくん。控えめにも、微笑んでくれたタドコロくん。
なんだか嬉しくなった私は、零れ出てしまう笑顔のまま「こちらこそ」と会釈してみた。
「ハニートーストとココア。生クリーム乗せで。」
芽衣以上にクールでマイペースなのか、早速マスターに注文していくタドコロくん。にしても随分と甘党だね。どこかの美顔和菓子LOVEくんを思い出したよね。
戻ってきた芽衣の奥に、タドコロくんとハシモトくんが並んで座った。ニコニコと愛嬌たっぷりに見つめてくるハシモトくんに、戸惑いつつも苦笑する。
「芽衣にも友だちいたんだね」
「まっすぐディスってくんなよ」
失礼。ごほん。
でもね、私だけの疑問じゃない気はしてる。
この数分で疲れきった芽衣にこっそりと告げれば、遠慮なく睨まれた。私もやっぱり、浮上しているテンションらしい。正直過ぎたわごめんなさい。
だって芽衣、全然学校での出来事とか話してくれないんだもん。
それは姉として、家族として。
こ、恋人としても。
ほんの少し、寂しかったから。
気になってて、心配だったから。
芽衣が時計に視線を伸ばす。終わりかけの休憩時間を確認して、渋々と立ち上がった。
「両者とも余計なこと喋ったら切腹」
ワケの判らない忠告を残し、カウンターの中から繋がる“staff room”へと消えて行く。
なんだか面白くなくて、どんな質問攻めを繰り出そうかと悪巧みした。そんな私を見つめてくる、新しい瞳が2つ。
テーブルに肘をつき、手のひらで頬を支えるタドコロくん。優雅なポーズとは裏腹に、とても意地悪く相手は口角を上げた。
そして。
「俺ら、ちひろさんのこと良く知ってますよ」
「え?」
「アイツ、分かり易いから」
貴女の話するときだけ、優しくなるんです。
瞳の奥からそりゃあもう、根こそぎね。
タドコロくんから伝えられた言葉に。
可笑しそうなハシモトくんに。
ひとり静かに愉しそうなマスターに。
身体中の熱が、頬だけに集中した気がした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます