第38話

私は常に、右にも左にも前にも後ろにも、進むことは出来ません。



無論、大それたことなど、何も出来ないのです。



…代わりに、無力な私は、ずっと、見守っていました。



藍色の夜空の中で


黄色いお月様の下で



ベンチ君の上に腰掛ける、優しい女の子を。



公園の外を歩いていた優しそうな男の子を、


全身を使って体を葉を揺らして私の元へと誘い、


貴女の隣に居てくれるよう、仕向けたりもしながら。



ひとり、寂しそうな姿も。


男の子と並ぶ、華奢な背中も。


遠くで花火をする、楽しそうな笑顔も。


緑色の缶を回し続けていた、寂しい両手を。



いつも、見守っていたのです。



私の元へと足を運んでくれる度に、祈りを捧げながら。



どうかどうか、優しい貴女が、幸せになりますように、と。



どうかどうか、優しい貴女の心が、救われますように、と。



私の思惑通りに女の子の隣にいてくれる優しい男の子に、


葉を揺らして声援をおくり、


ただただ、ずっと、願っていたのです。



貴女が私の元から去って行く度、同じ言葉を唱えていたのです。



いつか、また。かならず、ここで。



何度も何度も、繰り返していたのです。



…けれどそれも、どうやら今日が、最後のようです。



きっと、もう二度と、ないのでしょう。



私が、優しい女の子と会うことも。


優しい女の子と、優しい男の子が、会うことも。



これから先の未来には、訪れないのでしょう。







けれど…もし、いつか、また会える日が、あったなら。



優しい貴女が、私の元に来てくれる日が、あったなら。



私はまた、全身を使って体を葉を揺らし、感謝をおくるのでしょう。



これは、そういう、エピソード。



何百年何千年生きてきた私が、


これから先、何百年何千年も忘れられない、


優しさをもらった、エピソード。

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