優雨と太陽
第16話
意識を別の場所へと張り巡らせ呆然とする大人を放置し、星耶くんが帰った後。
疲労が溜まった身体でも、呑気に睡眠を貪れるほど、私の神経は図太くなかったらしい。
どうせ寝れないなら、と時刻が午後を過ぎた頃、ほっぺと共に散歩に出てきていた。
「……なんで?」
「ん?優雨さんにGPS埋め込んどいたの。」
「微妙に洒落っぽくない冗談で笑えない」
「分かった。もっと精進するね。」
その道中、部活終わりにも関わらず、相変わらずな貴公子っぷりを全身に纏わせた相手と出会す。
1歩間違えなくても狂気さしかない発言でも本格的な恐怖を感じないのは、太陽くんならではが持つスキルだなと思った。
短い歩幅。ゆったりとしたスピードに合わせてのんびりと進む相手の足元へ、ちぎれんばかりに尻尾をふるほっぺが擦り寄る。
「……覚えてる、優雨さん。」
「え?」
「俺と優雨さん、あそこで出会ったんだよ」
そんな愛らしい行動を許されたほっぺを、抱っこして。
太陽くんは、均一な距離を置いて設置された幾つかの長イス、休憩所を人差し指で示した。
「……覚えてるよ」
「あのときの優雨さん、カッコよかった。すぐ惚れたもん。」
「……太陽くんは、変人だからね。」
「えー。優雨さんひどー。」
『…………どうしたの?傘は?』
『無い、です。』
『雨宿り?』
『はい』
『……その子、は?』
『……ここに来る途中の道に、ダンボール箱といっしょに…』
『……そっか。』
数週間前、眉を下げ〝ナニカ〟を抱えて。
酷く濡れた〝小さな犬〟を守るよう、ひとりぼっちで屈んでいた男の子を思い出す。
自分が濡れること、濡れ続けていることなんて、気にも止めない様子で。
「あのとき、ほっぺをブレザーで包んで涙目だったね」
「だって、死んじゃうんだと思ったから……しかも、俺の妹、犬アレルギーだから連れて帰れないし」
「うん」
「だからそのとき「分かった。私の家で責任もって育てる。だから安心して。大丈夫。」って必死で頷いて説得してくれた優雨さん、すごかった。神様だと思った。」
「大袈裟」
「そんなことないよ。今もこうして、その言葉通り、大切に育てくれてるし。ねー、ほっぺ。よかったね、優雨さんと出会えて。」
「ワン!」とほっぺが声を弾ませる。
「そうかそうか~」と、太陽くんが目尻を下げ優しく微笑む。
それは、この上なく暖かな光景。
それでも、それなのに。
笑えない私は、たぶん、何処かがおかしいのだろう。
『太陽!どうしたんだよ!いきなり電話で助けてっ……て、』
『あ!星耶、ごめん!もう、解決した……って、そんな固まってどうしたの』
『…………悪い、太陽。もう、大丈夫なんだよな?』
『え?あ、うん、』
『じゃあ、俺は帰るから。』
『星耶?』
思考の片隅で、7年ぶりに再会しても、ろくに取り合うこともなく背中を向け去っていった男の子を、思い出す。
正しい対応を、望んでいた態度をぶつけてきただけの星耶くんに、心臓が軋む私は、やっぱり、馬鹿なのだろう。
打って変わった強気な態度で、際限なく憎悪を向けてきた朝の星耶くんを思い浮かべれば、苦しさは増すだけで。
「……ねー、優雨さん。」
「……なに?」
「手、繋いでいい?」
「……だめ。」
「けち。」
過去の自責に溺れる私をさり気なく、現実へと引き戻すよう。
長閑な雰囲気で優しい声を出す相手に、首をふった。
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