第18話
真冬の校内は、何故こんなにも寒さを染み込ませているのか。
まるで拷問のような仕打ちで出来ている建物は、昔から…それこそ子どもの頃から不思議に感じていたけれど。
「先生」
便利化が進む社会の仕組み、そのひとつである自動販売機で購入したメロンパン片手に歩いていれば、後ろから呼ばれてしまった。
仕方なく、のろのろと振り返り立ち止まる。
小走りで駆け寄ってくるのは、聞き慣れた声の主。
「なんだよ」
「ごはん、それだけですか?」
「ああ」
「体に悪くない?」
「クリームパン持ってるやつに言われたくねえわ」
「口悪い」
「慣れたもんだろ」
「……………」
上の階からは、たくさんの足音や話し声の残像が響いてきていた。
この場所では正しく敬語を扱う相手な筈なのに、誰もいない辺りに気が抜けたのかいつもの淡々とした態度を晒してくる生徒が目の前にいる。
いつも、どこか苦しそうにしか笑えない、哀しい子どもが。
「……てか、こんなとこでぶらぶらすんな。さっさと行かねえとあいつら心配するんじゃねえの」
「大丈夫だよ。いつも、こんなペースだから。」
「あっそ」
頭の中に、もう何千回何億回とリピートされる“過去”で埋め尽くされそうになった思考を、無理やり振り切る。
変わりに思い出した相手の習慣を指摘すれば、開いている左手でブレザーのポケット探り、小さな紙切れを取り出した。
ゆっくりと伸ばされる腕、視線で訴えてくるそれを読み取り、白い正方形を受け取る。
記されているのは、きっと、明日の予定。
行動する未来の、手掛かり。
「……さんきゅ、かよ。」
「………………」
「……なんだよ、何か言え。」
「……しょーちゃんらしいね?」
「は?」
「ここで、お礼を言うのが。」
「………………」
情報は、無くさないために、すぐさま自分のポケットにしまった。
そして、変わらず佇むかよに顔を向ける。
数秒の沈黙の後、呆れたように笑いながら屈んだ彼女は、そのまま膝に顔を埋めてし まった。
小さなシルエットに、心臓は軋む。
まだ、軋むことができる心臓に、安心した。
「……かよ、」
「しょーちゃん」
「ん?」
「れもんキャンディー、ちょうだい」
「無理。昨日、ストック榊にやったから。全部。」
「……私が欲しかったのに。」
「わがまま言うなよ。榊に貰えばいいじゃん。」
「いつだって、れもんキャンディーの、棒付きが。私の支えだって、知ってるくせに。」
「うん」
ぽつりぽつり、消えそうな声色で呟くかよと同じ視線に屈む。
華奢な肩は、腕は、手のひらは、ずっと、震えていた。
「最低」
「そうだな」
「しょーちゃん、最悪」
「悪かった、ごめん」
「………………」
「かよ?」
「………………」
「………………」
「……本気で、する、の?」
「ああ」
「……そっか。」
それっきり、口を閉じ続けてしまった彼女の頭に、そっと、手のひらを乗せる。
かよからの反応は、なにもなかった。
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