かつて憧れた陰キャ美少女が、陽キャ美少女になって転校してきた。

エース皇命

第1話 陽キャになったとか聞いてない

 高校2年の春。


 とんでもない美少女が、俺のクラスに転校してきた。


 その女子生徒は太陽のような明るい笑みで2年1組の教室に入ってくると、担任に自己紹介を促されて、こう言い放つ。


静野しずの清衣すいです。趣味はスタバの新作を飲むことです。よろしくお願いします」


 その自己紹介を聞いた瞬間、雷に撃たれたかのような衝撃が走った。


 趣味がスタバの新作だとかいう発言がウケ狙いなのか、それとも本気なのか。

 確かにそれも気になるが、俺が驚いたのは別のところだ。


 ――静野清衣。


 忘れられるはずのない、俺の人生において最も重要な名前。


 この名前に比べれば、織田信長とかジョニー・デップとかいうのは、ただのモブの名前に過ぎない(あくまでも個人の意見です)。


 かつて俺が憧れた女の子。


 今の俺を形成しているもののほとんどは、彼女に影響を受けた何か・・だ。それ以上でもそれ以下でもない。


 憧憬の少女、静野清衣は俺の目標であり、心惹かれる存在だった。


 自己紹介を終えた清衣は、雲ひとつない青空みたいな笑顔を振りまきながら、指定された自分の席に歩いていく。


 残念ながら、美少女転校生と席が隣、なんていうラブコメ主人公みたいな展開にはならない。

 彼女が腰を下ろしたのは俺の席の隣の隣の列。さらにはそこから2席前の位置にある。


 遠いわけではないが、近いわけでもない。

 なんとも微妙な距離感。


 男子のクラスメイトたちは皆、彼女の眩しさに目を細めた。


 明るく、流行に敏感で、可愛くて、笑顔。


 絵に描いたような陽キャ美少女の転校生。

 多くの男子生徒は歓喜しただろうし、女子生徒は憧れの念を抱いたか、嫉妬したかのどちらかだろう。


 とにかく、この教室に現れた静野清衣は陽キャ・・・だった。


 そして――。


 俺の知る、憧憬の静野清衣は陰キャ・・・だった。


 周囲なんて眼中になく、自分の好きなことに正直で、オタクっぽいところもあって、内向的で、人前に出るようなことなんて望まない。


 それが俺の知る静野清衣だ。


 ボッチだったとしても、むしろその状況を楽しんでおり、自分の作り上げた綺麗で素晴らしい世界の中で、孤高に生きている。


 それが俺の知る、静野清衣だ。


 最後に会ったのは中学3年の11月だった。


 せっかく距離が縮まったかと思っていた矢先、彼女は突然転校し、姿を消したのだ。

 連絡先も知らなかった。きっとSNSなんてやってなかったんだろう。今の時代、わざわざ電話番号とか聞かないだろ?


 そして今日。


 およそ2年ぶりに会ったかと思えば、陰キャから陽キャへと変わっている。


 彼女に憧れ、高校で陰キャ・・・デビューを果たした俺は、なんとも言えない喪失感と絶望を同時に感じていた。




 朝のホームルームが終わると、クラスメイトはすぐに転校生美少女を取り囲んだ。


 そりゃあそうなるよな。


 誰もが予想していた展開。


 俺は陰キャだから動かないにしても、普通は気になるものだろう。

 美少女であろうがなかろうが、陽キャであろうがなかろうが、転校生がやってきたのだ。


 新学期に盛り上がることリスト上位のイベントである。

 しかも、そのイベントの発生度は結構低いので、転校生イベントが発生したというだけでかなり貴重レアだ。


 それに加えて美少女と来た。


 SSRイベントだね、これは。


『ねえねえ、静野さんはどこから来たの?』


『静野さんって彼氏いる?』


『清衣ちゃんって呼んでいい?』


『静野さん処女?』


 最初の質問は女子、その次も女子、3つ目は男子、最後は野球部の変態だ。


 かつての彼女であれば軽く無視していたかイエス・ノーで答えていたかだろうが、新しい静野清衣は笑顔で丁寧に回答していく。


「中学の終わりに北海道に引っ越して、戻ってきたんだ」


「彼氏はいないよ。今、絶賛募集中かな」


「好きな呼び方でいいよ。でも、名字呼びより下の名前で呼んでくれた方が嬉しいかも」


 どれも回答としては模範的だし、敵を作らない、確実なもの。


 会っていない2年でコミュニケーション能力が大幅に上がったことは間違いない。

 すごいとは思うが、なんか違う。


 俺が好きだった清衣は、もっとこう、なんというか、周囲の対応なんて気にしていなかった。


 ちなみに、野球部の変態からの質問は無視したらしい。

 当然っちゃ当然だ。


 いろいろと疲れているであろう転校生への配慮や気遣いの欠片もないクラスメイトたち。


 その後もポンポン質問を投げかけていくが、さすがの清衣も答えるのがめんどくさくなったのか、いきなり席を立ち上がる。


 さっと見た感じ、身長はさほど伸びてなさそうだ。

 160センチないくらいか。


 前と変わっていないところを見つけて、ほんの少しだけ安心する。


 安心したのも束の間、僅かに気を抜いた俺が息をこぼしていると、クラスメイトの視線が一気に俺に集まっていることに気がついた。


 なんだなんだ。


 俺はただのボッチ陰キャであって、このクラスで注目されるような言動をした覚えはない。


「カズ君……わたしのこと、覚えてる?」


 すぐに答えがわかってしまった。


 清衣は俺の席の前に立っていた。

 あの頃とは違う、眩しすぎる笑みを浮かべながら。


 男子生徒から向けられる嫉妬の視線。そして女子生徒からの好奇心の視線。


 だが、安心してほしい。


 俺はこのクラスで1番の陰キャだ。


 中学の頃は陽キャだったという忌々しい過去を捨て、この神青しんせい高校に生粋のボッチ陰キャとして入学した。


 だからこそ、こういう時、どう対応すべきかは心得ている。


 俺は周囲にバレない程度の深さで呼吸を整えると、静かな声でこう言った。


「ごめん、覚えてない」


 この言葉は嘘じゃない。

 だって、こんな陽キャの静野清衣なんて、俺は覚えてないのだから。




 美少女転校生の人気は昼休みに入るとさらに高まった。


 ピークを迎えたと言ってもいいだろう。


 俺は清衣が多くの女子生徒に囲まれて弁当を食べているのをちらっと確認すると、ボッチ飯を最大限に楽しむために教室を出て中庭に向かった。


 陰キャの青春といえばボッチ飯だ。


 校舎から丸見えで誰も足を踏み入れようとしない中庭のベンチに腰掛け、母さんの手作り弁当を開く。


 誰が見ていようと、見ていまいと、俺はボッチ飯を楽しんでいる。これが高校に入ってからの日課であり、毎日の素朴な楽しみでもあった。


「カズ君」


 そんな神聖な儀式を邪魔したのは、今日の主役、静野清衣。


 四方八方を囲まれていたのに、よく突破できたな。

 陽キャになって戦闘能力まで高まったのであれば、俺の受けるダメージはさらに深くなる。


 清衣は許可も取らずに俺の隣にちょこんと座り、グイグイとパーソナルスペースに侵入してきた。


 適度な距離感とかいう概念はないらしい。


「どうしてさっき、覚えてないって嘘ついたの?」


「……」


「なんでボッチ陰キャのふり・・をしてるの?」


「……」


 真剣な表情で聞いてくる清衣。

 かつては重かった前髪。今ではシースルー前髪のミディアムボブだ。それにちょっと茶色っぽく染めている。


 ナチュラルメイクとかはしているのかもしれないが、顔自体は変わってない。よかった。


「答えてよ」


 少しずつ距離を詰めてくる陽キャ美少女。


 俺がその質問に答えることはなかった。

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