(独自の解釈で、掌編を書いてみた。長いので注意)
「(ガバッ!!)
……はぁ…はぁ……まただ。
またあの夢。合せ鏡の迷路から、逃れられない夢……」
のそのと体を起こし、冷えたミネラルウォーターを流し込む。
あの、前を向けど後ろを向けど。
右も左も上も下も、開かれているようで(実は)閉ざされていると……分かったときの絶望の味。
暴力的な闇の蠢動に、一方的に蹂躙されていた、幼き私の幻影が。
合せ鏡の間で残響として焼付き、未だに消えてくれない。
「あは……ははは……もうやだ……いつになったら逃げられるのかなあ……」
床にへたんと座り込み、乾いた笑いを浮かべるも。
冷蔵庫のノイズと、冬の寒気が染み出してくるような、静寂があるのみだ。
ーーー始まりは少女時代。
実父が事業に失敗、借金で行方をくらました。
私と母だけが、ただ赤貧の中に残された。
しばらくして母は、富裕層の義父と再婚した。
生活の質は上向き、義父の援助で私は、高校・大学を卒業、就職した。
ーーーただこれだけの話なら、どれほど良かったろうか。
あれは、私が小学6年生の夜。今みたいな、悴む季節の布団の中だった。
『〇〇もお母さんに似て、綺麗になってきたね。
でも、美人で居続けるには、ちゃんと努力と訓練も必要なんだよ。
今日から、お義父さんが訓練してあげるね。』
私は義父に感謝していたし、家族としての好意も芽生え始めていた。
その矢先、初めて布団に潜り込んできた義父に、激しく驚きと戸惑いを覚えた。
ーーーそれからは頻繁に、義父の太く、節くれだった蛇と「訓練」をする事になった。
蛇に触れ、おぞましい脈動に怯え、透明な油を鼻先で吸い込んで。
挙げ句は白の毒液を手や顔で受け止めて。
そして私が、本格的に巻き付かれて、締め上げられて、散らされてしまった日。
純然たる苦痛と屈辱。声を上げるとぶたれるから、押し殺してすすり泣いて。
涙さえ枯れ果てた瞬間に、確かに「それ」を見たんだ。
銀色の私のクローンが浮遊していて、のしかかっている義父と私を、虚空に浮かんだまま、見下ろしているのを。
ーーーああ。義父との「訓練」のおかげで、幽体離脱できるようになったよ。
うれしいなあ。うふふ。あはは。
ねえ、いまならじゆうに、そらだってとべるのに。
なんであわせかがみのそとには、とびだしていけないんだろうなあ。
うふふ。えへへ。ああ、ゆれてるよ。わたしのからだ。
きょうもゆれてゆれて。きいろくにごったゆきに、よごされてしまったね。
それが、しょうじょじだいのおわりのはじまり。
雪の夜が寒くて、本当に良かったと思っている。
あのケダモノの体温が、近くにないと分かるから。
雪景色に包まれて、あたり一面が塗り潰されるような寒さに、安堵を覚えるようになったのだ。
「あー……うー……」
あの蹂躙された夜は、うめき声さえ出せなかった。
でも今は、自分の意志で呻いている。
雪男のように、足跡だけ残して消えた実父。
私が被害を訴えても「秘密にしていなさい」と凄み、耳を貸すことのなかった、冷血な母。
そんな私は、雪男と雪女の落とし胤なのかもしれない。
ふと、蒼い月の光が、窓の内へと差し込んできた。
『屋外特訓だ』と言われて、夜の公園で汚されたときも……月光がやけに、青白く見えていたんだよなあ。
部屋の上空に、また幻影が見える。
銀色のもうひとりの私が、今度は切り刻まれた姿で浮遊している。
義父だけではない、様々な傷跡。
親友との仲を壊してしまった傷、面接に落とされまくった傷、仕事で大失敗した傷、彼氏たちと上手くいかなかった傷……
その中でも、母に裏切られた傷が大きい。
ーー在りし日の優しかった母の顔。
ーー良き母を演じる、よそ行きの顔。
ーー義父に媚びて、私を生贄に差し出した顔。
あの3つの顔を持つ母は、ケルベロスが相応しい。
地獄から逃げたかった私を、無理やり閉じ込め続けた門番よ。
人は、己の人生を駆け続けなくてはいけない。
社会人になってから数年、同性の友人たちとは上手くやれている。
仕事も、前よりも面白くなってきたし、稼ぎもちょっと増えた。
そのお金で観光地を回った。時に一人で、時に仲間と。
合せ鏡を閉じるように人生まで閉じるには、まだ早い。
でも、恋愛だけはどうしようもない隘路。
眩しい勇者に見えた、今までの彼氏たちも。
私を合せ鏡から、連れ出してはくれなかった。
いざ、ベッドで愛し合おうという段階まで来て。
合せ鏡から染み出したトラウマの淀みが、行為を完遂させてはくれなかった。
それで別れて、を繰り返すような、鏡の迷宮。
あの過去最大のトラウマは。
皮肉にも、母の言いつけどおり、誰にも言えないままで。
合せ鏡の中に眠り、今も小さく反響し続けている。
不正がバレて、義父が逮捕されようとも。
母がまた、(半グレ風の)別の男と蒸発しようとも。
今の私の半生を、もうひとりの銀色の私が、客観的に例えるなら。
『美しい悪夢』
悪夢を閉じ込めたまま、それでも人生は開かれていく。
ああ。
あの雪と血と白濁と腐臭にまみれた、おぞましい追想を蹴り出して。
合せ鏡だけを、もう一度閉ざしてしまいたい。
私は今でも。それができる勇者を、密かに待っているのかもしれない。
それが、叶わぬ願いだっていい。
鏡が割れたとき、底に希望の落とし胤が、残っていますように。
(完)
作者からの返信
まず、ギフトありがとうございます。
さらに、
サポーター限定近況ノート「ステンドグラス」まで、
ご覧いただき、嬉しいです。
極め付けは、詩「合わせ鏡」を、
美しく脚色してくださった掌編、
感謝いたします。
素晴らしい出来映えの掌編ですので、
二次創作というんですか、
そういう形で、ご発表されては?
もちろん、無理強いではありません。
私には、こんな掌編は書けないので、
このコメント欄に収めておくには、
もったいないな、
それくらい感動いたしました。
引き続き、応援していただけますと、嬉しいです!
編集済
コメント失礼いたします❀
2回同じく繰り返すところが、合わせ鏡に映る自身の口パクにも思えて、拝読を進める内にどんどん世界へ入ってしまいました。
特に最後のひとかたまりが好きです。
「閉じてくれませんか?」の思い。私の解釈が違うかもしれませんが、本体の自分一人だけ動けばいいのに意に反し開く鏡の中の口への絶望、消え入りそうな悲痛の声を感じました。
「誰か」「合わせ鏡」に挟まれた言葉が、行き場なく空間へ反響するような、終わりなき世界感にも魅せられます。
入口は簡単なのに、戻るのは困難な迷宮地獄の鏡。不思議で素敵な詩をありがとうございました❀
作者からの返信
迷宮地獄というお言葉。
大変うれしいです。
リフレインを多くして、
合わせ鏡の世界観を再現しようと努めました。
最後の一連は、
「閉じてくれませんか?」という思いと、
「閉じてくれないでくれ!」という真逆の思いが、
交錯しながら渦巻いているのかもしれません。
丁寧な読解をしてくださり、
ありがとうございます。
端正で妖しい歌のような詩ですね。建石修志のイラストを添えたいような…
作者からの返信
「端正で妖しい歌のような詩」。
詩人の紅瑠璃さんに、褒めていただけるなんて、
最高に嬉しいです。
ありがとうございます。
おはようございます。深くて、綺麗ながら、だからこそ残酷にも見える情景が浮かびました。合わせ鏡の中には自分を映す他人が居るのでしょうか。他人が時に自分を苦しめてしまうけど、誰かという他人に助けてほしいと思う、自分も居る。そのように解釈してみました。
作者からの返信
おはようございます(といっても現在、昼すぎですが)。
合わせ鏡の中の人物は誰なのでしょうね。
私であり、貴方であり、誰かであり。
丁寧に読んで下さり、
ありがとうございます。