第38話 二人でお茶を―彩りの午後に
「ちなみに、二人の運命の色を知りたい場合は、一つの飴を二人で選ぶそうです」
「ふふ、そうなんですのね。ここは、カレデッツ少尉の提案に従うべきかしら?」
弾んだ調子で言ったのは、恐らくリファイアードのことを心配しての言葉だと察しがついたからだ。
あまり雑談が弾む性格でないことは、部下たちも充分承知しているのだろう。婚約者と他愛ない話をして親交を深めてほしいと願って、二人の運命の色を知る方法も口にしたのだと予想がついた。
リファイアードは肩をすくめて、「まあ、そんなにたいそうなことではないですからね」とうなずく。部下の願いをむげにすることもためらわれたのだろう。
ロルブルーミアはにこりと笑って、「それでは、どの飴がよいかしら」と水を向ける。
とはいえ、二人ともそこまで真剣にこの占いに臨むつもりはなかった。
だから、二人のちょうど真ん中にある飴を指したのも自然な流れと言えるだろう。お互い、それが最も無難な選択だとわかっていたのだ。
ロルブルーミアは「この飴ですわね」と言って、手のひらに飴を乗せてゆっくり包みをはがしていく。
果たしてどの色が現れるのか、確かに何だかわくわくするような気がした。
「――これは紫の飴ね」
葉の上に現れたのは、透き通った紫色だった。紫水晶を思わせるような、深い紫色は見間違えるはずもない。
五色の飴という触れ込みなのだ。それぞれの色ははっきりと識別されているのだろう。ロルブルーミアは、しげしげと紫の飴を見つめる。
「とてもきれいな色をしているわ。何から色を取っているのかしら。葡萄なら、皮も煮詰めているのだと思うのだけれど」
「ええ、葡萄が原料だったはずです。赤は木苺で白は薄荷――緑は
「ええ、もちろんですわ。四ツ草は止血や火傷によく効きますのよ。花壇でも育てようと思っているところですし――善豆草は小さくても可憐な青い花を咲かせますわ」
目を輝かせて、それぞれの植物について力説する。
四ツ草は香りもよくてパンに混ぜるとおいしいこと。善豆草は初夏に青い花を咲かせること。
種まきの季節や開花の時期、けがの手当ての仕方など、頭に浮かんだものを次々口にする。
リファイアードはその様子を、薄らと笑みを浮かべて聞いていたけれど。ロルブルーミアの言葉が途切れた時、ふと口を開いた。
「――赤い糸でない、というのは気にならないようですね」
カレデッツの言葉を思い出したのか、ぽつりとつぶやく。
二人で選んだ、一つの飴。婚約者という肩書で、将来を共にする仲だ。
結びついた糸の色を示すのだとしたら、恋人や伴侶の運命を司る赤がもっともふさわしい。しかし、現実はそうではなかった。
赤い糸。運命の。恋人同士、伴侶につながる。
特に女性が好んで口にする話題だ。憧れや夢想の対象であり、赤い糸が結ばれていることを願う人たちは枚挙に暇がない。
教会で糸守りを配る際、真っ先に減っていくのが赤なのだ。赤い糸がつながってほしいと願う人は数多い。特に女性には関心が高い事柄のはずだ。
にもかかわらず、違う色が出ても気にした様子がないので、そう尋ねたのだろう。
特に隠すようなことでもない。ロルブルーミアは、素直に答えた。
「ええ、そうですわね。あいにく、わたくし赤い糸なんて信じていませんもの」
本心からの言葉だ。お伽噺のような伝説は非現実だとか、そういう意味ももちろんある。だけれど、もっと別の理由が大きかった。
運命の糸。もしも、一本だけ結びつく相手がいるというなら、それはきっと赤ではない。伴侶や恋人につながることは、きっとない。
「わたくしの運命は、とっくに決まっていますわ。この世で一番大事な相手につながるのが運命なら、それは恋人でも伴侶でも結婚相手でもありませんもの」
運命の糸。一人に一本だけ結びつく、定められた相手。それほどまでに強い結びつきは、もうとっくに決まっていた。
恋人や伴侶の入る余地は、どこにもない。ここに生きている理由。世界そのもの。何よりも大事な、世界丸ごとと同じ意味を持つ相手。
「リファイアードさまもそうでしょう?」
誰かの耳に入ることもないだろうから、そう告げる。
二人の間には決して、運命の赤い糸なんて結ばれない。だって、もっと大事なものを知っている。疑いなく思える。何より大事な存在はお互いではないと知っている。
他の誰でもない、オーレオン王国の王子であるリファイアードであれば、きっとうなずく。
運命として、定められた相手がいるなら。人生が決定づけられてしまうような、世界そのものと言えるような。
それほどまでに強く刻み付けられた存在なんて、一つきりだ。このために生きるのだと疑いなく思えるただ一つの理由だ。これが運命でなくて一体何なのか。
閉じ込められた暗闇から救い出して、光の当たる方へ連れ出してくれた時から。
やさしく抱きしめて、ただ慈しみを注いでくれた時から。
降るような愛おしさを与えてくれた時から。
何よりも大事にしたいものは、とっくに決まっている。
「――そうですね」
ロルブルーミアの言葉に、リファイアードは静かに答えた。
意外そうな響きはなかった。当たり前のことを再度口にするような、なじんだ声だった。
それを聞くロルブルーミアは内心でうなずく。具体的な言葉は要らない。大事なものなら、お互い知っているとわかっていた。
自分の人生が、生きる意味が何であるかを知っている。
だって今、自分たちがここにいる意味は一つだけだ。国同士が決めた結婚のために、お互いの国に利益をもたらすため、ここにいる。
家族のため国のために生きると決めた。自分の人生は、強く結びつくのは、大事にしたいものは。目の前の相手ではなく、家族の姿がただ一つの答えだ。
その意味ではきっと、この紫色はこの上もなく正しいのだろう。
リファイアードは一つ息を吐くと、染み入るような声で言葉をこぼす。
「俺の過去も思い出も、全ては父上でできている。わざわざ、運命の糸が何色なのかなんて、気にする必要もありませんでしたね」
「そうですわね。それに、赤は運命の糸だと結び付けてしまうのももったいないと思いませんこと。赤と言ったら、わたくしはお父さまの瞳を思い出しますし――リファイアードさまの瞳と髪も同じですもの」
恋人や伴侶を司る糸だけにその色を与えるなんて、と冗談めかして言う。すると、リファイアードは苦笑に似た表情を浮かべて、それでも軽やかに答える。
「確かにそうかもしれません。俺は、赤と言えばマリーフィルを思い出しますし、父上と過ごした時間の象徴ですよ」
「お二人で訪れた丘だったかしら」
リファイアードの領地であるアルシェには、屋敷と反対の方角に
なだらかな丘は、春になると小さな花で一面が埋めつくされる。春の妖精の靴という言い伝えを持つ、マリーフィルという名の赤い花である。
「ええ。今まで花畑というものが見たことがなくて、俺が思いのほか喜んだからでしょうね。父上もたびたび当時のことを思い出すと言っています」
遠くを見つめるまなざしは、やさしい光であふれていた。父親との思い出をなぞっていることは明白だった。やわらかな、抱きしめたい記憶の内の一つなのだろう。
「そうなんですの。わたくし、花冠を作るのが得意なんですのよ。春に連れていってくだされば、とびきりの花冠を作って差し上げますわ」
家族みんなで過ごした、花畑の風景を思い出しながらそう言った。
リファイアードは「花冠は作ったことがないですね」と返す。その目に映るのは、過去の思い出だろう。
二人はささやかに、互いの持っている記憶をそっと広げて並べていく。
共通の記憶や思い出があるわけではない。それぞれが、自分の大切なものを取り出しているだけだ。
しかし、それで充分だった。どれだけ家族のことが大切で大事にしていきたいのか、隠す必要はない。真っ直ぐ力強く、同じように思っているとわかっていた。
共に何かを分かち合ったわけでもない。同じものを見ているわけでもなく、互いの見つめるものはそれぞれ違っている。
それでも、大事にしたいものが同じ形をしていることだけはわかっていた。
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