第37話 二人でお茶を―甘いお誘い
執務室の応接机の上に、お茶の用意を広げる。
すっきりとした白の陶磁器に、持ち手や縁部分が金色になったティーカップやポット。同じしつらえの平皿には、切り分けたフルトが二切れ。上には乾燥させた砂糖漬けの林檎が乗っている。
「キーレンに教わって作ってみましたの。お好きだと聞いていたので」
応接机をはさんで、向かい合って座るリファイアードへロルブルーミアは告げる。
グライルの話を聞いたあと、キーレンへそれとなく話をしてみると、材料ならあるという返事だったのだ。
そう難しいものではないですから、ということでお茶の時間に間に合うように用意することができた。
「だいぶキーレンに手伝ってもらいましたから、味は確かだと思いますわ。もちろん、砂糖と蜂蜜は多めに」
笑顔で告げると、向かいに座ったリファイアードはいくらかの沈黙を流したあと、緩やかに唇を引き上げる。
「ロルブルーミア姫は甘いものがお好きではないでしょう」と言ってから、面白そうに続けた。
「俺に合わせていると体が砂糖になってしまいそうだ、と言っていたと思いますが」
「ええ、その通りですわ。でも、リファイアードさまには必要なものですもの。最近ずいぶんお疲れでしょう?」
グライルとの会話は、恐らく伝えない方がいいだろうと判断した。隠すことではないけれど、声高に主張するものでもない。
ロルブルーミアにはわからない、部下と隊長、同じ部隊に所属するものとしての関係性があるはずだから、そこに踏み込むことはよしとしなかったのだ。
ただ、心配を伝えることは問題がないはずだと思った。事実として、最近のリファイアードは多忙を極めている。
夜も遅くまで活動しているし、屋敷を離れる時間もずいぶん増えたのだ。体を気遣うのは至って自然なことだろう。
以前のロルブルーミアであれば、こんな気遣いを発揮することもなかった。
リファイアードは恐ろしい王子であり、
しかし、少しずつ言葉を交わしていく内に、リファイアードのことを知っていった。
言葉も少なく無表情に近いけれど、父親に関しては饒舌になること。国王陛下の話がしたくてソワソワするし、ロルブルーミアが一つあいづちを打てば十は返ってくる。
父親を大事に思って、必ず力になるのだと人生全てで決めていること。国のために身を捧げるのは当然だと、迷いなく言い切る。
決して知らない感情ではなかった。それどころか、ロルブルーミアの奥底に宿るものは同じ形をしていた。
リファイアードもそれを察していたのかもしれない。少しずつ、ロルブルーミアへの態度が変わっていく。
ロルブルーミアにもお茶をすすめるだけでなく、話をする時間が増えた。執務室の椅子からから応接用のソファでお茶を飲むようになった。向かい合って話をすることも、今ではいつものことだ。
だから、ロルブルーミアは心配を口にできる。
きっと最初の頃のリファイアードなら、何を言っているのかいぶかしみの目を向けて終わりだっただろう。
しかし、今のリファイアードならきっとロルブルーミアの心配を切って捨てることはないはずだと思えた。
案の定、リファイアードは何とも言えない表情を浮かべている。
ただ、これはロルブルーミアの気持ちを迷惑だと思っているわけではなく、どう反応したらいいかと悩んでいるのだろう。
「甘いものは疲れに効果があると聞きますし――リファイアードさまには特に必要であるなら、しっかり口にしてくださいませ」
心からロルブルーミアは告げる。甘いものは疲れによいのだ、という話は聞いたことがあるのも事実だけれど。それより、薄々思っていることがあったのだ。
リファイアードの甘いもの好きは、もしかしたら単なる
それというのも、ずっと気にしていたことがあった。
リファイアードはあくまでも魔族である。人の血が入っていると予想されているので、多少は違う部分もあるとはいえ、本来は魔力を溜める器官があるはずなのだ。
しかし、オーレオンにはほとんど魔力が存在しない。常に魔力が欠乏していてもおかしくないにもかかわらず、リファイアードは大きな変調をきたしていない。
その理由の一つとして思い浮かんだのが、食材による魔力供給である。
薬香草には遠く及ばないものの、苦味や辛味、甘味や酸味など極端に強い味の食材には魔力を回復させる効果がある。
リファイアードは甘味によって、無意識に魔力を供給させていたから、大きな変調をきたしていないのではないか、と仮説を立てていた。
確証はないものの、状況証拠としては充分である。だからこその山盛りの砂糖と蜂蜜なのだ。
ロルブルーミアの言葉に、リファイアードは二度、三度瞬きを繰り返す。意外そうな、戸惑いを含んだ空気が漂うのは、ロルブルーミアの気遣いを察したかららしい。
単純に甘いものが好きだから、という理由だけではないのだと。リファイアードの体調を回復させるために、労わるためにフルトを用意したことが伝わったのだろう。
「――ありがとうございます」
しばらくの沈黙を流したあと、リファイアードがぽつりとつぶやく。それから何かを考えこむように視線をさまよわせたかと思うと、はっとした表情を浮かべる。
胸元のポケットに手を伸ばし、小さな麻袋を取り出した。手のひらに収まるほどで、口の部分が黒い紐で結ばれている。
一体何かと思えば、リファイアードが真剣な表情で口を開く。
「本来でしたら、こちらからも何かを用意するべきですが、今はこれくらいしか持っていないのです」
「あら、お気遣いいただかなくても結構ですのに」
「いえ。そもそもこれは、ロルブルーミア姫にとカレデッツより言付かっていたので」
リファイアードの部下の名前に、ロルブルーミアは目を瞬かせる。
顔見知りになった部下の中でも、グライルに次いで話をしているのがカレデッツである。
グライルに比べて落ち着いている彼が何を用意したのか、という意味で麻袋へ目をやると、リファイアードは苦笑を浮かべて言った。
「ちょっとした話題作りにしろ、という意味合いのようですが――子供たちが、小遣い稼ぎに作る飴です。主に巡礼市で売っているものですね。五色の飴が不規則に入っていて、占いという意味でも人気があるようです」
そう言って、紐をほどいたリファイアードは中身を机の上へ開ける。
ばらばらと落ちたのは、親指ほどの大きさで、平べったい丸型の飴だった。全て葉に包まれている。
「――これは何の葉かしら」
灰色がかった緑色をしており、表面には細かな葉脈と微毛が見えた。リファイアードはロルブルーミアの反応に、唇にそっと笑みを浮かべた。
「薬香草を包みとして使っているので、興味がおありかと。飴自体も花の蜜や麦芽糖で作られているので、自然な甘さでそこまで強くはないはずです。それに、それぞれ異なる植物で五色の飴を作っているので、何か興味を引くものもあるのではないかと思います」
ロルブルーミアが花壇作りに熱心なことから、植物由来の品物には興味を持つのではないかと思ったらしい。あながち的外れでもないので、ロルブルーミアは「そうですわね」と笑った。
「五色の飴ということは、赤・青・白・緑・紫でよいのかしら」
「ええ、その通りです。運命の糸が本来の意味ですが、色だけでも充分話題になるのでしょう。この飴も、運試しや占いに使われることが多いそうです」
カレデッツから聞いた話を、リファイアードは落ち着いた語り口で披露する。
オーレオン王国の聖書に記述される、運命の糸。
人は誰しも一本だけ、運命の相手と結びつく糸を持って生まれてくるとされている。その糸の色によって運命の種類は変わっていくのだ。
赤であれば、夫婦や恋愛。青は学業や師弟、白は神や信仰。緑は友人や仲間で、紫は家族、血縁関係の運命だ。
運命の糸は誰にも見えないからこそ、各人は望んだ色を願って夢を見る。
果たして自分が持っている運命の糸は何色なのかと、五色から一つを選ぶという占いめいたものは、いくつかあるらしい。その内の一つがこの五色の飴なのだろう。
「赤い飴が出れば、話題にもなるだろうということのようですね。特に女性は赤い糸にあこがれを抱いていることが多いから、念頭に置くよう言われています」
曰く、カレデッツからこんこんと説明されたのは、赤い糸とは始祖王と星渡りの聖女さまにあやかれる、幸福な二人の象徴だ、という話だった。
カレデッツに姉と妹が何人もいるらしく、「赤い糸は運命が味方している証拠」だとさんざん言い聞かされたという。
女の子なら、一度は憧れるもの。この人が運命の相手だと、自分にとっての特別なたった一人なのだと、導かれるように出会いたいと思うもの。
それが赤い糸なのだと力説されたらしい。
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