第34話 伝う声①
花壇の手入れを終えて、部屋に戻った。
少しずつ秋に向かっていることもあり、手入れにはちょうどいい気候になってきている。
リファイアードから許可をもらった結果、裏庭の花壇を自由にできるようになったのはありがたいことだ。しっかり土作りをしたおかげで、教会からもらった千夜草の苗もしっかり根を張っていた。
一国の皇女が土まみれになっている様子は、なかなか奇異なものだろう。
ただ、すっかり屋敷になじんだリリゼたちがロルブルーミアのことを話していたこともあり、使用人たちは比較的すんなり好意的に受け入れてくれた。
屋敷の外を護衛するリファイアードの部下たちも、グライルやカデレッツを起点にして、ロルブルーミアの行動も自然と受け止めているようだ。
(リファイアードさまも、花壇のお茶を飲んでくださいますもの)
鏡台に腰かけて思い浮かべるのは、すっかり恒例になったお茶の時間だ。
花壇には鑑賞用の花ではなく、薬香草を植えている。
リファイアードが薬香草料理が好きだから、というのがきっかけだけれど、今はそれだけではない。思うところがあり、種々様々な薬香草を植えている。
先日、リファイアードに手配してもらった夕日薔薇は葉を収穫して、先日お茶としてふるまった。
「屋敷の庭で育てたものですわ」と言うと、「そうなんですね」と興味深そうにうなずいていた。味わうようにゆっくり口にしていたし、満足そうな表情を浮かべていたのでお気に召したのだろう。
(安眠によく効きますわ、と言ってもはぐらかされてしまいましたけれど)
夕日薔薇は寝つきにも効果があるとされている薬香草だ。
リファイアードは相変わらず多忙で、伝令鳥はひっきりなしに屋敷へ飛んでくる。さらに最近では、王宮への呼び出しにも応じているのだ。
理由については「宝物庫の警備体制について、うちの部隊が主担当になりまして」とグライルが教えてくれた。
王宮には、王の住居である宮殿以外に来客用の迎賓館や催事に使われる離宮など、多くの建物がある。その内の一つが数々の王家の宝を収めた宝物庫である。
始祖王や初代聖女にまつわる
ただでさえ忙しいところに、宝物庫の警備まで加われば圧倒的に時間は足りない。睡眠時間を削るしかないことは察していた。
もっともそれとなく指摘したところで、「睡眠時間はあまり要らない体質なので」という答えが返ってくるだけだった。
それでも、せめてもの気持ちとして、寝つきをよくして安眠に効果がある夕日薔薇を用意していた。自分にできることと言ったら、これくらいしか思いつかなかったのだ。
ロルブルーミアは一つ息を吐くと、慣れた手つきで引き出しを開ける。
月光貝と天空石の首飾りを取り出すと、光が入ることを確認して指先を躍らせた。表面が揺らいで淡い光を放つのと同時に、ロルブルーミアは家族へ呼びかける。
すると、すぐに声が返ってきた。
「おお、ルミア! なんとぴったりだろう。今ちょうど父上との話も一段落ついたところなのだ」
力強く吠えるような声は、第一
ロルブルーミアは「それならよかったですわ」と心から答える。忙しい家族に無理をしてほしくはなかったのだ。なるべく時間ができる昼間に連絡を取っているとはいえ、決して暇なわけではないことはよくわかっている。
「もしもご用事があるなら、遠慮なくそう言ってくださいね。お話が終わったところならよかったですけれど」
「ああ、問題はない。今夜の会議について、議題の確認をしていたところだ。近頃では、エッドもずいぶん頼りになってきているからな。いくつかは任せても問題はないはずだ」
深く響く声で魔王アドルムドラッツァールは答える。ともすれば畏怖を感じさせる声音だけれど、奥底に宿るのが家族への慈しみであることは誰もが理解していた。
「お父さまは無茶をしがちなんですから、エッドお兄さまにお任せすればよいのです。そうですよね、ルミアちゃん」
「ふふ、そうですわね。ウィリーお姉さま」
高めの明るい声は、第四
樹木種の魔物であり、人間の子供ほどの大きさをした常緑樹広葉である。ざらつきのある黒褐色の樹皮に、楕円形のなめらかな葉をつけており、動くたびにわさわさと揺れる枝の音がロルブルーミアはとびきり好きだった。
「父上不在の時も、きちんと役目は果たしてみせよう! 安心して送り出せるよう、準備は万端整えていることは父上もご存じの通りだ。ルミアも安心して、結婚式に臨むといい」
力強くエッドレードリュトロンが言うのは、ロルブルーミアの結婚式へ参列するため魔王が城から離れる点への懸念を払拭するためだろう。
魔族は基本的に、魔力豊富なリッシュグリーデンドの外へ出ることはない。国外にはほとんど魔力がなく、魔力欠乏に陥る可能性が格段に上がるからだ。
さらに、オーレオンでも聖なる力の加護が強い教会へ参列するとなれば、影響は避けられない。根源としての力が同じだとしても、聖と魔は相反する存在だ。魔力に対する負荷は著しいだろう。
くわえて、少しずつ魔力が減退している状況ともなれば、結婚式への参列を見送るべきという意見もあったはずだ。
しかし、アドルムドラッツァールは首を振ったのだ。たとえ無理をしてでも、必ず出席する。リッシュグリーデンドの威光を疑わせてはなるまいという外交的判断と、たった一人で嫁がせた娘を父親として祝福するために。
何があっても必ずオーレオンへ向かうと決めているとわかっているから、エッドレードリュトロンをはじめとした家族も協力を惜しまない。
「本当でしたら、わたしたちも出席したかったですけれど――人型が取れなくて恐れられるのも本意ではありませんからね。だから、お父さまにはわたしたちの代表としてしっかり出席してもらわなくてはいけないのです。さあ、ルミアちゃんが育ててルーゼが収穫してわたしが作った、特製強壮剤ですよ! お父さま、お飲みください!」
強い声で言うウィリローロルデは、あれこれ新しいものを作ることを好む。その内の一環として、父親の体調を気遣った飲み物を作ったのだろう。
アドルムドラッツァールは、わずかばかりの沈黙を流したあと、滋養強壮剤を口にする。
「うむ、ずいぶん体調がよくなったように思える。お前たちの気持ちのおかげかもしれぬな」
あくまでもただの飲み物で、治療薬とは違うし即座に効果が出るはずがないことは、全員わかっている。
しかし、アドルムドラッツァールは心から言う。子供たちの気持ちが何よりも嬉しいのだと、はっきり声は伝えていた。
「そうでしょうとも! ルミアちゃんの育てた子たちですもの、それはそれは効果があるに決まっています」
「確かにそうだ。ルーゼは花を育てるのは得意だが、薬香草の類は少々勝手が違うと言っていたな! 土が変われば育て方も変わるとか何とか――ルミアは、そちらでの栽培に支障はないか?」
大きな声でエッドレードリュトロンが問いかける。リファイアードからの許可を得て、屋敷に花壇を作っていることは家族に報告している。
ロルブルーミアはにこりと笑った。
「何かと試行錯誤をしているところですけれど、新しい土や肥料を試すのも楽しいですわ。確かに勝手が違うところもありますけれど、本質は変わらないようですし……。それを確認できたのも幸いだと思っていますの」
きらきら顔を輝かせたロルブルーミアは、最近の花壇事情について家族へ報告する。
リッシュグリーデンドで育てていたものと同じ植物は、千夜草をはじめとして教会から譲ってもらった。根付くか心配だったけれど、無事に根を張りすくすく成長中だ。
さらに、リファイアードは毎日花壇の世話をするロルブルーミアへ奇異な目を向けることもなく、好きなようにさせてくれている。
一国の皇女が土まみれになるなんて、と非難を口にしてもおかしくはないのだ。
花が欲しいのなら庭師を雇えばいいし、そもそもロルブルーミアが育てているのは観賞用の草花ではない。実用的な植物栽培など、皇女がすることではない。しかし、リファイアードは非難もしないし咎めることもしない。
以前のロルブルーミアであれば、自分に対する興味がないからだと納得しただろう。しかし、今はもうわかっている。
リファイアードは言葉が足りず、行動がわかりにくいだけで、奥底には確かな愛情と慈しみを持っている。
少しずつ言葉を交わして人となりに触れた。何もかもを理解できたわけではない。それでも、部下のことや町の子供たちの様子を語る表情――何よりも父親のことを話す時の、きらきらとしたまなざし。
それを知っているから、ロルブルーミアが心を傾けたものを蔑ろにすることはないと思えた。
「リファイアードさまも、新しい肥料を手配してくださいましたし……。最近では、花壇から収穫した薬香草のお茶を飲む機会も増えましたわ。仕事のお供にもちょうどいいのだとおっしゃっています」
今では日常の一部になったお茶の時間でも、花壇の話を尋ねられる機会が増えてその流れで言ってくれたのだ。
ことさら話が弾むというわけではないし、笑い声が響くようなこともない。それでも、気を張らずに話ができるようになったのも事実だ。
相変わらずリファイアードは国王陛下について饒舌でずいぶんいろいろな話を聞いた。
ただ、最近ではロルブルーミアの話を聞こうとしてくれるので、少しずつリッシュグリーデンドの家族の話をしていた。
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