第31話 日常小景
「――ということがありましたの。それからすぐに、国王陛下は用事があるということで、薬草園からは離れましたけれど」
すっかり恒例になったお茶の時間に、ロルブルーミアは子細を報告した。
執務机でカップを手にしたリファイアードは、「なるほど」とうなずく。
ゆっくり傾けるのは、ロルブルーミアが淹れたルエヴァス茶である。許可を得て栽培を始めた花壇で育てたルエヴァスを使って、最近ではお茶を淹れるようになっている。
「父上なら言いそうなことではありますね。もちろん、父上の望みを叶えるのが一番なので、別に気にする必要はないのですが……それは伝わったようなので良しとしましょう」
ロルブルーミアの言葉には、どうやら相違はなかったらしい。ロルブルーミアは「よかったわ」と内心でほっとしながら、自分もカップに口をつけた。
お茶の時間を重ねていく内に、リファイアードはロルブルーミアが手持ち無沙汰であることに気づいたらしい。
リファイアードの話を聞いている間もただ立っているので、ソファに座るよううながした。さらにその後は、ロルブルーミアもお茶でも飲んだらどうか、と水を向けたのである。
じりじりとではあるものの、ロルブルーミアの存在を自然に思うようになっているのだろう。
ロルブルーミアも、少しずつこの時間に慣れてきている。
執務室の扉を開くのにためらいは必要なくなったし、緊張しながら言葉を選ぶこともほとんどない。
身構える瞬間もときどきあるけれど、気負わずにやり取りができるようになってきていた。
「その件があるからでしょうか。父上からもあれこれと様子を聞かれますよ。ロルブルーミア皇女と仲良くやっているだろうかと心配なのでしょう」
ゆっくりカップを傾けていたリファイアードは、ふと思い出した、と言った調子でつぶやく。
「ふふ、国王陛下はリファイアード殿下のことを幼い子供のように思っているようでしたわ」
交わした会話を思い出して告げると、リファイアードは肩をすくめた。気軽な様子に、ロルブルーミアの唇はほころぶ。
「過去のことも、わざわざ父上から話さなくても俺から話をしましたよ。特に隠してることではないですから」
あっさりした口調で言う通り、リファイアードにとっては大したことではないらしい。特に話をしなかったのは、単純に必要ないと思っていたからで知られたくないだとかそういうことではないのだろう。
今までの様子から、ロルブルーミアもそれは察していた。恐らくロルブルーミアの過去も同様で必要性を感じていないから、特に口にすることもしなかった。
リファイアードの性格は、何となく理解し始めている。
リファイアードは静かにカップを置くと、唇にゆっくり言葉を乗せた。ロルブルーミアに聞かせるためというより、ただ自身の心を取り出して形をなぞるように。
「俺の世界は父上がいたから、存在している。俺にとっては父上が世界そのものだなんて、当たり前のことでしかないんですから。俺の過去は父上から始まって、今ここに俺がいるのも父上の存在があるからです」
見世物小屋でただいたぶられ、いずれ死ぬ日が来るまで生きながらえていた。そんな日々に終止符を打ったのが、遠征隊として訪れていた国王だった。
さらに、自分勝手についていったリファイアードの功績を認めて軍部へ迎え入れたのも、積極的に手ほどきをして読み書きの面倒も見ていたのも国王だ。
リファイアードが懐くのも当然で、隊長という存在は大きな位置を占めていた。
いずれ死ぬだけの、ただ痛みだけを享受するしかない環境から解き放った。知らないことを多く教えた。強くなるすべを、これから生きていく方法を余すところなく教えた。
今まで知らなかったやさしさや愛情を、リファイアードは受け取ったのだ。
だからこそ、迷いなく弓矢の前に自分の体を差し出した。そうすることが当然だった。
国王である父親のために生きるのだと、そのために自分が存在するのだとリファイアードは理解したのだ。
だから、リファイアードは剣を取って最前線で戦う。努力を重ねて鍛錬を欠かさず、戦場を駆けて敵の血で全身を染める。
幼い頃から戦場で暮らして身についた知恵と、長い間積み重ねてきた鍛錬の成果に、世界そのものである父親の命令を芯にして、リファイアードはこれまでいくつもの功績を打ち立ててきたのだ。
「――そうですわね」
ぽつり、とロルブルーミアは答える。反応を求められていないことはわかっていた。それでも、自然と声になった。
リファイアードの揺るぎない思いは、あまりに強い。ともすれば恐れさえ抱くものかもしれないけれど、ロルブルーミアにとってはよく知るものと言っていい。
だってロルブルーミアだって世界そのものと言いたい存在がいる。
何もかもが恐ろしくて仕方ない全てから守ってくれた、やさしい手。父親がいなければ、きっと今ここに自分はいないのだ。
リファイアードはロルブルーミアの言葉に、ぱちりと目を瞬かせた。それから何かを言おうとするような沈黙を流したけれど、結局言葉になることはない。
代わりに一口お茶を飲んでから、ロルブルーミアへ視線を向けた。
「ロルブルーミア皇女にはまた、教会への手紙をお願いしたいと思います。視察先について、いくつか候補を挙げてもらっていますのでその返事を」
何度か実施している視察である。新聞で大々的に報じられている成果か、推進派にとっての追い風になっているようだとはリファイアードから聞いている。
反対派の焦りも感じられるということで、ここでまたさらに視察の回数を増やしていくつもりなのだ。
結婚を成功させることは、それぞれの父親の望みであり、二人の共通目的だ。恐らくリファイアードは今までの会話から、あらためて自分のすべきことを再認識したのだ。だからこその言葉だろう。
ロルブルーミアとて同じ気持ちだ。できることはいくらでも、何でも行うと決めている。少しでも力になれるなら本望だと、「わかりましたわ」と力強くうなずいた。
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