第28話 お話しましょう②
その気持ちを受け取ったのか、ロレッタは嬉しそうに「任せてください」とうなずく。そんな様子を眺めていた教皇は「さて」と口を開く。
「そろそろ修練の時間でしょう。話が弾むのは結構ですが、聖歌や結界の修練まだしも、神託はまだまだですし、薬草学は補習が必要だと聞いていますが」
教皇の言葉に、ロレッタは「う」と言葉に詰まる。
星の聖女としての行儀作法以外に、様々な修練が課されていることをロルブルーミアは何度か訪ねる内に知っていた。
聖なる力を持つものの内、特に力の強い乙女が「星の聖女」である。ただ、使い方を習得しなければ聖女としての活動はできないということで、修練が必要なのだ。
ロレッタ本人が言うように、神託を受けるにもまだ不十分であり、それ以外にも聖歌や結界などを自在に使うにも修練を要するし、薬草の扱いにも秀でなければならないという。
「星の聖女」たるもの、あらゆる聖なる力を扱えなくてはならない、ということだろう。
ロレッタは体を使うことは得意で歌も好きだということから、聖歌に関しては及第点を得られているらしい。
古代語の意味はわからなくても、歌によって聖なる力を発動して加護や結界を施すことができるのだ。
聖なる力、とロルブルーミアは思う。
選ばれた人間だけが使える不思議な力について、何度か教会へ訪れるうちに、ロルブルーミアは一つの推論を立てていた。魔力と呼ばれるものと、ロレッタたちが聖なる力と呼んでいるものは、どうやら似たようなものなのだ。
「ずっと聖歌の修練ならいいのに……薬草の見分け方だとか効果とか効用とか全部混ざっちゃうんですよね。その点、ロルブルーミアさまはこういうのに詳しくてうらやましいです!」
ロレッタが言うように、教会で育てている薬草にロルブルーミアは詳しい。なぜなら、魔王城で育てていた薬香草と同じものがいくつもあったからだ。
魔力を溜める植物と同じものが「聖なる力」を発揮するのを助けるのだと聞いて、魔力と聖なる力が同じなのではないかと推察するに至った。
森に自生するはずの
「植物にはいろいろな使い方がありますし……お茶や料理はもちろん、薬としても重宝するでしょう。昔からそういったことに興味があったから、少々覚えているだけですわ」
「ああ、そういえば薬作りも見てらしましたもんね」
はた、といった顔でロレッタが言うのは、修道院で作られる薬作りを興味深く見ていたからだろう。
修道院では基本的に自分たちで生活の全てをまかなう。料理はもちろん、簡単なけがや病気、心身の不調への対処として植物を使うことも多々あるのだ。
その様子を見ている姿をロレッタは覚えていて、ロルブルーミアは薬作りに興味があると判断したのだろう。
ロルブルーミアは「ええ」とやわらかくうなずいた。完全に間違っているわけではないけれど、詳しい話をする必要はないだろうという判断の、全てを覆い隠す笑みだった。
興味深かったのは本当だ。ただ、それは「この植物に薬としての効能があったなんて」という類のものではない。
ひどく単純に、薬を作って常備するということを至って当たり前に行っている、という現実を目の当たりにしたからだ。
何せ、リッシュグリーデンドではあまり薬を使うという発想がない。
魔族たちは大体、魔力の供給でどうにかしてしまうし、薬香草はよっぽどの緊急事態だ。
身内からの魔力供給で解決することがほとんどなので、薬を常備するという概念がほとんどない。
数少ない人間がそうしているくらいで、ロルブルーミアが風邪を引いた時は父親を筆頭に全員が慌てていた。どうやって人間を治療すればいいかわからなかったのだ。
リッシュグリーデンドではロルブルーミアが個人的に薬を作って集めているだけで、修道院の日課の一つのように大々的に行われることではない。薬作りが生活の一部となっていることが不思議だった。
それ以外でも、修道院での生活を目の当たりにするたび、ロルブルーミアは奇妙な感覚に襲われる。
当然のように食事が必要で畑を作っていること、ほとんどみんな同じような姿かたちをしていること、夜は必ず眠ること。
魔力があれば食事は要らず、種族によってまるで姿が変わって、夜行性で夜の方が活発に動けるし睡眠も要らない魔族たちが、ロルブルーミアにとっては今までずっと当たり前だった。
しかし、今ここにいるのは、自分と同じ人間なのだとあらためて思ったのだ。
ロルブルーミアは、魔族とは根本的に身体構造が異なる。だから、薬や食事が同じになることはなかったけれど、人間であれば話は違う。
修道女たちが作っていた薬は恐らくロルブルーミアにも使えるだろうし、同じ種族とはこういうことなのね、と何だか不思議な気持ちになっていたのだ。
「ルミアさまを見習えって言われそうですよ……」
「あら、でも、ロレッタさまは聖歌が得意だとお聞きしましたわ。わたくしは、そういった方面には疎いんですけれど、聖なる力を使うのでしょう? わたくしには、そちらの方がすごいと思いますわ」
ロルブルーミアには魔力もないし、聖なる力も持っていないのだ。
ロレッタは、他よりも強い聖なる力を持っており、修練さえすれば不思議な力も自由に使えるはずだ。魔力を持つ家族たちのように。
ロレッタは、ロルブルーミアの言葉にぱっと顔を輝かせた。
「聖歌は古代語なので何を言ってるかはわからないですけど、一つ一つ意味があるんですよ。神の
ロルブルーミアへ教えられることがある、ということが嬉しいようでロレッタは楽しそうに聖なる力について教えてくれる。
修道院や教会にいるのは、多かれ少なかれ聖なる力を持つ人間である。
彼ら彼女らが、日々行う儀式は聖なる力を高めて発動する効果もあるので、教会全体が聖なる力に包まれている。
魔除けとしても機能しているし、自然と清浄な空間になっている、と自慢げに言う。
「最近は、結界を張る聖歌というのを覚えました。歌うことで、聖なる力が発動する仕組みなんです。目に見えて効果がわかると、やる気になりますよね!」
きっぱり言う姿は力強い。何の他意もなく言っていることはうかがえるけれど、恐らくその結界とは十中八九魔を寄せ付けないためのものだろう。
魔力と聖なる力。
恐らく本質的には同じものだという推察は間違っていないはずだ。
しかし、二つの力には明らかな差異がある。それは力の方向性の違いから来るものだと、ロルブルーミアは考えていた。
魔族の利益になれば魔力であり、人間に利益をもたらせば聖なる力。そんな風に呼び分けられているのだろう。
その一環として、聖なる力は魔を排除する志向を持つ。だからこそ、教会は清浄な場所であり、魔除けとしても機能している。この場所は、魔族を最も遠ざけるのだ。
その事実に、ロルブルーミアの胸には複雑な感情が宿る。
魔族の娘である自分はひどく場違いなのではないかという思いと、やはり自分は魔族ではないのだ、という現実がひどく胸に迫ったのだ。
もしもわたくしが本当の魔族なら、きっとここにはいられない。だけれど、何を言ったところでわたくしは人でしかないから、当然のようにここにいられるんだわ。
わかっていたはずの事実をあらためて突きつけられて、ロルブルーミアは思わず口をつぐんだ。どう反応すればいいかわからなかったのだ。ロレッタはそんな様子に気づいたのか、気づいていないのか。
「あ、そうだ。私はそろそろ修練の時間なんですけど、薬草園も見ていったらどうでしょう? 必要なら誰かに案内も頼みますし……」
はっとした顔で言われて、ロルブルーミアはどう返事をするべきか、と沈黙を流す。すると、教皇も「ああ、そうですね」とうなずいて言葉を続けた。
「お急ぎでないのなら、少し見ていかれてはどうでしょう。何か育て方についてご助言もいただけるとありがたいですし」
ロルブルーミアが植物を育てることを好むと知っているからだろうか。
ロレッタはきらきらしたまなざしを浮かべているし、教皇にまでそう言われて、ロルブルーミアはこくりとうなずいた。
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