第27話 お話しましょう①
ロラ・ソワーヴ大聖堂の裏手には、修道女や修道士の生活の場である修道院が構えられている。ロレッタを訪ねた際、案内されるのはこの修道院である。
ロルブルーミアは時折、ロレッタの誘いの通り教会を来訪するようになった。
案の定、リファイアードは聖女の言葉をむげにすることはできないと考えたようで、外出を咎めることはなかった。
「リッシュグリーデンドのものは、やっぱり細工が細かいですね! 実用品というより、宝物庫に飾ってあるものみたいです」
修道院の中庭にはさんさんと太陽の日差しが降り注ぎ、何もかもが光に染め上げられるようだ。
その中央には一組の椅子と机が設置され、日差しを遮るための屋根が設置されている。ロレッタとロルブルーミアは向かい合って座っていた。
中庭は修道院の応接棟と集会場に囲まれるような空間で、他とは隔絶されたような、秘密基地めいた雰囲気がある。風が吹き抜けるおかげで、暑さもあまり気にならなかった。
ロレッタが手にしているのは、ロルブルーミアが出かける際常に持ち歩いている手鏡だった。
天空石と月光貝の耳飾りとつながって音話機の役目も果たすけれど、純粋に身だしなみのために使っている。
丹精込めて作られた一級品であり、家族からの贈り物であることから、お守りの一種として持っていくことにしているのだ。
「ふふ、ありがとうございます。そう言っていだけると嬉しいですわ」
返された手鏡を丁重な仕草で布に包み、ロルブルーミアは笑顔で答える。
ロレッタはリッシュグリーデンドに対して強い嫌悪などは持っていなかった。聖女であるがゆえの慈悲深さというより、本人の資質によるものだろう。
魔族との戦争を実際に経験していない世代ということもあり、ことさら魔族への敵意を持っているわけではないようだ。どちらかといえば、異国への興味の方が勝るらしい。
ロルブルーミアにとってはありがたい話だったし、それもあってロレッタと過ごす時間を心待ちにする理由が増えているのだ。
もともと、何でもない雑談ができる貴重な相手であることは双方にとって違いない。
気負わず話がしたい、ということで最近では侍従を伴わず一人で訪れている。教会の警備が厳重だからこそできることだろう。
「ジャノくんとマリマちゃんは、ここのところ毎日のように教会のお手伝いにきてくれて、とってもありがたいです」
「ええ、聞いていますわ。その内、また修道女の洋服を借りてわたくしもお手伝いに参加してみようかしら」
明るい笑顔でロレッタが言うのは、先日の慈善市場の折に事件に巻き込まれた兄妹だ。
兄のジャノはリファイアードの言う通り教会への奉仕活動を罰として行っていたけれど、それが終わってからも日々教会へ通っているという。妹のマリマも同様で、今ではすっかり教会の顔なじみだ。
ただ、あの時の聖女さまと会いたい、と言っていても現状叶っていない。修道院に所属していないのだから当然のことなので、ロルブルーミアは冗談めかして答えたのだけれど。
「いいですね! あ、でも、リファイアード殿下に怒られちゃいますかね? 最近はいろいろお話を聞いてくれるそうなので、そうでもないかも……?」
「どうかしら。場所を限定すれば、もしかしたら許してくださるかもしれませんわ」
考え込みつつ、ロルブルーミアは答える。
リファイアードとのお茶の時間は、継続して行われている。中断される可能性も考えていたものの、幸い今のところそんな兆しはない。
それどころか、当初はほぼ一方的に話しかけるだけといった様子だったものの、最近ではロルブルーミアの好きな食べ物は何かなど尋ねられることも増えた。
恐らく、ロルブルーミアが国王陛下の話を熱心に聞いていることが功を奏したのだろう。実際、国王陛下がどんな人物であるか興味はあるのでお世辞やおためごかしの類ではない。
それを察しているのか、リファイアードはロルブルーミアを、国王陛下について語れる相手として認識している節がある。
婚約者に興味はなくても、国王陛下について話ができる人間には興味が向くのだからある意味一貫した性格だと、若干感心はしていた。
「あ、それなら教皇さまにも口添えしてもらったらいいかもしれませんね。教皇さまは元帥さまと違って、殿下のことも教会活動に熱心だって評価してましたし」
ぱっと笑顔を浮かべて、ロレッタは言う。
元帥というのは軍部の頂点たるグランシュッド元帥である。教皇と元帥は昔馴染みであり兄弟のように育ったというのは、ロルブルーミアも聞いていた。同時に、グランシュッド元帥は魔族嫌いとして有名であることも。
ただ、教皇にその片鱗はないので魔族であるリファイアードに対しても、何らかの助けになってくれるのではないか、というのがロレッタの意見だった。
「あ、話をすればちょうどです――教皇さま!」
そう言うと、ロレッタは椅子から立ち上がり大きく手を振った。ロルブルーミアが思わず振り返ると、応接棟から延びる渡り廊下を歩く教皇の姿が目に入る。
教皇を呼び止めるなど
ゆったりとした足取りで歩いてくる姿には、微塵も自分の立場を気にかける素振りはなく、近所の老人がふと散歩のついでに訪れただけのような風情すらあった。
とはいえ、身にまとう不思議な力強さは健在だ。おだやかに口にする挨拶の言葉にも、静かな存在感がある。ただ、浮かぶ笑みはどこまでもおだやかでやわらかい。
緊張した面持ちで挨拶を返すロルブルーミアにも、気を楽にしてほしいと語りかける。
「修道院とはいえ、表舞台とは少し違っていますからね。私的な空間に近しいとも言えますし、気軽に訪ねてきたくださってありがたく思っているんですよ。ただ、ロレッタは少々なれなれしくしすぎなのではないかと心配しておりますが」
「教皇さまはまたそう言う! 大丈夫ですって、私だってちゃんと成長してますし!」
教皇の言葉に、ロレッタは憤慨した面持ちで答える。
ただ、無知と物怖じしない性格からそれなりにやらかしはしているようで、教皇の心配はあながち的外れでもないらしい。ロルブルーミアに対する態度も、人によっては無礼と判断されるだろう。
「最近は、礼儀作法の先生にも多少は褒めてもらえるようになりましたよ。まあ、
気まずそうに視線を伏せてぶつぶつつぶやく。
聖女の行儀作法の一環として刺繍があるらしく、ミュデットという刺繍が得意な人物がいるのだろうと思った。
ただ、その名前をロレッタが口にした時、教皇が一瞬驚いたような表情を浮かべた。しかし、あまりにも一瞬だったので見間違いかもしれない、と思ったのだけれど。
「あ、ミュデットさまというのは、刺繍と裁縫が天才的に上手な方で、教皇さまの娘さんです。本当にすごく繊細でため息が出るような作品なんですよ」
屈託ない笑顔で、ロレッタは言う。
教皇の一人娘であり、針仕事を好み日がな一日黙々と手を動かしているような人だった。おとなしくて小柄な、かわいらしい女性であり、行儀作法も完璧だったという。
ロレッタとは正反対だと、行儀作法の教師からはさんざん言われているらしい。ただ、すでに亡くなっているようで、それが教皇の複雑な表情の理由だと察した。
「小柄で色白でかわいらしくて、まさに鈴蘭のような人だと聞いています。ロルブルーミアさまも鈴蘭似合うと思いますけど、ミュデットさまは生まれの時点で鈴蘭の神託を受けているんですよね。お名前も鈴蘭由来と聞いていますし」
晴れやかな笑顔で教皇へ話を向けると、教皇はやさしく目を細めて「ええ、鈴蘭の古い名前からあやかっています」とうなずいた。
亡くした愛娘への
ロレッタはそれを理解しているのだろう。教皇にとって愛娘の話は傷に触れる行為ではなく、慈しむ心を思い出すものだ。
だから、ミュデットの話を屈託なく口にする。ロレッタ本人の気質もおおいに関係しているとしても。
「私はまだ神託をいつも完璧に受け取れるわけじゃないので、頑張らないと。あ、ロルブルーミアさまの結婚式にはちゃんと祝福の神託届けますからね!」
はっとした表情で、ロレッタは力強く告げる。
機密事項かもしれない、と心配していたもののそんなことはなかったようで、あっさり教えてくれる。
とはいっても、リオールド教の唯一神からの声を聞く、というものなので簡単に真似することができないからだろう。
神託を受けられるのは、教皇や聖女など力の強い者だけに限られる。聖書の一節から言葉は選ばれるということで、それを理解するには一定の修練を積まなければならない。
さらに、場面も限られるのだ。子供の誕生や結婚など、人生の岐路や未来を占う時にだけ神託は授けられる。
王族の結婚式も当然例には漏れない。結婚式を取り仕切るのは教皇であるため、一定の儀式が必要な神託の役目は星の聖女が行うことになっているという。
「――国で一番の星の聖女さまですもの。ロレッタさまが届けてくださるなら、安心ですわ」
王族の結婚式ということで、最高峰の聖女が登用されるのだろうと察しがついた。
だからこその判断だとしても、ロルブルーミアとしても見知らぬ他人よりも、ロレッタが授けてくれる神託の方が喜ばしいと思えた。
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