第25話 交わす声①

 昼過ぎに自室へ戻ったロルブルーミアは、首飾りを取り出す。慣れた手つきで音話機を起動させると、耳慣れた声が飛び込んできた。


「ふふ、こんにちは、ルミア。そちらはどんな様子かしら。話を聞かせてくれると嬉しいわ」


 機械越しでもわかる艶めいた声は、第一皇女おうじょであるウィオヴィラーングだった。

 悪魔族であり、常に蠱惑的な雰囲気を漂わせている。精神に干渉する魔力の持ち主ではあるものの、ロルブルーミアを前にするといつでもやさしく、おだやかだった。

 ロルブルーミアはぱっと顔を輝かせて勢い込んで言う。


「ヴィラお姉さま! 帰っていらしたの?」

「ええ。いろいろと用意するものも多いし、お父さまには子育てについてあれこれ助言をいただきたくて」


 ゆったりと答えるウィオヴィラーングは、内務大臣の子息である鷲獅子の青年と結婚しており、今は居を移している。

 ただ、もうすぐ子供が生まれるというわけで、必要なことがあると魔王城へ戻ってきているのだろう。

 悪魔の出産は人間と違い、互いの魔力によって子供を為すため、極端に体が不自由になることはない。とはいえ、何もかもが万全とはいかないし、魔力はずいぶんと不安定になるため長距離の移動などは控えなくてはならない。

 くわえて、魔力の融合のためには詳細な儀式や手順があるため、何かと忙しくしていたことは知っている。だから、話ができる可能性は低いと思っていたのだ。


「それに、ルミアとお話ができるのはお父さまの部屋だけですもの。なるべくこちらに滞在しようと思っているのよ」


 やわらかな声は歌うようで、ロルブルーミアの胸はふわふわと温かくなる。

 母親を亡くして少しずつ落ち着いてきても、上手く眠れない夜。ウィオヴィラーングが何度も子守唄を聞かせてくれたことを思い出したのだ。


「わたくしも、ヴィラお姉さまとお話できて嬉しいわ。それに、お姉さまの赤ちゃんに会えるのもとても楽しみ!」

「そうね。生まれるまではもう少しかかるもの。その頃にはルミアも里帰りできるんじゃないかしら」

「その時には、オレの新作をいろいろお披露目しないとな」


 新しく飛び込んだのは、弾むような調子の軽やかな声。第三皇子であり、大地種の妖精族ブラオルーラーッドだ。

 大地の精気から生まれたブラオルーラーッドは、ずんぐりむっくりといった体型で指も太くて短い。しかし、手先は誰より器用だ。


「素材にこだわった揺りかごに、ぬいぐるみと積み木を作る予定だ。ひとまず今日は、揺りかごの素材選定だな。ルミアの椅子なら、千年樫せんねんがし白玲鳥はくれいちょうの羽毛で作るが――ヴィラ姉さんの子なら、溶岩鉄なんかがいいんじゃないか」


 楽しそうな声はやる気に満ちあふれていて、ウィオヴィラーングも「そうねぇ、なるべく頑丈なものがいいわ」と軽やかに答える。


「ルミアはどれが好きだった? お前が一番、赤ん坊に近いからな。参考になるぞ」

「ブラオお兄さまは、わたくしのことを何だと思っていらっしゃるのかしら」


 からかうような口調に、ロルブルーミアはわざとらしく不満を言ってみる。もっとも、本心でないことは誰もが理解しているから、これは単なる冗談のやり取りだ。

 案の定、ブラオルーラーッドはいっそう楽しげに答える。


「二十年も生きてないんだからな。オレたちから見たら、赤ん坊みたいなものだろ」

「そうねぇ。二十年だとまだまだ小さくてとても目を離せないもの。ルミアはまだ十六歳なのに、こんなに立派になって偉いわ」


 しみじみとした調子で、ウィオヴィラーングまで続く。

 事実として、人間と魔族では寿命にも大きな違いがある。十六年など魔族にとってはほんの瞬き程度の時間だ。だからこそ、この年齢で結婚して異国へ嫁いでいるという事実が感慨深いのだろう。


 ウィオヴィラーングとブラオルーラーッドは、みんなで花畑に出かけてはしゃぎ回っていた姿がかわいかっただの、兄姉からの贈り物であるドレスを披露する様子はどんな絵画も敵わないほどだっただの、あれこれ思い出話を語っている。

 ロルブルーミアはくすぐったい気持ちでそれを聞いていた。


「――千夜草の確保については、やはり森の視察が必要と考える。ここは私に任せてくれないか、父上」

「確かにお前の言うことは一理ある。だが、時期というものがあるだろう。森はお前の領域ではあるが、他の種族への配慮が必要だ」


 ほのぼのとした会話の中に、突然そんな声が響く。

 凛としたよく通る声と、体の芯に響くような深い声に、固い床に爪が当たるかちゃかちゃ、という音が混じる。誰が部屋に入ってきたのかはすぐにわかった。


「お父さま、アルヴァお姉さま!」


 魔王アドルムドラッツァールと第二皇女にして魔狼のアルヴァープティウルである。

 通話状態の場合、大鏡は淡く光っている。ロルブルーミアとつながっていることはすぐに気づいたのだろう。

 二つの声で「ルミア」と呼びかけられて、ロルブルーミアは笑みを浮かべる。声を聞けること、話ができることが嬉しかった。ただ、耳にした言葉に顔を曇らせて尋ねる。


「もしかして、お忙しいのかしら。何かお急ぎの用事があるなら、あまりお話しをするのは……」

「ああ、ルミアが気にすることではない。先ほどの会議で出た議題について、アルヴァの意見を聞いていたまでだ。火急の要件ではないから、ルミアと話す時間は充分ある」

「そうだとも。むしろルミアのおかげで、余裕があるのだ。ルミアが多くの薬香草を貯蔵しておいてくれたおかげで、森に入る機会が減ったのだから」


 アルヴァープティウルが、ふんふん鼻を鳴らしながら説明する。曰く、今回の会議の議題は魔力欠乏症への対処法だったらしい。


 魔力の欠乏は、魔族にとっての一大事である。

 大けがをした際や攻撃・防御で魔力を放出するなど、大量に消費すると体内から枯渇してしまう。

 結果、意識の混濁や発熱などの症状を呈する。病ではないため治療法はなく、魔力量を回復させる以外の方法はない。


 その際に使用されるのが、魔力を溜める植物である。

 言い伝えとして知られてはいたものの、より本格的な保存方法の研究が始まったのはロルブルーミアが積極的に薬香草を育てていたことも発端の一つだった。


 魔力を溜める植物には、多くの種類がある。その一部はオーレオンでも料理に使われているし、リッシュグリーデンドではさらに数多くが栽培されている。


 中でも、千夜草と呼ばれる植物は飛び抜けて多くの魔力を含んでいる。いざという時のためにも量を確保する必要があり、森からの採集も検討されているらしい。

 ただ、ロルブルーミアの薬草園でも多くを栽培しており、乾燥貯蔵していることから現段階では視察だけで済むだろう、という判断だった。


「今後の課題は、薬香草ごとの扱い方だろう。水に溶けるもの、火にくべるものなど、植物ごとに魔力の取り出し方が異なるとルーゼがこぼしていたぞ。ルミアの記録をもとに覚えているようだが」


 笑いを含んだような声で、アドルムドラッツァールは言う。

 千夜草は水によく溶けるので、魔力を摂取するには水による経口摂取の効き目が絶大だ。

 しかし、日向葉は乾燥させた葉を火にくべて煮立たせたものを、皮膚に塗ることで効果を発揮する。

 植物ごとに異なる使い方は、記録としてまとめてある。ロルブルーミアから植物園を引き継いだ第四皇子ルーゼットリンクが、筆頭になって奮闘しているのだろう。


「もちろん、ルーゼにだけ任せているわけではないぞ。全員、ルミアの記録を見ながらあれこれ試しているところだ」


 はっとした調子で言うのはアルヴァープティウルで、ウィオヴィラーングやブラオルーラーッドも同意を返す。

 念頭にあるのは、当然魔王の魔力減退だ。

 薬香草によって一定の効果が出ていることから、どうすればより効き目があるのかと試しているのだろう。国家機密ゆえ大々的には動けないものの、詳細は伏せながら研究機関での開発も進んでいるらしい。


 魔族は食事を必要としないものの、食材によって魔力を回復させる効能があることはロルブルーミアも知っている。

 苦味や辛味、甘味や酸味など極端に強い味のものに効果があるので、特に効き目が高いものはどれかなどの研究が進んでいるのだという。


「皆があれこれと試してくれるおかげでな。近頃では、だいぶ魔力も安定しているのだ。ルミアが育てた植物たちはもちろん、記録を残しておいてくれたことも助かっているぞ」

「お父さまの力になれるなら、とても嬉しいですわ。わたくしの植物や記録が役に立てるなら本望ですもの」


 心からロルブルーミアは答える。趣味の一環として薬香草を育てていたとはいえ、いつか家族の役に立てるかもしれないという気持ちはあった。だから、薬香草それぞれの生態や使い方にも熟知したし記録も残しておいたのだ。

 今、父親の役に立っているというのは本来の目的にかなっていると言えるだろう。

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