第19話 教会―聖女来訪

 部屋の扉を叩く音がした。リファイアードが帰ってきたのかと思えばそうではなく、カレデッツが何やら押し問答をしている。

 最終的に部屋へ入ってきたのは星の聖女――ロレッタだった。


 ただの軍人であるグライルやカレデッツと比べれば、聖女の方が圧倒的に地位は上だ。彼女の言葉を拒否できるはずもないので、部屋へ入れるしかない。

 ただ、当の本人はそこまでの意識はないようで、無邪気に部屋を尋ねにきた、程度の認識しかないようだった。


「ずっとお部屋でこもりきりで、退屈じゃないかと思いまして――五色ごしきの糸守りのお誘いに来ました!」


 そう言ってきらきらと笑うロレッタは、花の飾りがついた二つのかごを掲げる。

 一体何の話か、と思っていると、どうやら教会の行事の一つらしい。神のお告げを得た聖女が、祈りを込めた色のついた糸を集まった信徒に配るのだという。

 五色ごしきの糸になぞえられており、色別に加護の意味も異なっている。


「せっかくいらしたのに、このまま何もしないままでお帰りいただくのも申し訳ないですし。少しくらい、慈善市場の雰囲気を楽しんでほしくて!」


 うきうきした調子で言われて、ロルブルーミアは判断に迷う。

 星の聖女たるロレッタの誘いをむげに断るのはいかがなものか。かといって、無防備に市場へ出てもいいものか。

 リッシュグリーデンドの皇女とわかれば、恐らく人々の間に混乱が起こるだろうし、どんな悪意を向けられるかわからない。


 諸々の気持ちがうずまいて、すぐに返事ができなかった。すると、ロレッタははっとした顔で「そうだった、忘れてました!」と言って、籠から白い布の塊を取り出した。


「皇女さまだとはわからないようにした方がいいですよね。聖女用の修道服も持ってきたんです! これなら、皇女さまではなく修道女の一人だと思われるので、大丈夫ですよ!」


 力強く言って、白い修道服と頭巾を渡された。修道服にも聖女用と一般用があるようで、これは聖女のものらしい。

 エマジアやグライル、カレデッツは何かを言おうとしている気配があるものの、立場の差は歴然だ。迂闊に言葉をはさむことなど、できるはずがない。

 ロルブルーミアは少しだけ考えたあと、修道服と頭巾へ手を伸ばす。


 国でたった一人の星の聖女の誘いを断ること。大勢の前に姿を現すこと。実際に市場の様子を知り、国民たちを身近で感じること。

 全てを天秤にかけた結果、導き出した答えは一つ。


「――ありがたく参加させていただきますわ」


 リッシュグリーデンドの皇女という身分を隠せるのであれば、恐らく心配の大半は解消される。

 あとはロルブルーミアの、人前に出ることへの恐れくらいだったけれど、そんなものは大したことではないとねじ伏せて、ロルブルーミアは笑顔で答えた。



◇ ◇ ◇



「こちら、赤い糸守りの加護をお願いしますね! 結婚間近のお二人ですし、夫婦と恋愛の加護をお任せします!」


 修道服と頭巾を身に着けて、ロレッタに先導されながら市場へ向かった。距離を取りながら護衛はついているはずだけれど、ロルブルーミアにその気配はわからない。


 渡された籠には、花の形をした飾り糸がいくつも入っている。全てが赤で、ロレッタの言う通り恋愛関係の加護を与えられた糸らしい。


 五色ごしきの糸は、オーレオンに古くから伝わる言い伝えである。

 運命の相手に結びつくと言われる糸のことで、色によって運命の種類が異なると言われる。一人につき一本だけ糸があると信じられており、その色は神によって定められている。

 色が見えないからこそ、それぞれが自分の願う色の糸をお守りとして持つのだ。


 ロルブルーミアが託された赤い糸は、夫婦や恋愛の運命を司る。

 それ以外には、青が学業や師弟、白は神や信仰、緑が友人や仲間、紫が家族や血縁関係にまつわる運命の相手に結びつくと言われていた。

 オーレオン建国の始祖王の伝説が基になっており、聖書にも記されているのでおおよそは把握していた。


 ただ、果たして自分が赤い糸を配るのにふさわしいのか、ロルブルーミアにはわからない。

 夫婦や恋愛の運命。神に定められたように、惹かれ合う。そんな特別な関係が、自分たちにあるとはとうてい思えなかった。


「――糸守りというのは、あまり聞いたことがありませんでしたわ。これは、どのようなものなのかしら」

「元々はただの生糸なんですけど、神託しんたくを私が受けて、それをもとにみんなでそれぞれの色に染めていくんです。それを信徒のみなさんに配れば、色ごとに加護を授けられます」


 ロレッタは神託を受けるのも星の聖女の役目なのだ、と言う。

 聖書の言葉が神託として現れるので、それを読み解くのだ。ロルブルーミアの結婚式でも、神託を届ける場面があるのでがんばりますね!と張り切っていた。


「そういえば、お部屋には殿下の姿が見えませんでしたけど。どこかへお出かけ中ですか?」

「ええ、少し仕事の連絡が来ておりまして。市場が終わるまでには戻ってくると思いますわ」


 にこり、と笑みを浮かべて答える。

 グライルとカレデッツからは、いろいろと話を聞くことができた。エマジアは渋々といった様子だったけれど、ロルブルーミアの意向を妨げるつもりはないのだ。

 おかげで、無事に情報を得ることができた。


 その一環として、伝令鳥での呼び出し内容も伝えられていた。

 恐らく、先日への屋敷への襲撃事件の犯人についての情報関連と推測される。部隊に情報共有はされているものの、自分の屋敷のことゆえあくまでも私的なことであり、部隊を巻き込むわけにはいかない、と告げられているらしい。


 リファイアードは基本的に、最前線で自分が戦うという姿勢である。大尉ならば部隊を指揮する立場のはずだが一兵卒と混じって、剣を振るうことを選ぶ。

 己の屋敷に関わることなら、他に任せないこともうなずける、というのが部下の証言である。単独でも下手な一部隊より強いからこそ、できる行いである。


 さらに、部下たちが語る日常生活についても、あれこれと聞くことはできた。

 甘党は有名で、疲れが溜まると山のような甘味で机が埋まる。一方で食事自体にそこまでのこだわりはないのか、その辺の野草を食べていたという目撃証言もある。

 国王陛下の動向は逐一把握しているので、公式情報を調べるよりもリファイアードに聞いた方が早い――。

 案外軽口も叩くし、冗談を言いますよ、と言われた時には誰の話かと思ったけれど。どうやら本当に普段ロルブルーミアが見る顔とはまったく違うらしい。


「殿下もお忙しいんですねぇ。教皇さまも元帥のお見舞いのあとは、陛下とお約束があるからって、午後は教会から離れてるんですけど……もしかして、同じ用事かもしれませんね。国王陛下のご用事ですもん」


 ロレッタの言葉に、ロルブルーミアは「そうかもしれませんね」と笑顔で答える。

 言いたいことはわかっていた。グライルやカレデッツからもよくよく聞かされていたことだ。リファイアードの行動原理は単純明快で、王命に従うこと、その一点に尽きる。


「殿下は国王陛下のお心に従う方ですからね。教会にも定期的に寄付してくださってありがたいです!」


 きっぱり告げるロレッタ曰く、リファイアードは教会ともそれなりに親密な関係を築いているらしい。だからこそ、今回の慈善市場への参加も比較的すんなり決定した。

 その行動の理由は、国王陛下がリオールド教を支持しているからだろう、というのは教会関係者にとっては周知の事実らしい。

 国王陛下がリオールド教に帰依していることは、養子の多さからも察することはできる。聖書でも特に奨励されているからだ。


「持つ者は、持たざる者へ与えなくてはなりません。教皇さまも常におっしゃっていますし、私の神託もみなさまにお返ししなくちゃ。だから、がんばりましょうね!」


 力強いまなざしで、ロレッタは言う。籠に入った糸守りを、みんなへちゃんと配るのだ、と張り切っていることはわかったのでうなずく。

 ロレッタはぶつぶつ、「教皇さまは私のことを、子供扱いしがちなんですよ。ミュデットさまとは似てないって言ってたのに」と唇を尖らせており、思うところがあるのだろう。


「教皇さまがいなくても、ちゃんとできるってところを見せてあげないとですからね」


 真剣なまなざしで言われるので、ロルブルーミアはこくりとうなずく。ロレッタは嬉しそうに笑って、「それじゃあ行きましょう」と広場へつながる扉を開いた。




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