第12話 わるいゆめのあとで

 はっと目を開ける。

 ロルブルーミアの心臓は、ありえないほどの速さで鼓動を刻む。全身から汗が噴き出して、額や背中を伝っている。

 自分がどこにいるかわからなかった。しかし、すっかり見慣れた部屋の風景に状況を思い出す。


 オーレオンへ嫁いで、リファイアードの屋敷で過ごしていること。朝食後、いつものように施錠された自室で読み慣れた本を広げていた。

 うとうとして、夢を見ていたのだ。


 理由はわかっている。昨日の騒ぎが今も尾を引いているのだ。

 魔族を滅ぼせと訴える新聞記事とともに投げ込まれた石。深夜に聞こえた「魔族を許すな!」という叫び。

 何かが割れる音は、窓硝子がらすが割れたものだとリリゼやエマジアが教えてくれた。二人が屋敷内外で情報を集めてくれたからわかったものだ。


 昨晩も今朝も、誰もロルブルーミアに詳細を教えることはなかった。

 朝食の席でもリファイアードはいつもと変わることなく、まるで昨日のことなどなかったようだった。

 昨晩も事態を報告しにくる人間がいるはずもなく、安心できないまま一夜を明かすことになった。

 ほとんど眠れていないけれど、朝食を欠席するのは弱みを見せることだと普段通りの顔で食卓に着いた。


 部屋に戻るとどっと疲れが出て、眠気に襲われたのだろう。

 そして、真っ直ぐ向かってくる敵意と悪意に夢を見た。ただの悪夢ではない。六歳のロルブルーミアの身に起こった現実だ。


 母親と共に誘拐され、暴力により虐げられた。母親はロルブルーミアをかばって命を落とした。

 思い出す。二度と動かない体。土くれのゴーレムが、悪魔の青年が、小鬼が、蛇の獣人が、どこからか飛び出してくるように思えた。

 体を押さえつけて、身動きを封じて、体をばらばらにされる。あの時感じた恐怖が再び襲いかかってくる。殺される。死んでしまう。殺される。


 呼吸が浅くなり、上手く息ができない。そのまま半狂乱に陥りそうになりながら、残っていた理性を総動員して、ロルブルーミアは自分の耳元に触れる。

 確かに揺れる、天空石と月光貝の耳飾り。魔王の魔力が込められた宝石は、父親の存在を感じられる。


 ロルブルーミアは耳飾りを外すと、両手でぎゅっと握る。

 すがりつくように、祈るように、手の中の耳飾りを力の限りに握りしめる。大丈夫。ここはあの廃墟じゃない。大丈夫。

 助けてくれる存在を知っている。わたくしはひとりじゃない。大丈夫、大丈夫、大丈夫。


 意識的に深呼吸を繰り返す。大きく息を吐けば、新鮮な空気が体を巡る。

 目に映るのは、明かりの差し込む室内だ。年季は入っていても、決してみすぼらしくはない。どれもがやわらかな光に包まれ、落ち着いた静けさをたたえる。

 ここは暗闇の廃墟ではないし、敵意や悪意を向ける存在はどこにもいない。呼吸を繰り返し、ここがあの夜ではないのだと言い聞かせる。


(大丈夫だわ。だって、必ずわたくしのことを助けてくれますもの)


 手の中の耳飾りの感触を確かめて、ロルブルーミアは目を閉じる。

 思い出すのは、あの廃墟の夜ではない。いつだって取り出せる。何度だってよみがえる。家族に連なる記憶を、ロルブルーミアはあざやかに描き出す。

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