第7話 皇女は密やかに聞く②

「周囲の国を手中に収めたあとは、オーレオンを標的にする可能性は高い。いざその時が来てからでは、何もかもが遅いのだ。特に我が国の武器は旧式ばかり。最新の技術を導入した武器の活用が急務だろう。そのためには、リッシュグリーデンドの技術を得ることが肝要だというのに、反対派は何もわかっていない。伝統を重んじるのも結構だが、伝統だけでは太刀打ちできない現実を直視するべきだろう」


 荒々しい言葉で、ボルドス公爵は今回の結婚の意義を語る。

 シャド聖教王国の持つ武器の強力さは、都市が消し飛んだことからも推測できる。噂ではなく事実であることは、すでに確認済みだとエマジアは言っていた。

 それ以外にも、強力な武器を大量に使って他国への侵攻を果たしていることも。


 これに対応する手段として、リッシュグリーデンドの技術力が挙がったのだろう。

 リッシュグリーデンドも閉鎖的な国ではあるものの、情報がゼロではない。特殊な技術力を有していることは、オーレオンにも伝わっているのだ。

 それを手に入れることが、今回の婚姻の目的なのだときっぱり言う。


 オーレオンも全ての内情を伝えているわけではない。あくまで表面的なことしか知らされていなかったものの、これが真意の一つなのだろう。

 どうやら、シャド聖教王国を懐柔する手段は失敗に終わっており、交渉も決裂したらしい。

 恐らくそこで同盟が結ばれていれば、リッシュグリーデンドへの大きな脅威になっていたはずだ。不幸中の幸いでそれが果たされなかったため、オーレオンはリッシュグリーデンドへ目を向けた。

 シャド聖教王国の脅威をしかと理解しているからこそ。


 オーレオンからの脅威を退けたいリッシュグリーデンドの目論見もくろみと、シャド聖教王国への対抗手段を手に入れたいオーレオン。

 二か国の思惑が一致して、今回の結婚は決まったのだ。


「過去の因縁などにこだわっている場合ではない。これからの未来を思えば、今必要なのはリッシュグリーデンドを敵視することではなく、新しい関係を結ぶべきだ。それこそが、国王陛下の意志でありこの決断だ。きみもそう思うだろう」

「ええ、その通りです。国王陛下の決断に間違いはありません。必ずや陛下の意志を叶えてみせます」


 熱っぽく語るボルドス公爵の言葉に、リファイアードも同じ響きで返す。冷淡で全てを跳ね除けるような態度ではなく、真実心から告げたような言葉だ。


 あまりにも力強く、熱さえ宿すような声にロルブルーミアは目を瞬かせる。こんな声でこんな風に話すなんて、今まで一度も聞いたことがない。

 ロルブルーミアにとってリファイアードは、冷酷で血の通わない存在でしかなかったのに。国王陛下への忠誠や献身を隠しもしない声だった。


「ああ、きみの活躍には非常に期待している。遠征から連れ帰られた戦いの申し子だからな。反対派の動きが活発化しているともなれば、その力をおおいにふるってくれ」


 現状、オーレオンの貴族たちは推進派と反対派という派閥が出来上がって、それぞれが活動している。

 反対派は各領地での抗議活動に貴族院会議における結婚中止提言など、積極的に動き回っている。くわえて、暴力も辞さないという風潮が出来上がりつつあるという。


「――もはや事態は、単なる結婚の可否だけではない。なりふり構わず結婚式を阻止しようと、あれこれ手を打ってくるに違いない。リッシュグリーデンドとの婚姻など言語道断だ、国への裏切りだ、という声もあるが、自分たちの勢力を示す場にもなっているからこそ」


 皮肉めいた響きで、ボルドス公爵は続けた。

 国を憂えての行動から始まったものだとしても、今や結婚にまつわる事柄はとっくに政争の具になっていた。

 反対派にしろ推進派にしろ、今回の結婚式開催の可否は否応なく己の影響力を可視化する。

 今後の政権闘争において、自身の力をどこまで広げることができるのか、進退問題にも関わる事態になっていた。

 だからこそ、誰もがもはや後には引けなくなっている。


「それもこれも、陛下は情に流されることがないお方だからだ。正当性と利益を提示できれば、自分と異なる意見も聞き入れてくださる。一利あると判断すれば、たとえ反対派だろうと蔑ろにはしないし、重用さえしている」


 ボルドス公爵は力強く言った。

 オーレオン国王は揺るぎなく結婚推進派だ。自分が主導になって進めたのだから間違いない。

 しかし、反対派の意見に耳をふさぐことはない。それどころか、真っ当な意見であると判断したなら内容を聞き入れるし、重要な地位につけることも厭わないのだ。

 これまでも前例はあり、反対派だからといって粛清しゅくせいされることはないし、有用であればきちんとした処遇が得られる。

 今回の件も、反対派としての活動内容いかんによっては、評価される可能性はある。


 もっとも、それゆえ反対派の動きが活発化している向きもあることは理解している、とリファイアードは言う。

 反対意見を口にすれば徹底的な弾圧だんあつが待っているとわかれば、誰もが迎合げいごうする道を選ぶだろう。

 そうしないのは、反対派にも活路があると理解しているからだ。ただ、オーレオン国王は慈悲の心でそうしているわけではなかった。


「陛下であれば、どんな相手でもぎょすることができるからこそです。反対派を重用するのも、いざという時には対処できるからでしょう。役に立つなら使うまで、邪魔になるなら切り捨てるだけです」


 そう言うリファイアードの声は、今まで聞いたことがない響きをしていた。熱に浮かされるような、端々からみなぎる力を感じるような、そんな声でさらに続ける。


「力があるから、反対派を使うことができる。その内の一つであることが、俺の存在意義です。陛下のためなら、どんなことでも行うと剣をいただいた時から決めています」


 きっぱりと告げたあと、しばしの沈黙が流れた。一体どんな表情で告げたのか、ロルブルーミアにはわからない。

 ただ、リファイアードの言葉の真剣さだけは感じ取ることができた。ボルドス公爵は鷹揚に答える。


「ああ、そうだとも。だからこそ、くれぐれもよく働いてくれ。推進派は数が少ないのが難点だ。少数精鋭とはいえ、もっと有力者を味方につけられれば僥倖ぎょうこうだが――元帥げんすいは魔族が嫌いだし、教皇も過去のことがあるから難しいだろう。つまり、私たちは少ない人数で成果をあげなくてはならない」

「わかっています。そのためにも今日のような情報交換の場は有用ですし――伝令鳥でんれいちょうを使えるのはありがたい。正式な任務でなければ難しいことですから。スタルジア公爵の慧眼です」


 ロルブルーミアは記憶と照合しながら『貴族人名録』をめくる。


 背が高く、白い口髭を蓄えた細身の姿で描かれるのが、スタルジア公爵だ。

 ルーテ地方を治める公爵であり、オーレオン国王とは古くからの知己ちきである。華々しい活躍はないながら、重鎮として名前が知られる人物だ。

 結婚推進派の筆頭であり、リファイアードたちに結婚成功の任を命じているようだ。秘密裏に動いているわけではなく、正式な任務として。


 それゆえ、ある程度の部下や道具も使うことができるという。一つとして挙げられているのが伝令鳥だ。

 伝令鳥というのは、リオールド教の聖職者によって聖なる加護を与えられ、道具を授けられた鳥のことだ、とエマジアから聞いていた。彼女は他国の宗教にもずいぶんと詳しい。

 一般的にハトがよく使われ、ツバメやシジュウカラ、場所によってはハヤブサやタカが利用されるという。


 人語を理解し人を識別し、人の言うことをよく聞くことから特定の相手への手紙などを届けることができる。

 音話機のように声を届ける手段がないオーレオンでは、情報伝達の有効な手段なのだろう。


「きみは今屋敷詰めだからな。今まで通り軍本部にいれば、すぐに対応できるがそれも難しい。だが、今後はまた動きがきな臭くなる可能性がある。すぐ動けるよう、いつでも準備しておくように」

「承知しています」


 リファイアードは現在、屋敷でロルブルーミアを監視する任を負っているはずだ。ただ、軍や国からの召集要請があれば応じる義務がある。

 今後の反対派の活動によっては、武力での鎮圧が求められる可能性がある、と示唆しているのだ。


 ボルドス公爵はリファイアードの言葉にうなずいた後、しばらくの沈黙を流す。それから、ゆっくり言葉を吐き出した。


「――ついに皇女の宝冠が完成した。いずれ正式発表となるが、そうなれば反発は必至だ。さらなる強硬手段に出る可能性は高い」


 重々しい口調で、ロルブルーミアのための宝冠が完成した旨を告げる。

 結婚式で宝冠を授けられて、初めてロルブルーミアは正式にオーレオンの一員になる。世界で一つだけの、ロルブルーミアのためだけの宝冠だ。

 それが完成したというのは、ロルブルーミアがオーレオン王家の一員になる準備が進んでいることを着実に示している。反対派からすれば、とうてい見過ごせない事態だろう。


「反対派だけではない。国民の間にも不安は根強い。だからこそ、無事に結婚式を挙げることが肝要だ。わかっているな」

「もちろんです。必ずや、結婚式を成功させます。それが陛下に報いることですら」


 声だけにもかかわらず、ぴりりとした空気感が伝わる。それも当然だろう。貴族の中でも結婚の反対派は大多数だ。国民たちも、決して歓迎してはいない。結婚を推進しているのは、数えられる程度なのだろう。

 ここは敵の渦中なのだと、あらためてロルブルーミアは認識する。ほとんど無意識に、手の中の耳飾りを握った。

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