第5話 皇女の暗躍

 次の予定が入っているということで、名残惜しく思いながらも通話は終了した。

 魔王の不調は、家族と一部の臣下しか知らない極秘事項だ。

 体調を鑑みて、予定を上手く調整してあまり負担をかけないようにしているとはいえ、魔王としての活動を制限するわけには行かない。

 夜へ向かうにつれ、仕事が立て込んでいてもおかしくはなかった。


 ロルブルーミアは、首飾りを引き出しにしまったあと、今度は耳飾りを外した。

 雫型の天空石を月光貝の螺鈿らでん細工の台座でかたどった意匠であり、澄んだ青色があざやかに輝く。


 ロルブルーミアは、しばし手のひらの中を見つめたあと、意を決したように指を動かす。左に三回、右に二回、それから中央部分を軽く一度叩く。

 一瞬表面が揺らいだかと思うと、白く淡い光を放ち始め、ロルブルーミアはそっと声を掛ける。


「――リリゼ、聞こえるかしら。もしも出られるようなら反応して。そうでないなら、聞こえないふりをして構わないわ」


 小さく告げてから耳を澄ますと、ほどなくして声が流れ出す。耳飾りからだ。

 父親である魔王の魔力が込められた音話機は、大鏡と首飾り以外に、手鏡と耳飾りの一組がある。ロルブルーミアは、侍従のリリゼに手鏡を託していた。


「一人で作業中ですので、問題はございません。エマジアはお言いつけ通り、外への買い物に同行しております」


 はきはき答えたのは、リッシュグリーデンドから一緒についてきてくれた侍女だ。


 末の皇女であり、あまり人前に出ることのなかったロルブルーミアの侍女は少数精鋭である。

 さらに、オーレオンへの帯同となれば、人間と変わらない外見の者を選ぶつもりだった。結果として、伴った侍女は二人――リリゼとエマジアだった。


 リリゼは豹の獣人で、生まれつき小さな耳は髪の毛に隠れてしまう。ロルブルーミアの身の回りの世話を一手に引き受けるのが職務だ。

 エマジアは氷雪ひょうせつ種の妖精族で、耳が尖っている以外は人間とあまり変わらない。彼女は、ロルブルーミアの家庭教師として長く勤めている。


 身動きが取れないロルブルーミアの代わりに、リリゼは屋敷内・エマジアは屋敷外で積極的に行動するよう頼んでいた。


「ああ、おかわいそうなお嬢さま! オーレオンになじむよう、懸命に努力されてきたお嬢さまに何たる仕打ちでしょうか」


 憤慨した調子で、リリゼは言う。

 オーレオンの歴史や宗教、文化、母国語と変わらず扱えるようになったオーレオンの言葉。いくつも積み上げた努力の証は、屋敷に閉じ込められた状態では発揮する場面はほとんどない。


「部屋に閉じ込めるなんて、罪人のようではありませんか。なんてひどいことをするんでしょう」

「わたくしなら大丈夫よ、リリゼ。それより、いくら一人とはいっても、あまり迂闊なことを言ってはいけないわ。屋敷の誰が聞いてるかわからないですもの」


 言い含めるようにおだやかに言うと、リリゼがはっとした調子で「申し訳ありません」と答える。

 リリゼは豹の獣人であり、ロルブルーミアよりもずいぶん年上だ。ただ、魔王城で働いている時冤罪により処罰寸前だったところを助けられて以降、ロルブルーミアに献身的に仕えている。

 ロルブルーミアの言うことは、何であろうと聞くと決めているのだ。

 今回も、侍従としての同行が決まってからオーレオンの言葉を懸命に覚えてくれた。読み書きはできないものの、会話だけならオーレオン語で可能だ。

 不信感を持たれないよう、オーレオンに入ってからは常にオーレオンの言葉を使うよう気をつけている。


「もしも危ないようなら決して無理をしないのよ。頼んだわたくしが言うことではないけれど」

「いえ、お任せくださいルミアお嬢さま! まだ屋敷に不慣れなことは間違いありません。応接室に迷い込むのも不自然ではないでしょうから、そっと手鏡を隠してまいります」

「――ええ、お願い。もしも見つかっても、きっと忘れものだと思われるけれど……万が一咎められたら、わたくしのものだと言うのよ。これは命令よ」


 強い口調で言わなければ、リリゼが自分の責にすることはわかっていた。

 命令だと言われれば従うしかないので、「わかりました」と答えたことを確認して、ロルブルーミアは再度「お願い」を口にする。


「くれぐれも気をつけて、音話機を応接間に置いてきて。今日の客人のお話を聞きたいの」


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