34.エンバリーの火

 その言葉に一同の耳目じもくが集まりました。

 陛下がゆったりとラーグ大公に問いかけます。


「……それはどういう意味か?」

「言わずとも知れること。ここにいる諸侯は、誰もが考えておられることです」


 ラーグ大公が聴衆に頷くと、多くの諸侯が頷き返しました。

 その中には王妃様からラーグ大公派ではないと教えられた貴族もいます。


「陛下、私は憂いておるのですよ。それは皆も同じ」


 場の空気が張り詰めていくのを感じます。

 ふと、フェルトが私の手を握ってきていました。


「エンバリーの王家入りするとは、単なる名目にはあらず。これほどの制御術をお持ちなら、火の試練を受けるべきと存じますが」


 火の試練……?

 知らない単語が出てきました。

 原作の中でもそんな言葉はなかったような気はします。


 しかしその言葉が場の核心であったようです。

 周囲の貴族が高揚しているのがわかります。フェルトの顔はこわばって、いますが。彼も知っているような感じです。


「ラーグ大公、そなたは祝いの席に水を差す気か」

「とんでもないことでございます。むしろ、この場だからこそ」


 ラーグ大公の獲物を狙う目が私を射抜きます。


「リリア殿下、そなたの魔力と制御術は大変素晴らしい。しかしいまだに真価を発揮しているとは申せませぬ」

「私はローラ先生の元できちんと学んでおります」

「私ならもっと上手く、殿下に制御術を教授できます。お望みとあれば、王都に常駐いたしましょう。ご不安ならローラ教授も同席されたらよろしい」


 なんと言うことを……。

 まさか、こんな流れで来るとは。


 私に何か言ってくるのではと思っていましたが、教師役を買って出るなんて。

 これを楔に私の主導権を握るつもりでしょうか。


「ラーグ大公、あなたの教育はリリアには不要です」


 と、王妃様が仰います。


「そうですかな? 皆々様はどう思われますか?」

「しかり、大公閣下の仰せの通り!」「殿下の制御術をさらなる高みに!」「異論はなし!」


 おおっと、諸侯はラーグ大公の味方のようです。

 そんなにも彼の言葉――火の試練には価値があるというのでしょうか?


「私なら1か月で殿下を鍛え上げてみせましょう! 火の試練を突破させてみせましょう!」





 なんとかあの場を抜け出し、私たちは王家用の休憩室に戻りました。

 陛下が人払いをし、この部屋にいるのは家族だけです。


「……ラーグ大公にも困ったものよ」

「火の試練というのは……?」


 あの場にいた諸侯のほとんどは知っているようです。

 諸侯の連れている子どもはぽかんとしていましたが。 


 フェルトも知っている様子でした。

 多分、知らないのは私と同じ子どもだけでしょう。


「リリアちゃん、魔道具には大規模なものがあるというのは知っているわね」

「はい、ローラ先生が教えてくれました」

「その中にはとても恐ろしい魔道具もあるの。大地を焼き、人をたくさん殺すためだけの……そうした魔道具よ」

「この城の地下にもひとつ、そうした魔道具がある。エンバリーの火と言われる魔道具――いや、兵器だ」


 やっぱりだ。そうしたことは原作の中で触れられていない。

 まぁ、ざまぁされる悪役令嬢の本筋とは関係ないか。


「先の大戦でも余の兄上が起動し、王国を勝利に導いた。しかし、エンバリーの火は発動させるのも一筋縄ではない。火の試練を突破しなければ、使えぬ。しかも火の試練はいくつもあるのだが……」


 なるほど、そういうことか……。

 その強力な兵器であるエンバリーの火を使えるようにするために、火の試練を突破しなきゃいけないわけだ。


「でも私はいいんですか? その、血筋的な意味で……」

「試練には王家の血を引く者がひとり同席すればよい。この場合はフェルトがいるから問題はないのだが……」


 そこで陛下が言い淀む。


「あなた、リリアは賢い子よ。はっきり言うべきだわ」

「……うむ、そうだな。エンバリーの火を起動するには恐ろしいほどの魔力と卓越した制御術が必要だ。余の兄上はエンバリーの火を一度使って、死に瀕した」


 フェルトが目を見開いた。

 ……そこまでの代物なのか。


「ラーグ大公の祖父が王家の血筋、ある程度の詳細を把握しているのだろう。諸侯もエンバリーの火については当然知っている」


 そこで陛下が息を吐いた。


「彼らの言い分にも一理ある。いざという時に余とヒルベルトがエンバリーの火を使えるのか、不安に思っているのだろう。余とヒルベルトは一度もエンバリーの火を使ったことがないからな」

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