5.父と娘と

「そ、それはあまりにも!」


 王妃様のあまりに直接的な物言いに驚いたノルザは背筋を曲げたまま、顔を上げて抗議した。

 『面を上げよ』なしで会話するのはこれがベストだと思ったらしい。

 あまりの絵面なので内心笑ってしまいそうになる。

 

 それは王妃様も同じようで、ふっと笑いを漏らした。


「なぜかしら、フェレント公爵。説明してもらえるかしら」

「リリアは当家の長女で、魔力量も有望です。縁談ならともかく、王家とはいえ養子に出すのは……」


 正論だ。

 異母妹のマリサが幼い以上、次期当主の第一候補は私だ。それを無視して養子に出せ、というのはあまりに無法。


 ――本来ならば。

 当然、それはきちんと育てていればの話だ。


 自分を棚に上げた発言に私はカッチーンときた。

 きてしまった。


「なら、どうして家庭教師のローラを辞めさせたんですか」


 ローラ。

 彼女は貴族学院の才媛で、ちょっと変人ではあった。

 でも明るくて魔力の授業はとても楽しかった。


 彼女が突然来なくなって、私はとても悲しかった。

 特に屋敷内に味方のいない私にとって、彼女は大切だったのに。


 今ならわかる。

 これもハーマが私の心を折るためにしたことだ。


 ノルザがうろたえる。

 私がはっきり意見を言うなんて思っていなかった顔だ。


「そ、それは……お前の知るところじゃない。彼女には問題があった」

「ローラ・マリエステは今、第一王子の教師役を務めています。どういう問題があったのかしら」


 王妃様がぴしゃりとノルザに言い放った。


「彼女ほどの才覚を持った魔法使いはいません。人柄も教師向きで、私は大変高く評価しています。だからあなたの家にも紹介したのに。勝手に辞めさせて、しかも後任もつけないなんて!」

「――リリアが病気がちになって。しばらくは療養に専念させたいと」


 またそれだ。

 ハーマと同じ言い訳を始めた。


 王妃様が顎をくいっとしてセバスを呼ぶ。


「セバス、報告を」

「はい。王妃様の要請に従い、屋敷内の使用人に聞き取り調査を行いました。確かに使用人一同、リリア様は御病気との認識。しかし病名、治療記録の有無、医者の訪問、投薬のいずれについても使用人の言うことはバラバラです」

「おかしいわね。長女の病気について、そんなに言うことが一致しないだなんて」

「加えて問いただしたところ、使用人の間ではリリア様は治療不可能な病気を患っているのではないかと噂されておりました」


 はぁ?

 おいおいおいおい。


 そんなわけないでしょうが。

 私の不調は精神的ストレスと空腹によるものだ。

 つまり栄養失調。


 育ち盛りの八歳が食べるのが小さなパンと薄いスープだけじゃおかしくもなる。

 元気も出るわけない。

 証拠にケーキをたくさん食べた今では、しっかりと頭が回る。


「嘘です! 私は病気なんかじゃありません!」

「そうね。少なくとも私の見る限りでは病気じゃないわ」

「しかしハーマの言葉では、リリアは病気だと……」


 そこで王妃様の雷が落ちた。


「フェレント公爵! あなたはそれでもリリアの親ですか! きちんとした医者に診せた形跡もなし。王家への報告もおざなり! 重病かと思って私が見舞っても会わせない! やっと会えたと思ったら、こんな痩せていて……」


 ぎりぎりと扇を握りつぶしそうな王妃様が言葉を続ける。


「あなたに親の資格はありません!」

「だ、だからと言って長女を養子に出せなど! 無法でございます!」


 そこで王妃様は私に顔を向けた。

 怒っているけど、怖くはない。私を見る目が優しいからだ。

 私のために怒ってくれているのだとわかるからだ。


 この場で何を言うべきか、私にはわかっている。


「父上、私は王妃様の子になります」

「ま、待て! お前まで何を言っているんだ。許さないぞ!」

「最後に父上とお話ししたのは、いつでしたでしょうか」


 私がはっきり問うとノルザが口を閉じた。

 

 ……覚えていないのだ。

 実の娘と最後にきちんと向き合ったのがいつなのか。

 それさえも覚えていない。

 怒りを通り越して情けなくなってくる。


「最後に会話をしたのは28日前ですよ、父上」

 と私は嘆息した。


「どうして私にこんな仕打ちをするのですか」


 答えはわかりきっているが、私は問わずにはいられなかった。

 むしろきっちり答えて決別したかった。


 ノルザもこの答えで全てが決まるのだとわかっているのだろう。

 一瞬、ノルザがハーマを見た。


 彼女は服を握りしめながら顔を伏せたままだ。

 まだ面を上げよと言われていないからね。

 あるいは王妃様に話しかけるのが怖いのかもしれない。


 ややあってノルザが私に向けて、口を開いた。

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