2.ラスボスの王妃様が来た

 窓をぶち破り、外へ。

 ここが1階で良かった。


 静かにやったつもりでも、ガラスの割れた音は鳴った。

 人がすっ飛んでくるかと思いきや、誰も来ない。


 八歳の私の部屋で何が起きても誰も知らんぷり。

 そんなことがあっていいの?


 屋敷中の人間が私に関心を持たないように命じられているんだ。

 とことん腐っている。


 中庭ではまさに王妃様とハーマが話し合いをしていた。

 ……父の姿はなし。

 いても邪魔なので、どうでもいいけれど。


 お腹に力を入れ、私は中庭へ進む。

 運命の時だ。

 何があっても引いちゃダメ。

 これは私の未来を左右する戦いなんだから。



「ご機嫌うるわしゅう、ヒルベルト王妃様」


 私の姿を見たハーマは驚愕し、そのあと鬼のような顔になった。

 あまりの顔芸に笑っちゃいそうになる。


「リリア、どうしてここへ!?」

「あら、あなた――高熱だったと聞いたけれど?」


 対して王妃様は眉をつんと吊り上げておいでだ。

 そして読めちゃいました。

 ハーマは私が高熱を出したことにして、王妃様と会わせないように企んだのだ。


「高熱なのは母上の勘違いです。私はほら、ピンピンしております」

「この子ったら、まったく!! 自分で熱が出てもわからない、お馬鹿さんなんですよ。王妃様に病気が移ったらどうするの、部屋に戻りなさい!」

「母上、興奮なさらないで。私は本当に全然、大丈夫ですから」


 驚いたことに、王妃様が腕を伸ばして私のおでこを触った。


「熱はないようね。いいわ、ここにいなさい」

「で、ですが……っ!!」

「今日の話し合いはリリアちゃんについてよ。同席してもらったほうが宜しいのではなくて? それともさせたくない理由があるのかしら?」


 王妃様の氷の一瞥。こっわ……。

 ハーマがごくりと喉を鳴らして押し黙る。


 どうやら王妃様はハーマをさほど好きではないようだ。

 これは思ったよりもスムーズに進むかも。


「リリアちゃん、ハーマが言っていたけれど、あなたは最近ずっと具合が悪いの?」

「いいえ? とっても元気です」

「そうよね。ちょっと線が細いのが気にかかるくらいで。健康そうね」


 ハーマが歯噛みしてる。

 ざまぁみろ。私はしれっと付け加えた。


「でも最近、食事が少なくて。今日も硬いパン1つと水みたいなスープでした」

「まぁ、本当に? どういうことかしらね」

「わかりません。いつもお腹が空いています」


 これは本当だ。ハーマは私の食事を制限していた。

 私を操り人形にするつもりで。とんでもない話だよね。


「果実のケーキならここにあるわ。好きに食べなさい」

「いいのですか?」

「ハーマ、構いませんね」

「……はいっ……。た、食べ過ぎないようにするのよ……」


 おーおー。キレてる。

 王妃様が帰ったら、とんでもないことになるな。もしかしたら殺されるかも。余計に今日この場で決めないといけなくなってきた。


「リリアちゃんの腕、やはり細すぎるわ。顔もこんなにやつれてしまって。数年前に会った時とは全然違う。この子には王家との将来を考えているから、大切に育てるようにと言っていたはずよね?」

「ええ、ですがどうにも体調が……」

「私が見舞いに行こうとしても、あなたはリリアちゃんと私を会わせようとしなかった」

「…………」

「私、病気なんでしょうか。お医者様に診てもらったことがないので、わかりません」

「らしいけれど。どういうことかしら?」

「ぐっ、くっ……」

「お母様、王妃様の御下問に答えないのですか?」

「め、名医は子どもにそう悟らせないものですわ。リリアには医者とわからなかっただけで、きちんと診せておりますので」


 王妃様が私の顔を見つめた。精一杯、信用しないでと表情で伝える。

 体調なんか悪くないし、医者にも診てもらってない。全部、私を閉じ込めるためのハーマの嘘でしかない。王妃様が目線をハーマに戻した。


「ハーマ、その名医とやらを連れてきなさい」

「え?」

「リリアちゃんの状態について、私も大変心配しています。これは王妃命よ。連れてきなさい」


 あ、これって王妃様はハーマの嘘を見破ってるね。


「い、いえ。すぐにという訳には……」

「どうして?」

「それは……そう、他国から呼び寄せた医者なので! 呼びかけてはみますが、いつになるかまでは」


 王妃様が不愉快そうに眉をひそめた。


「最近のリリアちゃんについて、あなたの態度にはいささか疑問があります。すぐに呼べない医者がリリアちゃんの主治医なのかしら。理解できないわ」

「…………」

「リリアちゃん。正直に答えて」

「はい、王妃様」

「あなた、この家が好き?」

「嫌いです」


 私は勇気を出して答えた。ハーマも父も最悪の毒親だ。


「一日だっていたくありません」

「そう、ありがとう」


 ハーマの顔が崩れに崩れている。ちょっと笑えるくらいだ。

 そこへ王妃様の老執事が耳打ちする。


「王妃様、そろそろ次の公務が……」


 あれ? もしかしてタイムアップ?

 そ、それはまずい。なんとかこの境遇を抜け出すきっかけが欲しい。


 このまま解散だと怒ったハーマに殺されかねない。


「あ、あの!」

「心配しないで、リリアちゃん。セバス、次の公務はキャンセルよ」


 えっ?


「はっ。承知いたしました」

「それとも今日の公務は全部キャンセルにしたほうがいいかしら、セバス」

「王妃様の御心のままに。しかし――お取りやめのほうが宜しいかと」

「そうよね。今日の予定は全部キャンセルよ」


 なんと王妃様は目の前で今後の予定を全部キャンセルしてしまった。

 これは、もしかして?


「ハーマ。フェレント公爵は夜まで帰ってこないのよね」

「は、はい……」

「公爵ともきちんとお話がしたいわ。リリアちゃんのことについて」


 ハーマがうなだれながら、頷いた。


「……わかりました」

「それまで私はリリアちゃんと一緒の部屋で過ごさせてもらいます」


 やった。王妃様が一緒にいてくれるなら安心だ!


 考えれば、誰だって今の状態が悪いってわかるはず。

 本来の歴史でも私は第一王子と婚約する立場だった。それがこんな育児放棄にあったら王家にしても困る。というより王家に喧嘩を売っているようなものだ。

 でもこの時点ではハーマの嘘は暴かれず、私は親の言いなりで悪役令嬢ルートに堕ちていったのだ。

 本当の悪役令嬢はハーマなのに。その運命が変わった。

 今、王妃様はハーマを疑っている。


「さぁ、リリアちゃん。あなたのお部屋に行きましょう。そこで、ちょっと色々聞かせてくれるかしら?」


 もちろんです、王妃様。全部、お聞かせいたします。

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