帰宅部の新しい日常

黒巻雷鳴

帰宅部の新しい日常

 学校から帰宅してすぐ、そのまま階段を上がって二階の自室へと向かう。母親が〝夕飯はいらないのか〟といてくるのを無視する。

 部屋の鍵を閉める。

 トートバッグとリュックサックを床に置き、中学校の制服から部屋着に着替え、ベッドに横たわる。スマホに充電器を挿してから画面を開く。


 会話も言葉も、声帯をなにひとつ震わせることなく、他者との意思の疎通を交わさずに今日も一日がこうして終わる。

 だけど、淋しくもなければ悲観的になることもない。孤独が好きだからではない。ただ、感じないのだ。なにも感じない。

 現状を変えたいとか、自分の殻を打ち破りたいとか、お金や物が欲しいとか、異性への興味や大人たちから自由になりたいとか、そういった思春期の──人間ヒトとしての欲求や渇望は、自分には、ない。


 スマホゲームアプリの交流サイトを攻略法目的で流し読みしていると、今更こんなことを訊いてくるのかと思う内容のスレッドを偶然見かけた。

 掲載日は一昨日で、当然ながら誰からも相手にはされず、返信は上がっていなかった。

 思わず鼻で笑ってしまう。この世の中には、いろんな人間がいることをあらためて考えさせられる。

 知らないので知ろうとはするが、自力でろくすぽ調べずに他人に訊いてまわる人。知ってはいるけれど、相手の態度や見返りを求めて素直に教えない人。それすらもやらずに、見て見ぬ振りをして通り過ぎる人。


 そう考えたとき、いまの自分が他のヤツらと同じ程度の低い人間に思えたので、とても不愉快な気分になってしまった。

 そんな不快感を解消すべく、スマホの画面を素早く指ではじき、そのスレッドに最初のコメントを送信してやった。



 翌日の夜、部屋のベッドで横たわりながらスマホ画面を見ていると、例の交流サイトからの通知がステータスバーに表示されていた。


『マイページにコメントが付きました』


 一瞬、なんのことかわからなかったけれど、すぐにあのスレッドのことだと気づいた。開いてみれば、やはりそうだった。

 そこには、感謝を表す言葉と喜びを表現する顔文字が一緒に添えられていて、投稿者は自分と同じ十代前半くらいの年齢かもしれないと思えるような、稚拙で明るい内容の短い文章だった。

 なんだ、これ?

 不思議な感じがした。それは、久し振りに他者とかかわった行為の結果なのだろう。

 その文章をあらためて読み直して鼻で笑ってから、いつものように攻略情報や雑談のスレッドを惰性で次々と開いていってその日を終えた。


 その後も同じ投稿者から初歩的な質問内容のスレッドが立ち、それを見つけるたびに仕方なく答えを送信してやった。

 何度かそう言ったやり取りを交わすうちに、いつしか質問とは関係がなくてもメッセージを送り合う仲にまで発展していた。

 好きなゲームやアニメ等の話題はすぐに尽きてしまったため、お互いの家族構成や学校での立ち振舞い、世界観や思想までも伝いあった。



 それらのやり取りは、新しい習慣・日常になっていった。





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帰宅部の新しい日常 黒巻雷鳴 @Raimei_lalala

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