第46話 鍛冶屋のかまいたち


「……ここに、本当にいるのか?」


 朝早くから電車とバスを乗り継いでほとんど県境にまでやってきたと思えば、随分と閑散とした土地へと辿り着いた。辺りに民家はそれほど多くはなく、大きな畑や手入れのされていない鬱蒼とした木々が立ち並ぶ中に、古びたトタン屋根の建物が俺達の前に佇んでいる。


「あたしも初めて来たし知らないけどー、聞いた話じゃここって言うし。いるんじゃん?」


 鬼村はそう言うと、何やら看板のようなものが置かれているところへ近づいていき開いているシャッターから家屋の中を覗き込むと「すみませーん」と声をかけた。俺も慌てて追いかけ、鬼村の後ろから顔を覗き込む。中には誰もいなかったが──少しすると奥から「なんだぁ」という声が聞こえた。


 ──姿を現したのは、少し小柄で無精ひげを生やした初老の男だった。小さな眼鏡をかけ、見た目からは気難しそうに思える。俺は話を聞いてくれるか少し不安になった。


「今日は休みだ、別の日に──」


 男は鬼村を見るとぎょっとした顔をし、それから俺を見るとこれまた珍品でも見るように目を丸くした。


「たまげたな……噂には聞いちゃいたが」

「噂ー?」


 鬼村が訊き返すと男はしばしの間口を閉ざし、それから腕を組むと訝し気にため息を吐いた。


「一応聞いとくが、そこのにーちゃんは俺が何なのかわかって来てんだな?」

「……ええ、聞いてます、けど」


 妖怪の医者の時同様、目の前に立つ男は自分よりも年上の人間に見える為つい敬語で話してしまう。が、こいつも妖怪なのだ。それはわかっている。


「お前さん、鬼の非常食ってわけじゃないのか?」

「はあ?」


 思わずそう言ってしまったが俺を食べれば強くなるなんて話があるんだ、そう思われても仕方がない。


「俺はこいつに食われる気なんか毛頭ないです」

「違う意味なら食べちゃう気満々だけど?」

「ややこしくなるようなこと言うな!」


 いいじゃん別に、と言いながら勝手に手を繋いでこようとする鬼村からどうにか手を遠ざける。その様子を見て男はぽかんとしたような顔をした。それから一つ咳払いをして近くに置いてあった背もたれの無い椅子にどっかりと座ると、男は俺達を見上げた。


「それで? ここに何しに来たんだい鬼さんたちよ」


 男の問いに応えるように鬼村はにこりと笑うと、俺はその中から目的のものを取り出した。


 鬼村が俺の手の中にある刀を指差す。



「これ、危なっかしいから鞘作ってほしーんだよね!」



 初老の男だったものが──


 二回りも小さい『イタチ』のような姿になって椅子から転げ落ちていった。




 ***



「帰れーーッッッ!!!!」



 人間の姿のままでいればよかったものを、小さな身体になった『妖怪・かまいたち』は椅子の上に再度乗ると威嚇するように背伸びをし、刃となった尻尾の先をぶんぶんと振り回しながら叫び声を上げた。鬼村はその前にしゃがみこんでそいつを見上げている。


「えーいいじゃん、ぱぱっとやってくれればいいんだからさぁ。そんな難しい?」

「難しいか! 難しくないかで言えば! めちゃくちゃ難しいに決まってんだろうがこの鬼ーー!!!」

「おっかしいなぁ、夢子ちゃんの話だと強い奴には歯向かってこないみたいな話だったと思うんだけど。……拳でわからせよっか?」


 鬼村がぐっと拳を握ると、かまいたちは慌てたようにぺちぺちと足を踏み鳴らした。


「あー! そうやってすぐ暴力に訴える! そういうとこが鬼の悪いとこだ! 大体その刀ってあれだろ? 桃太郎が鬼を切ったとかいうやべーやつだろ!?」

「まあ?」

「まあ、じゃないんだよ! いいか! そこのにーちゃんもそのちっせぇ耳の穴かっぽじってよく聞きな!」

「ああ……はい」


 俺は俺よりも小さい耳を持つかまいたちをまじまじと見ていたが、当のかまいたちは気にせずにトスンと椅子の上に腰を下ろして器用にあぐらをかいた。


「俺達かまいたちはこの尻尾の愛刃はもちろん様々な刃物を愛し、大昔から人間に化けて刀を打つなんてこともやっちゃあいる……。いるがぁ! その刀は切った奴を消滅させちまう恐ろしい代物しろもんだぁ! しかも俺は小さなかまいたち! 一太刀で死んじゃうよお! 怖すぎ! 持って帰って!!」

「そんな別に一人でに動く呪いの刀ってわけじゃないんだしさぁ~」

「万が一ってことがあるだろお!?」

「どうにか作ってよ~。鞘だけでいいんだからさ~」

「うっかり刃先に触っちゃったなんてことになったらどう責任取ってくれんの!? こちとらまだまだ仕事が入ってんだよ!」

「んじゃあお礼はするからさ、センセが」

「俺!? いや、俺か……」


 そっとポケットの中の財布を取り出し、現金が入っているかを確認する。全然入ってない。そもそも鞘を作るって相場はいくらぐらいなんだ。調べてからくればよかったな。


「このかまいたち様がぁー! 人間の礼なんぞいるかぁー!!」


 かまいたちは椅子を蹴とばすようにして飛び降りた。蹴とばされた椅子が俺の足元に転がってくる。


「めんどくさいかまいたちだなぁ~も~」

「なんだとう!?」

「でもあたしたちだってさぁ、困ってるんだってばぁ。このままじゃセンセー戦えないの~」

「はああ? ……向かってくる奴は切っちまえばいいだろ! 何が問題なんだよ! 俺は切られたくねーから絶対お前には歯向かわないけどな!!」


 かまいたちはふんぞり返るようにして地面に座り込んだ。俺は少し困ってぽりぽりと頭を掻く。


「かまいたち、さん。俺だって切りたくないんだよ」

「ああ?」

「血の気の多い奴とは違う、平和主義ってやつ」

「平和主義ぃ~? 平和ボケの間違いじゃねーのか??」


 ちくりとした言葉を投げかけられ、俺は閉口する。平和ボケか……。その通りかもしれない。命を狙われているくせして戦いたくない、その責任を負いたくない──俺はただ逃げているだけなんだろうな。


「……いや、違う」

「ああ?」


 かまいたちの小さな目が鋭く俺を睨んだ。


「切りたくない、だけだ。戦うのはもう諦めてる。どうせいざとなれば戦わなきゃいけない」

「諦めてるだぁ? この鬼がよぉ、おめーさんに惚れてんだったら守ってもらえばいいじゃないのよ」

「………」


 かまいたちに言われ、俺は鬼村を見た。そこにしゃがんでいる鬼村が俺を見上げている。

 鬼村は強い。知っている。俺が戦うよりもこいつが戦った方が良いだろう。けど……


「──自分の命だ。自分で守るくらいしねーと」


 俺が答えるとかまいたちは細くなっていた目を丸くし、腕を組み直した。


「………」

「ほらぁ、センセーもこう言ってるんだしさぁ~」

「……むぅ」

「あんまり言うこと聞いてくんないならあたしが刀で切っちゃうよ~」

「ああ!? 横暴じゃねぇか!!」


 かまいたちが慌てたように後ずさる。それを見ながらも鬼村は本気なのか俺の方へとやってきて刀を掴み──




「──っ!」




 少し、



 バランスを崩した。




「……?」

「どうした、鬼村」

「え? あー……」


 鬼村は右手に握る刀を見つめている。俺も同じく刀を見つめるが……何があったかはよくわからない。


「……センセー、この刀重くない?」

「だから一番最初に刀持った時に言っただろ。かなり重いって」

「言ってたけどー……」


 鬼村は首を傾げるようにしている。そんなふうにされると俺も疑問を抱いてしまう。確かに長さはまあまああるものの、それにしては重過ぎると俺も思っている。何度も振り回すのはしんどい程だ。だからいつもこれを使って戦ったあとはかなり体力を消耗する。


「ま、いっか。ほらかまいたちのおじさん! 叩っ切られるか今すぐ鞘作るか選んでよね!」

「こんの鬼ぃ~~~~~!!!!!」


 かまいたちは悔しそうに顔をしかめたものの、鬼村が向ける刀を離れたところからじっと見つめた。


「……まあ、俺が生まれるよりも前のかなり古い刀だからな。少し見るくらい、してやらんことも……」

「ほんと? やったーセンセ、このおじさん鞘作ってくれるって♪」

「作るとまでは言ってなぁい!!」

「は? 作んないの?」


 鬼村は刀の切っ先をかまいたちの鼻先に突きつけた。


「……ぐ、ぐぬぬぬぬ」

「ほらほらおじさん早くしてよ~、なんならこの刀じゃなくてもあたしの金棒でフルスイングしてあげよっか?」

「どっちにしろこえーわ!! 戻ってきてもおめーのとこにゃ一生姿現さねーからな!」

「大丈夫大丈夫、ちゃんと探しに行ってあげるって」

「鬼~~~~~!!!!!!!!!」



 つんざくようなかまいたちの声に俺は両耳を塞いだ。


 どうやら鞘を作る了承は得たらしく、鬼村は俺の方を振り返ってピースサインをした。さて、鞘のお礼とやらはどうしたらいいか。あまり高くないといいがと肩を落とした。




 ──翌日、俺に直接このかまいたち……鎌埜かまの由定よしさだから連絡が入り鞘と刀を受け取りに行くこととなった。急いで作ってもらう手前簡単なものだろうと俺は思っていたのだが……出来上がった鞘を見て俺は思わず感嘆の息を漏らしてしまった。


 黒い塗料で塗られた鞘は艶やかに光っていて、真ん中あたりには奇妙な紋のようなものが刻まれている。刀鍛冶の家紋……みたいなもんだろうか。


 聞いてみるとどうやらかまいたち自身が作ったものに刻む紋らしい。人間には見えない、と言われ俺は右目を瞑ってみた。確かに、左目でしか視えない。無意識に向こう側を視てたってことなんだろう。多分。


「いいか、人間の礼は別にいらん。いらんがなぁ! ……そのうち、ちょいとお高いケーキなんかを手土産に持ってきてくれりゃあ、まあその、手打ちってことにしてやってもいいぜぇ……」


 かまいたち──いや、小柄なおっさんの鎌埜は何やら恥ずかしそうにそう言うと背を向けて部屋の奥へと歩いて行ってしまった。俺はその背に向かって礼を言いつつ、鞘に納めた刀を受け取ってどうにか刀だとわからないようわざわざ買ってきたスキー用の袋に詰め込み、さて帰ろうと──





「にしてもお前、よくそんな気持ち悪いもん使えるよなぁ」





 鎌埜の言葉に、俺は立ち止まった。

 その言葉の意味を聞き返そうとしたが──仕事の電話が入ったようで小さな男の姿はすぐに見えなくなってしまった。



「重いじゃなくて、『気持ち悪い』……?」



 このことについて、午前中からアルバイトに行っている鬼村にあとで話そうかとも思ったが……帰りの電車に揺られているうち眠気と共にそんなことは忘れてしまった──。



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